転移艦隊〜最強の機動部隊戦記〜 ①
1941年12月5日未明。
太平洋上を南東へ針路一四〇度で進む巨大な艦隊――大日本帝国海軍第一機動部隊。六隻の航空母艦を中心に、戦艦、重巡、軽巡、駆逐隊、そして遠方を並走する補給艦・潜水艦部隊。開戦三日前、真珠湾に向けてひた走る彼らは、まさに歴史を揺るがす“最初の一撃”を準備していた。
その時だった。
午前〇四五〇。
旗艦「赤城」艦内のすべての計器が、一瞬だけ狂ったように針を振り切った。
「……何だ!? 電磁ノイズか?」
次の瞬間、全艦を包む“圧迫”が艦体を軋ませた。誰も説明できない。しかし地震でも爆雷でもない“外からの力”が、まるで海ごと歪ませるように艦を揺らした。
揺れが収まると――海と空の“色”が違っていた。
太平洋特有の深い群青ではない。
薄く光を反射する乳白色の空、異様に澄みすぎた海面。
最初に叫び声を上げたのは、見張員だった。
「た、太陽の位置が……おかしいッ! 高度が合いません!」
「水平線の形状、湾曲が違います!」
「海面反射がまるで鏡のようです! こ、これは……」
報告は混乱そのものだった。
続いて、他艦から怒涛のように無線が入ってくる。
「こちら加賀! 予定位置にあるはずのハワイの島影、視認できず!」
「蒼龍、羅針儀の指す方角に偏差発生! 地磁気がおかしい!」
「利根、水偵発艦準備……しかし、この空気密度、異常です! 上昇率が計算と合いません!」
それは“世界が変わった”としか言いようのない怪現象だった。
そこへ――遠方を哨戒中の潜水艦から緊急電送。
『……こちら伊二五。至急。浮上位置の海図一致せず。星の配置、認識不能。繰り返す、天測による位置割り出し不能!』
『伊十七より。水温が急変。通常より三度高い海水を検知。海流も不明。太平洋海流と一致せず!』
潜水艦からの“星がわからない”という報告は、艦橋の空気を一瞬で凍り付かせた。
赤城航海長は海図を前に、震える声で言う。
「……ここは、太平洋ではありません。そもそも地球なのかどうかも……」
艦橋に沈黙が落ちる。
だが、混乱はそれで終わらなかった。
「赤城より外部偵察! 見張り台から九時方向に“島のような影”! しかし位置も形状も一致なし!」
「索敵機、発艦準備完了! 空の密度が異常ですが……飛べます!」
南雲長官は、わずかに目を閉じ、決断した。
「全艦、警戒態勢を維持。まずは確認だ。索敵機、発艦せよ」
九九式艦爆三機が蒼白い空へ舞い上がる。
その報告は――さらに異常だった。
『こちら瑞鶴索敵一号機! 南へ二百浬に島影確認! 入り江あり、泊地に適す!』
『島に人工建造物なし! 樹木の様子は……太平洋のそれと異なる!』
『繰り返す。未知の島です!』
世界地図に存在しない島。
太平洋のどこにも該当しない海。
星座も違う夜空。
誰も認めたくなかったが、艦隊全員が悟り始めていた。
――我々は、“外”に出てしまったのではないか。
だが、行動しなければ全滅する。
南雲は静かに命じた。
「全艦、南へ進路を取れ。速力十八。まずはその島に寄港する。……ここがどこであろうとも、生き残るためだ」
こうして、第一機動部隊の“異世界での最初の航海”が始まった。
この島で彼らが救助する少女――王国の姫との出会いが、艦隊の運命をさらに大きく狂わせるとも知らずに。
南方二百浬の島影を目指し、第一機動部隊は慎重に針路を取っていた。
太平洋と似て非なる海は凪いでいたが、海流も風向も読めない以上、油断はできない。
赤城・飛行甲板では航空隊が待機し、いつでも発艦できるよう、爆装と燃料補給が慎重に中止されたまま整備員たちが警戒を続けている。
どこの空とも知れぬ上空で、うかつに燃料を使うわけにはいかなかった。
艦隊周囲には駆逐艦が輪形陣を形成し、不明物体や異常海域への警戒を怠らない。
「海面に変色はないか!?」
「泡立ちも異常潮流もなし! しかし、魚影が……見えません!」
報告は依然、常識から外れたものばかりだった。
