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転移艦隊〜最強の機動部隊戦記〜  作者: 仲村千夏


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転移艦隊〜最強の機動部隊戦記〜 ③

 北へ向けて進む第二航空戦隊――飛龍と蒼龍の二隻は、随伴する数隻の駆逐艦を従え、静かに海面を切り裂いて進んでいた。

 まだこの世界に来て数日。だが海風と波の色は、太平洋とは微妙に異なる。山口多聞はそれを肌で感じていた。


 飛龍艦橋には、張り詰めた空気が満ちていた。

 山口少将は前方の水平線を眺めながら、航海長に問いかける。


「潜水艦からの最新報告は?」


「はっ。北方海域、特に危険と思われる浅瀬は回避済みとのことです。水深は十分確保でき、航路としては問題なし。しかし……」


 航海長は言葉を濁した。


「“海中に巨大な影を確認した”との報告が繰り返されています。正体は不明とのこと」


「……魚か。いや、この世界ではそう単純でもないか」


 山口は腕を組んだ。

 潜水艦が遭遇した巨大影――それがこの世界の海棲魔物なのか、それともただの大型魚類なのか、判断材料はまだ乏しい。


 副官が状況報告を重ねる。


「97艦攻の整備は完了。偵察隊はいつでも飛ばせます。

 ただし山岳地帯上空では、王国の言っていた“飛竜”が出没する可能性があるとのこと。零戦隊も発艦待機状態にあります」


「そうか。……だが無闇に零戦を使うわけにはいかん。燃料も弾薬も有限だ」


 山口少将の声は静かだが、艦橋中の者が息を呑む重さを帯びていた。


「しかし、ドラゴンなるものとやらに接触すれば、97艦攻では逃げ切れるかどうか――」


 航空参謀が不安を漏らすと、山口は首を振って遮った。


「偵察の目的は“敵を見に行く”ことではない。“状況を知る”ことだ。

 危険を察知したらすぐに引き返せ。それだけの話だ。

 我々は暴れに来たのではない。生き残るために動いているだけだ」


 参謀たちは静かにうなずいた。


 前方監視員が声を上げる。


「北東方向、山影が見えます! 山岳地帯に近づいています!」


 艦橋の全員が窓辺に視線を向ける。

 遠く、淡い霧の向こうに黒々とした高峰が連なる。

 この世界に来て初めて見る“異界の山”だった。


「……あれがドラゴンの巣か。想像以上だな」


 山口はわずかに目を細め、卓上の地図に視線を落とした。


「全艦、索敵態勢強化。

 第一分隊、双眼鏡警戒を増強。

 飛行甲板へ伝令――“偵察機、発艦準備”。

 ただし、私の許可があるまで絶対に飛ばすな」


「了解!」


 命令が次々に伝わり、飛龍全体が緊張の色を濃くしていく。


 山口は最後に静かに言葉を付け加えた。


「……この世界の空はまだ我々の空ではない。慎重にいくぞ。

 無事に戻ることが最優先だ」


 艦橋の全員が、強く一度うなずいた。


 こうして第二航空戦隊は、未知の山脈――そして未知の脅威へ向け、着実に歩を進めていった。


 第二航空戦隊が北へ進出を続ける中、飛龍と蒼龍の飛行甲板では、静かに発艦準備が進められていた。

 発艦するのは97式艦上攻撃機――偵察仕様。飛龍より3機、蒼龍より3機、計6機。


 彼らに与えられた任務はただ一つ。

「北方山岳地帯の実情を、その目で確認すること」。


 スロットルを最大にして、空母から機体が空へと解き放たれていく。

 低く唸るエンジン音を残し、6機は緩やかに高度を上げながら、山の影がうっすらと見える北方空域へ消えていった。


 ―――


 先頭を飛ぶ偵察機の搭乗員たちは、海面を離れ、次第に大地へと近づいていく景色に息を呑んだ。


「……山だな」


 それは彼らが知る地球の山岳とは、どこか違っていた。

 不自然なほど黒く、空に突き刺さるように鋭い峰々。谷間には霧が溜まり、森は異様なほど濃く、光を拒んでいるかのようだった。


 編隊は事前に決められていた高度を維持しつつ、慎重に内陸へ侵入していく。


 やがて――海岸線からおよそ六百五十キロ地点。

 山々に囲まれた一角に、不自然な地形が現れた。


「……おい、見えるか?」


「盆地……いや、違う……」


 山の中腹にぽっかりと穿たれたような巨大な凹地。

 自然にできたとは思えない、円環状の地形。


 偵察員が双眼鏡で覗いた瞬間、息を呑んだ。


「……いるぞ……」


 盆地の中心部に、黒い塊のような群れが蠢いている。

 一つ一つが、“生物”としてはあまりに巨大だった。


 翼。

 鱗。

 長い尾。


「ドラ……ゴン……?」