遠方では、伴走していた潜水艦群が次々と再浮上し、旗艦赤城へ向けて無線を送っている。
『伊二五、再送。星の配置いまだ不明。観測班は“既知の星図とは一致せず”と判断』
『伊十七。海底地形、異常に滑らか。太平洋のプレート境界とは明らかに違う』
海底の地形すら別物という報告に、艦橋には再び重苦しい空気が流れた。
そして――正午過ぎ。
「前方に島影、視認!」
利根の見張員の叫びとともに、全員が双眼鏡を向けた。
そこには、太平洋のどの島とも異なる光景が広がっていた。
深い緑に覆われた島。だが、植物の形状が馴染みない。
入り江は自然の地形がそのまま湾となって、外洋の波を防ぐ絶好の泊地。
「……本当に、人の手が入っていないのか?」
「赤城、こちら利根。人工物は視認できません。港湾施設も村落もなし」
南雲は短く頷いた。
「全艦、泊地へ進入。防備は怠るな」
艦隊はゆっくりと島の入り江に入り、巨大な軍艦の影が静かな海面に映る。
まるで無人の海へ、文明が侵入してしまったかのようだった。
やがて各艦は錨を下ろし、全艦のエンジンが静止。
異世界における第一機動部隊の“最初の停泊”が、この瞬間に成立した。
上陸班の準備が進む。
赤城の艦内放送が響く。
『第一上陸班、装備点検を完了せよ。銃火器は実包装填。未知の島であることを忘れるな』
海軍陸戦隊が小型艇に乗り込み、島へ向かう。
未知の陸地へ踏みしめる足音は重く、誰しも胸中に不安と緊張を抱えていた。
島は静まり返っていた。潮騒以外、音がしない。鳥の声すらない。
「……生態系が薄い? そんな馬鹿な」
科学的に説明できない森が広がっている。
だが、それ以上の異常は見当たらず、上陸初日の偵察は慎重に終了した。
夕刻。
上空の雲が赤く染まり、蒼白い空がゆっくりと黄金色に変わり始めた頃――
「報告! 入り江の北側で漂流物を発見!」
「遺留品か!? 敵性勢力か!?」
「い、いえ……人です! 少女らしき人物が流れ着いています!」
艦内にざわめきが広がった。
地球ではない世界に、人間がいる――?
南雲は即座に命じる。
「救助班、出せ!」
こうして、異世界での最初の“接触”が始まった。
その少女が王国の姫であり、やがて第一機動部隊の運命を劇的に揺さぶることになるとは、まだ誰も気づいていなかった。
入り江の北側。夕日の赤が海に溶け始めた頃、救助班が担架を抱えて戻ってきた。
担架の上には、年の頃十六、七ほどの少女。
金の髪は潮に濡れ、精巧な刺繍が施された薄紫のドレスは裂け、砂まみれになっている。
「呼吸あり! 脈も取れます!」
「医療班、すぐ処置を!」
少女は赤城の医務室へと急ぎ運ばれた。
医務室では、軍医が汗をぬぐいながら診察を進めていた。
「外傷は軽い。だが、栄養状態が悪いな……」
少女は意識を失ったまま微動だにしない。
ドレスやアクセサリーは明らかに高貴な身分を示すものだが、どれも地球の文化様式とは異なっていた。
その頃、艦橋では南雲と司令部幕僚が集まり、異常事態の分析が進められていた。
「未知の生物は確認されず。しかし植物相からして、ここは我々の知る地球と異なります」
「潜水艦隊より続報。海底地形は連続して滑らか。一定の規則性まで見られます。自然地形とは考えにくい」
「空母部隊より。夜間天測を開始したところ、星座が……地球とまったく一致しません」
その一言で、艦橋は沈黙に包まれた。
――これは太平洋ではない。
――ここは“地球”ですらない。
全員が薄々感じていた結論が、事実として突き付けられた。
その時だった。
「報告! 医務室の少女が、意識を取り戻しました!」
南雲と山口、多くの幕僚たちが医務室へ向かう。
薄暗い灯りの中で、少女は目を開いた。
「どこ……ここは……?」
聞き慣れない言語――しかし不思議な抑揚で、誰も理解できない単語が並ぶ。
通訳などいるはずもなく、医務員たちは顔を見合わせるばかりだ。
少女は怯えた目で軍服姿の男たちを見回し、身体を震わせる。
「落ち着くんだ。君は助かった。ここは日本海軍第一機動部隊――」