 言葉にした瞬間、背筋に冷たい汗が流れる。


 数は――一つや二つではない。

 十数、いや、数十……さらにその周囲には、無数の小さな動く影。


「……地上にも……軍勢がいます……」


 眼下の盆地、その周囲の平地、そして斜面にまで、無数の隊列。

 旗のようなものを掲げ、規則的に並ぶ影。


 後部座席の通信員が震える声で叫ぶ。


「数……概算……最低でも……三万……いや……五万近い……!」


 この世界の“戦場”が、そこに存在していた。


「……撮影急げ……! 旋回は一度だけだ……! 長居するな……!」


 6機の偵察機は、必要最低限の撮影と記録だけを済ませ、即座に反転。

 一切の接触を避け、海側へと急降下していく。


 誰もが後ろを振り返れなかった。

 もし背後を見てしまえば――そこに“何か”が追ってきているかもしれないと、本能が理解していたからだ。


 ―――


 数時間後。


 飛龍の艦橋にて、写真と偵察報告が山口多聞少将の前に並べられた。


 沈黙。


 誰一人、すぐに言葉を発することができなかった。


 山口は一枚一枚の写真をじっと見つめたまま、低く息を吐く。


「……王国の話は……誇張ではなかった、か」


 参謀が掠れた声で言った。


「……いえ……むしろ……控えめでした……」


 山口は目を伏せ、静かに頷いた。


「……ドラゴンの巣。

 そして……軍勢三万から五万……」


 拳を軽く握りしめる。


「南雲長官へ――至急、打電。

 “山岳地帯中腹に大規模敵性生物群及び巨大地上部隊確認”……と」


「……了解……!」


 電信員が走り出す。


 艦橋の空気が、一段と重く沈んだ。


 これは“偵察”の成果ではない。

 ――戦争の可能性、その入口を見つけてしまったのだと。


 山口多聞は窓の外に広がる、灰色の海を見つめながら、静かに呟いた。


「……これは、想像以上に……深いな」


 第二航空戦隊は、思わぬほど巨大な“異世界の現実”を掴んでしまったのだった。


 南雲中将は赤城の作戦室で海図と索敵線図に目を落としていた。北方に伸びる索敵扇形、その端に小さく打たれた報告符号が参謀の手によって書き加えられる。


「第二航空戦隊より緊急電」


 参謀長が短く告げ、暗号電文を差し出す。南雲は無言でそれを受け取り、ゆっくりと目を走らせた。


 《山岳地帯中腹に大規模盆地状地形確認。無数の飛翔性大型生物および地上集結兵力三万以上と推定。敵性行動の兆候あり。周辺空域不穏》


 紙を握る指に、思わず力がこもった。


「……ドラゴン、か」


 呟くように漏れた声は、誰に向けたものでもない。


 そのとき、通信員がさらに一歩前に出た。


「続報です。第二航空戦隊、敵性飛翔体による迎撃を受けつつあり。飛龍、蒼龍ともに艦隊運動を開始、対空戦闘態勢に移行とのこと」


 作戦室の空気が一変した。僅かに張り詰める緊張。だが南雲の表情は変わらなかった。むしろ静かに、何かを決めたように頷いた。


「……参謀長」


「はっ」


「現状、第二航空戦隊は単独で対処可能か」


「相手は未知の存在とはいえ、数が多すぎます。空母部隊に対し体系的攻撃を受ければ、被害は免れません」


 南雲は一瞬だけ目を閉じ、すぐに開いた。


「ならば結論は一つだ」


 机に手を置き、周囲を見渡す。


「第一機動部隊、全艦出撃を下令する」


 参謀たちの背筋が一斉に伸びた。


「第一目標。第二航空戦隊の救援および直掩」


 作戦図の北方海域を指で叩く。


「第二目標。発見された集結地点への艦載機による集中空爆。敵主力を地上に叩き落とし、再発進能力を奪う」


 参謀長が即座に復唱する。


「第一機動部隊、全艦出撃。第一目標、第二航空戦隊救援。第二目標、敵集結地点への航空攻撃……了解しました」


 命令は瞬く間に無線で各艦へと伝えられていく。赤城の甲板上ではすでに跑行準備が始まりつつあり、格納庫では整備兵が走り、艦載機のエンジンに火が入れられ始めていた。


 南雲は再び海図に視線を落とした。


「……山口、もう少し耐えろ」


 それは独り言に近かった。


 だがその言葉には、確かに艦隊を率いる者としての確信と覚悟が宿っていた。未知の敵、未知の戦場。それでも退かないという意思。


 第一機動部隊は静かに、だが確実に動き始めていた。


 北の海へと、戦うために。


 北方の空は、異様なほど静かだった。


 飛龍の艦橋で、山口多聞は双眼鏡越しに灰色の水平線を見つめていた。先ほど、九七式艦攻の偵察隊が全機無事帰還したばかり。搭乗員たちは興奮気味に「山の中腹に巣がある」「無数の個体を確認」と報告してきた。


 問題は――その“後”だった。


「……動きがあるな」


 見張員が叫ぶ。


「右舷上空、巨大な影……数、十以上!」


 晴れた空に、点が浮かび上がる。点は徐々に大きくなり、やがて翼の輪郭を露わにした。


 ドラゴンだ。


 だが、それは速くない。


 偵察機が記録した“飛翔速度”より明らかに遅い。羽ばたきは重く、空気を叩く音が距離を越えて艦橋に届いた。


「遅い……だが、数が多い」


 山口はすぐに決断した。


「零戦隊、迎撃準備! 全艦、対空戦闘配置!」


 サイレンが艦内に響き渡る。飛行甲板では零戦が引き出され、油圧カタパルトが唸りを上げ始める。


「一番機、発艦!」


 零戦が甲板を蹴り、空へ躍り出る。続けて二番機、三番機――。


 編隊は高度を取り、ゆっくりと接近してくるドラゴン群へ向かった。


「敵、非常に鈍重。回避は容易だ」


 搭乗員の声が無線に乗る。


 最初の交戦は、あまりにもあっけなかった。


 零戦の機銃掃射が先頭の一体を貫き、黒い血が霧のように空へ散った。鱗は硬いが、無敵ではない。


 ドラゴンは反撃しようと口を開いたが、火炎が放たれる前に脳天を撃ち抜かれ、空中で動きを止めた。


 だが数が多い。


 遅いからといって、脅威がないわけではなかった。


「前方第二波、急速接近中!」


 対空砲座が火を噴く。


 曳光弾が弧を描き、空に蜘蛛の巣のような弾幕を形成する。一体、また一体と撃ち落とされるが、それでも前進してくる個体がいる。


 一体のドラゴンが艦隊上空に達した。


 喉が赤く光る。


「撃ち落とせ!」


 高角砲弾が至近で炸裂し、爆風が翼を引き裂いた。制御を失った巨体が、飛龍の左舷側の海面へと落下する。


 水柱が白く天へと噴き上がった。


 艦橋。


 山口は冷静だった。


「距離と速度……やはり空の主ではないな」


 参謀が頷く。


「偵察隊が遭遇しなかった理由が分かります」


 だが、その時だった。


 雲の切れ間から、異様に大きな影が現れた。


 他の個体とは明らかに違う。飛翔は遅いが、翼の一振りが重く、空気を“圧力”で歪ませている。


 角を持つ頭部、傷跡だらけの翼膜。


 編隊長機が叫んだ。


「大型個体確認! 指揮系統の可能性あり!」


 ドラゴンが咆哮した。


 音ではない。


 空気そのものが震え、零戦の計器が一瞬揺れる。


 だが、それでも――


 速くはない。


「全機、集中攻撃!」


 零戦が一斉に突っ込む。


 至近距離からの曳光弾が、一点に集中した。鱗を貫き、肉を裂き、黒煙のような血が噴き出した。


 巨体が大きく傾ぐ。


 最後にドラゴンは大きく翼を広げると、力尽きるように垂直に落下していった。


 海面に叩きつけられ、衝撃で波が盛り上がる。


 空が、静かになる。


 残存していたドラゴンたちは、明らかに怯えたように高度を下げ、そのまま北方へと引き返していった。


「……追撃は?」


 参謀が尋ねる。


 山口は首を横に振った。


「不要だ。これは本命ではない。偵察機を追う力すらなかった連中だ」


 双眼鏡越しに、はるか北の空を見る。


「……本当の敵は、山の中にいる」


 艦隊は、再び進み始めた。


 嵐の前の、静けさを引き連れて。


 空は赤く染まりかけていた。