南雲がゆっくりと話しかけたが、もちろん少女には意味が伝わらない。
しかし、少女は胸に下げていたロケットペンダントを握りしめ、涙をこぼしながら必死に言葉を紡いだ。
「……リュミエール王国……第六王女……アリア……」
その言葉だけが、奇妙なほど明瞭に聞き取れた。
「王女……だと?」
医務室にいた者たち全員が息をのんだ。
さらに少女――アリアは震える声で続けた。
「海……割れ……光が……そして……魔物が……」
彼女の語る断片的な言葉は理解できない単語ばかりだったが、ただ一つだけ艦隊を凍りつかせる単語があった。
――魔物。
「魔物……?」
「この世界には、我々の知らぬ“敵”がいるのか?」
ざわめく幕僚たち。
しかしアリアは涙をこぼしたまま、震える手で海の方角を指差す。
「……王国……滅びる……お願い……助けて……」
まるで必死の祈りのような言葉。
海軍軍人たちは互いの顔を見合わせた。
異世界に迷い込み、星すら違い、帰れる保証もない。
そんな中、異世界の“国の姫”が助けを求めている。
南雲は目を閉じた。
――この世界で、日本海軍第一機動部隊はどう動くべきか。
その判断こそが艦隊の命運を決める。
そして、この直後。
入り江の外洋側で、駆逐艦より緊急報告が上がる。
「報告! 南方海域にて“巨大な影”を視認! 敵性生物の可能性あり!」
ついに、異世界の“敵”が姿を見せ始めたのだった。
入り江外縁の監視を行っていた駆逐艦「浦風」から、再び緊急電が入った。
「巨大影、接近中! 大きさ推定百メートル超! 船ではありません! 繰り返す、艦影ではないッ!」
艦橋がざわめく。
海に百メートル――常識では考えられない。
「まさか……アリア王女の言う“魔物”というやつか?」
「そんな代物が海に……?」
疑念と恐怖が入り混じる中、入り江の静かな水面が低く唸り始めた。
沖合いで“海面が持ち上がる”ような動きを見せる。
やがて――
「来ますッ!」
水柱が上がり、黒い巨影が海面を割って姿を現した。
それは鯨にも似ていたが、背には鋭い角のような骨質の突起が数十本。
目に相当する部分が赤く光り、口には鋼鉄をも噛み砕きそうな牙が並んでいる。
「化け物だ……!」
「本当にいたのかよ、ああいうのが!」
艦隊中に動揺が広がる。
しかし南雲はただ一言、静かに命じた。
「対空戦闘ではない。対海戦闘だ。全艦、主砲・副砲で迎撃準備」
この世界の“魔物”がどれほどの脅威か、誰にもわからない。
だが日本海軍第一機動部隊は、訓練された軍人の集団だ。
恐怖を押し殺し、次々と砲が旋回して怪物へ照準を合わせていく。
やがて――
「浦風、主砲発射!」
駆逐艦の四〇口径12.7センチ砲が火を噴き、砲弾が巨大生物の側面に命中。
肉が裂け、黒い体液が飛び散った。
しかし怪物は怯まない。
赤く光る“目”が艦隊を睨みつけ、開いた口から咆哮が響き渡る。
「な、なんだあの音はッ!?」
「音圧が強すぎるッ! 見張り員が耳を押さえて伏せています!」
まさに未知の生物兵器。
南雲は即座に判断を下した。
「加賀、蒼龍、攻撃隊を一個中隊発艦させろ! 魚雷装備は不要、爆装で構わん!」
甲板で整備員たちが全力で動き、九九艦爆が次々に発艦。
異世界での“空母航空隊による初出撃”が実施される。
空へ駆け上がった九九式艦爆は高度二千から急降下。
爆弾を投下し、怪物の背部に立て続けに命中させる。
轟音、爆炎、黒煙。
怪物は断末魔のような悲鳴をあげ、海面へと沈みこんだ。
泡を撒き、最後に大きな波を残して、完全に姿を消した。
「命中多数……撃沈、と思われます!」
艦橋から歓声は上がらなかった。
誰もが胸に、「これは始まりにすぎない」という実感を抱いていたからだ。
医務室の少女――アリアは、震えながらその報告を聞いた。
「……倒したの……ですか?」
通訳はいない。
だが、誰の目にもわかるほど、アリアの表情には安堵と同時に、深い悲しみが宿っていた。
「もっと……もっと恐ろしいものが……海にも陸にも……王国が……助けを……」