 数時間に及ぶ緊張航海ののち、第二航空戦隊の艦影が第一機動部隊の前衛に姿を現した。蒼龍、飛龍の巨体が波間を割り、赤城以下の主力空母群に合流する。


 両艦隊の距離が縮まるにつれ、互いの信号灯が静かに明滅を始めた。


 赤城、艦橋。


 南雲中将は双眼鏡を下ろし、静かに言った。


「……山口は無事か」


 参謀が頷く。


「飛龍、蒼龍とも健在です。損害軽微との初報あり」


 だが南雲はそれだけでは納得しなかった。


「無線を開け。山口に直通する」


 暗号が解かれ、回線が繋がる。


 《こちら赤城。南雲だ》


 しばしの沈黙のち、応答が返る。


 《こちら飛龍、山口です》


 声は落ち着いていたが、その奥に疲労と緊張がにじんでいた。


 南雲は短く言った。


「被害報告を」


 《了解》


 山口の声の調子が少し変わった。


 《人的被害――戦死一名、重傷二名、軽傷者若干。零戦三機、被弾あり、うち一機は着艦後破損、修理要。艦体損傷は軽微。対空機銃二基損傷》


 短い沈黙。


 《敵は大型飛翔生物十数体、小型多数。撃墜多数。ひときわ巨大な個体を一体、確認撃墜》


 南雲は目を閉じた。


「……よく持ちこたえた」


 無線越しに微かに、息を吐く音が聞こえた。


 《なお――》


 山口は続けた。


 《敵主力は山中に存在。数、三万以上と推定。地上兵力も同数規模。部隊の統率、統制、異常に高度です。自然発生の魔物ではありません》


 その言葉に、艦橋内の空気が緊張する。


 南雲は静かに、だがはっきりと答えた。


「よく分かった。以後は合流行動に移れ。赤城直衛位置につけ」


 《了解》


 回線が切れる。


 参謀長が控えめに言った。


「……決断の時ですね」


 南雲は海図に歩み寄り、大きく広げられた作戦図の北方山岳地帯を指で押さえた。


「ドラゴンの数、三万。地上兵力、五万規模」


 彼はゆっくりと息を吸った。


「これを放置すれば、間違いなく王国は呑み込まれる」


 静かに振り返る。


「——そして、我々の艦隊もな」


 拳を机に置いた。


「全艦、戦闘配備を維持」


 参謀たちの目が一斉に集まる。


「第一機動部隊、総攻撃を下令する」


 声は低い。だが、揺るぎはなかった。


「第一目標。第二航空戦隊の安全圏を確立」


 地図上に円を描く。


「第二目標。山岳地帯中腹、確認された敵集結地への航空総攻撃」


 参謀長が復唱する。


「航空攻撃……全力をもって実施しますか」


 南雲は頷いた。


「全力だ。容赦はしない。だが――」


 一瞬、言葉を切る。


「無駄弾は使うな。我々の弾には“帰り道”がある」


 参謀たちはその意味を理解していた。


 ここは日本ではない。

 補給線はない。

 退路すら不確かだ。


 それでも。


 沈黙ののち、南雲は静かに言った。


「攻撃開始準備」


 艦橋の外では、甲板員たちが走り始めていた。


 爆装が進み、プロペラが回り、搭乗員たちが静かに機体へ乗り込んでいく。


 そして空は、再び戦場になる準備を整えつつあった。


 空が変わった。


 それは比喩ではなく、文字通りの現実だった。


 第一機動部隊の上空に広がる雲海が、無数の機影によって切り裂かれていく。蒼穹を塗り替えるように発艦していく艦載機は、赤城・加賀・翔鶴・瑞鶴、そして合流した飛龍・蒼龍の六隻の母艦から次々と空へと放たれていった。