断片的に途切れる言葉。
だが第一機動部隊の誰もが理解していた。
――この世界は危険だ。
――この少女は、本当に助けを必要としている。
南雲は作戦室で幕僚たちを見渡した。
「我々は帰還方法すらわからぬ。この世界の地図も、敵も、味方も不明だ」
「だが王女の証言では、この島から西に“国”があるらしい。まずはそこへ向かい、この世界の情報を得るしかあるまい」
山口多聞が静かに言った。
「……我々は、異世界で孤立した軍隊です。しかし六隻の空母と千機近い航空戦力を有する。この世界の秩序を乱す存在と戦う力があるのも事実です」
「助けを求められた以上、海軍として動かざるを得ないだろう」
南雲は深く頷き、最後に言葉を紡いだ。
「第一機動部隊は、アリア王女を保護する。
そして、西方のリュミエール王国へ向かう。
この世界で、我々の進む道を切り開くために」
こうして、異世界に転移した第一機動部隊は――
“異世界での初陣”を勝利し、王国との邂逅へと動き出した。
彼らがこの後、数々の“魔物”と“魔法文明”に向き合い、
やがてこの世界の歴史を大きく変える存在となることを、
まだ誰も知らなかった。
巨大生物との交戦から一夜が明けた。
1941年12月6日、異世界カレンダー不明。
大日本帝国海軍第一機動部隊は、無人島の入り江で静かに錨を下ろしたまま、全力で“情報の再編”に追われていた。
旗艦「赤城」では朝から幕僚が集まり、南雲長官の前で次々に報告が読み上げられる。
「補給艦より。航空燃料は十分量を保持。ただし補給限界は十回のフルストライクに相当。整備部品は各空母とも平時基準の八割を確保」
「弾薬庫は全艦とも満載。ただし、異世界の敵にどの程度通用するかは未知数」
山口多聞が資料をめくりながら言葉を足した。
「……そして、海図は白紙だ。我々は“存在しない海”を航海することになる」
続いて重要な報告が入る。
「潜水艦隊より連絡。指揮系統は従来通り維持可能。索敵行動と航路の水中警戒を継続中。
ただし、海底は滑らかで、天然の海では考えられません」
艦内は一瞬静まりかえった。
この世界の海は、地球の物理法則とは異なる可能性すらある。
だが、アリア王女の言葉が彼らを迷わせなかった。
――“西に私たちの王国がある。助けてほしい”
生存のためにも、情報のためにも、王国へ向かう意義は大きい。
南雲は決断した。
「まずは西の王国へ向かう。航路上の危険を知る必要がある。
長距離偵察には九七式艦攻を使用し、他の航空隊は温存だ」
「了解!」
すぐに航空隊へ命令が走り、九七式艦攻が翼へ日光を反射させながら甲板へ並べられていく。
午前九時、蒼白い空へ九七式艦攻が次々と発艦していく。
パイロットたちは皆、胸に未知の緊張を抱えていた。
――魔物の領空というものがあるのかもしれない。
――地形未踏。海流不明。天測不能。
だが、海軍航空隊は怯まない。
報告が次々と赤城の艦橋へ届き始める。
『こちら偵察一号機。西方に大小の島多し。人影は確認できず』
『海上に巨大な“円形の渦”。自然現象か不明。航路注意』
『空気密度安定。飛行は可能』
最後に、最重要情報が入った。
『西方約二百五十浬。大陸を確認。城塞都市と判断。旗が翻っている』
南雲は静かに頷いた。
「……王国がある。確かに存在する」
艦隊の行く先が定まった瞬間だった。
十二月六日午後。
第一機動部隊はついに錨を上げ、入り江を離れた。
六隻の空母を中心に巨大艦隊が異世界の海をゆっくりと進む様は、どこか神話の光景のようですらあった。
「西方へ針路二七〇、速力十八。全艦前へならえ!」
汽笛が響き、空母群が白い航跡を残して進み始める。
駆逐艦が輪形陣を形成し、重巡・戦艦が周囲を固める。
この海が何を孕んでいようとも、生き残るための最強の布陣が組まれた。
十二月六日午後。
第一機動部隊はついに錨を上げ、入り江を離れた。
六隻の空母を中心に巨大艦隊が異世界の海をゆっくりと進む様は、どこか神話の光景のようですらあった。