 雷撃機は搭載されていない。

 今回の作戦において、魚雷は不要と判断されていた。


 必要なのは――徹底した破壊力。


「爆装を最大まで。目標は一点、高度を取れ。衝撃波で面を薙ぐ」


 南雲忠一中将の命は、艦橋内の作戦卓上を静かに走った。

 求められているのは制圧ではない。殲滅だった。


 各艦から発艦した九九式艦爆は、通常の爆装に加え、大型半徹甲爆弾を抱えていた。戦艦打撃を想定して準備されていた重量爆弾。それを、山中の“巣”に叩き込む。


 第二航空戦隊の損耗を視認したことで、攻撃の性質は決して変質していた。


「発見された集結地――“

 生かしてはならない

 ”対象と認定する」


 短い言葉だったが、それは既に殲滅命令だった。


 ***


 編隊は高度三千から四千へ。

 爆撃に最適な角度を取るために、艦爆隊は山脈上空へと接近していく。


 そして、眼下に見え始めた。


 ――盆地。


 人工ではない歪んだ地形。

 えぐり取られたような山肌。

 中央部に広がる異様な影。


「……巣だ……」


 操縦席の誰かが、無意識に呟いた。


 それは“営巣”というよりも巣城だった。

 巨大な骨格のような構造物が幾層にも重なり合い、その周囲に夥しい数の影が蠢いている。


 翼。

 尾。

 角。


 明らかに人間ではない生物の群れ。


 さらに盆地の外縁部には、規則性を帯びた“陣形”が存在していた。

 三万とも五万とも報告された異形の軍勢。


 人型のものもいる。

 だが、どれも異様な体躯だった。


「目標視認。爆撃隊、降下準備」


 息が詰まるような緊張が空を満たす。


 そして。


「──投下!」


 一斉に響いた号令。


 艦爆隊は急降下に移行した。


 風を裂き、空気を唸らせながら、機体は一気に高度を落とす。急角度で落下する大地。急速に拡大していく“巣”。


 六機、十二機、二十四機。


 影の矢が空から突き刺さる。


 投下されたのは、戦艦用に準備された大重量爆弾だった。

 炸裂範囲ではなく、衝撃波そのものを重視した兵器。


 空間が歪む。


 ――閃光。


 続いて爆風。


 音ではなく、衝撃が山肌を叩いた。

 地面が波打ったように盛り上がり、土砂と岩盤が空へと持ち上げられる。


 中心部に的確に落とされた数発は、“巣”の構造体そのものをへし折った。


 巨骨のような構造物が砕け、崩れ、内部から黒い影が吹き飛ぶ。


 爆風は留まらない。


 二次、三次。

 まるで山そのものを内側から殴るように、連続して叩き潰していった。


 地面が裂ける。


 山肌が崩れ落ちる。


 盆地の形が、歪み始めた。


 ***


 第二波。


 戦闘機隊が上空へ旋回しながら、護衛空域を制圧。


 艦爆第二陣が再び降下。


 今度はやや外縁部――軍勢の密集地帯を狙う。


 空から落ちてくる“太陽”。


 直撃した地点は即座に消し飛び、周囲の地面が裂ける。


 異形の軍勢は、整った陣形のまま衝撃波に飲み込まれ、その存在そのものがかき消されていった。


 焼け焦げた影すら残らない。


 物理的に「削り取られる」ような光景。


「生存反応……急速に減衰!」


 無線が叫ぶ。


 だが、攻撃は止まらなかった。


 止める理由がない。


 第三波、第四波。


 六隻の空母が持つ巨大な航空打撃力が、山岳地帯の一点に集中する。


 この世の山ではないかのように、地形が組み替えられていく。


 爆風が渦を巻き、地面が持ち上がり、また叩き伏せられる。


 盆地は、もはや原形を留めていなかった。


 巣だった場所は巨大なクレーターへと変わり、

 周囲の森は根こそぎ地面から剥ぎ取られ、

 軍勢がいたであろう地帯は粉砕された岩盤の海へと変貌した。


 ***


 洋上。


 南雲忠一は無線で流れてくる戦況を聞いて呟く。


「……これで……一度は潰したな……」


 山口多聞は、その言葉に静かに頷いた。


「生存しているかどうかは……我々にはわかりません」


「かまわん」


 南雲は短く答えた。


「生存しているなら、また叩く」


 作戦は終了していなかった。


 これは“殲滅戦”ではない。

 “再発を許さないための破壊”だった。


 第一機動部隊は、なおも爆撃隊の発艦準備を整えていた。


 山中のクレーターから立ち上る黒煙は、いつまでも空に残り続けていた。


 まるで――

 この世界に刻まれた傷跡のように。


 ーー


 空はすでに戦場だった。


 第一機動部隊から発艦した艦爆隊が急降下爆撃を敢行し、山岳地帯の盆地は巨大な爆炎に包まれていた。だが、それだけでは終わらなかった。


「第二波、九七艦攻、進入開始!」


 今度は高度を保ったまま接近してくる編隊があった。


 九七式艦上攻撃機――魚雷ではなく、腹の下には八〇〇キロ爆弾を懸吊している。


 通常であれば艦艇攻撃用の機体。

 だが今回、その役割は全く違った。


「目標、巣中心部。水平爆撃、用意……投下!」


 機体が微かに浮き上がる感覚。


 次の瞬間、機体の腹から“異様な質量”が切り離された。


 爆弾は落ちた、のではない。

 突き刺さった。


 すでに艦爆隊によって抉られていた地面に――さらに深く。


 次の瞬間。


 空間が押し潰れたように凹んだ。


 衝撃波が“面”ではなく“塊”として地面へ叩きつけられ、盆地の底が丸ごと持ち上がる。地割れは放射状に走り、岩盤そのものが音もなく崩壊した。


 続けて第二弾、第三弾。


 空から巨大な質量が、規則正しく叩き込まれていく。


「直撃確認! 地形変動、過去最大!」


 無線が叫ぶ。


 爆炎の中から、黒い影が飛び上がった。


「――ドラゴン!」


 爆風に押し出されるように、巨大な翼を広げ、空へと飛翔する個体。

 焼け焦げた鱗、破けた膜翼。それでもなお、生存本能だけで飛び上がっていた。


 だが、それを見逃す艦隊ではなかった。


「零戦隊、迎撃!」


 すでに上空警戒に入っていた零式艦上戦闘機隊が旋回を終え、一気に高度を合わせて突入する。


「一番機、捉えた!」


 機銃が火を吹いた。


 二〇ミリ機銃弾が弧を描き、ドラゴンの胸部に集中する。


 だが、相手は装甲ではなく“生物”。


 弾かれない。


 穿たれる。


 赤黒い飛沫が空中に散り、悲鳴とも爆音ともつかぬ音が山間に響いた。


 二機目、三機目。


 上方からの一斉射。


 膜翼が裂かれ、骨組みが砕け、空中でバランスを失った。


 巨体は、飛ぶという行為を維持できなくなる。


 落ちるのではない。

 叩き落とされる。


 山肌に激突し、岩壁を砕きながら転がり落ちていく。


 さらに別方向から第二個体が飛翔。


 今度は爆炎の中心部から、ほぼ垂直に跳ね上がった。


「逃がさん!」


 零戦が急降下。


 至近距離からの集中射撃。


 頭部、喉元、胸腔。


 撃ち抜かれたドラゴンは、空中で硬直し、そのまま失速する。


 ***


 下方では、なおも九七艦攻の水平爆撃が続いていた。


 800kg爆弾が、規則正しく投下されるたびに地形が書き換えられていく。


 ドラゴンたちの巣だった場所は、すでに巨大な破壊孔へと変貌していた。


 生存している影は、ほとんど見えない。


 だが――


 南雲忠一は、山向こうは見えないが、双眼鏡越しに見据えながら言った。


「……まだ終わらん」


 山口多聞は短く頷いた。


「生き残りが、必ずいます」


「ならば――」


 南雲は静かに言う。


「空から、消し続けるまでだ」


 第一機動部隊は、さらに次の爆装隊形を整えつつあった。


 黒煙に覆われた山岳地帯は、もはや“巣”ではない。


 ただの――破壊された大地だった。

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