「西方へ針路二七〇、速力十八。全艦前へならえ!」
汽笛が響き、空母群が白い航跡を残して進み始める。
駆逐艦が輪形陣を形成し、重巡・戦艦が周囲を固める。
この海が何を孕んでいようとも、生き残るための最強の布陣が組まれた。
ゆっくりと日が傾き始めた夕刻。
「上空より異常音! 金属と風の混ざったような……これは航空機か!?」
見張員の声に艦橋がざわめく。
「位置は!?」
「方位三〇、上空三千!」
次の瞬間、雲を割って現れた三つの影――
翼ではない。
プロペラも無い。
皮膜の翼を広げた、異形の飛行生物。
「……龍? ドラゴン、か?」
その姿は伝説に語られる“竜”そのものだった。
巨大な顎、黒い鱗、そして空を自在に舞う異様な機動。
艦隊は即座に戦闘態勢へ。
「零戦三機、発艦急げ! 迎撃だ!」
甲板で待機していた零戦隊が吠え、海風の中を滑走、次々に空へ跳び上がった。
空で待っていた三匹のドラゴンが、唸り声をあげて零戦へ急降下してきた。
「近づいてくるッ! 速度は……意外と遅い!?」
『こちら零戦一番機。空戦に入る!』
零戦が旋回し、真っ向からドラゴンへ向かう。
パイロットの声が無線に乗る。
『生物だ! しかし装甲が厚い……弾が弾かれる!』
ドラゴンは巨体のわりに俊敏で、尾で空を切り裂き、零戦の機首に爪を振り下ろす。
だが、日本海軍航空隊は屈しない。
『一番機、撃つ!』
三秒の一撃――二十ミリ機銃が火を噴き、弾丸がドラゴンの右翼を切り裂く。
悲鳴をあげながら巨体が回転し、ひとつが海面へ墜落した。
『二番機、後ろに付かれた! 振り切る!』
『こちら三番機、援護に入る!』
三次元で絡み合う三機の零戦と二匹のドラゴン。
これが異世界の“初空中戦”だった。
やがて――
『撃墜確認! 二匹目、落ちた!』
最後の一匹は雲の中へ逃げ込み、消えた。
『追撃は不可能。雲が多すぎる』
南雲は無線を聞きながら静かに息を吐いた。
「……生きている。空にも“敵”がいる」
艦隊の誰もが、この世界の危険を思い知らされた瞬間だった。
ドラゴンとの空戦から半日後。
偵察機からの報告で大陸が近づくと、南雲は判断を下した。
「王国との外交接触は慎重に行う。
草鹿参謀、そしてアリア王女を同行させ、水偵で上陸してくれ」
「了解しました」
利根のカタパルトが唸り、水上偵察機が蒼空へ跳ぶ。
機体にはアリアが乗り込み、草鹿参謀が護衛する形だ。
城塞都市の上空に入った水偵を、城の塔が見つめるようにそびえ立っていた。
着水し、王国の港湾へ向かうと――
守備兵たちは困惑しつつも武器を構えなかった。
アリア王女が姿を現すと、兵士たちの表情は驚愕から歓喜に変わる。
「アリア様……ご無事で……!」
彼女は震えながら応えた。
「連れてきてくれたのは……日本という国の軍人です」
その一言で、港にどよめきが走る。
草鹿参謀は礼儀正しく頭を下げた。
「我々は、この世界に迷い込んだ者です。しかし貴国王女を救助しました。
王にお目通り願いたい」
謁見の間。
高い石造りの天井、炎の揺らぎ、異世界の王と軍人が向かい合うという奇妙な光景が広がる。
王はアリアを抱き寄せ、涙を流した。
「よく帰った……! アリア……!」
その後、王は草鹿参謀へ向き直る。
「アリアを救ってくれた恩義……我らは忘れぬ。
だが、そなたたちは……何者なのだ?」
「大日本帝国海軍、第一機動部隊。遠い世界より……不可抗力にてこちらへ転移したものです。
王国に危害を加える意図はありません」
王は長く考えたのち、重々しく言った。
「その艦隊とやらは、どれほどの規模か?」
「……空母六隻、戦艦・巡洋艦・駆逐隊からなる大艦隊です」
王は目を見開く。
「海の向こうの国々は巨大な魔物に悩まされている。
そなたたちの力は……国を救う力になるかもしれぬ」
そして、こう告げた。
「第一機動部隊の入国を認める。
ただし王都沿岸は狭い。港から十浬離れた沖合いに停泊してほしい」
「感謝いたします」
こうして草鹿参謀の報告が戻り、第一機動部隊は西方の海岸から遠く離れた沖合へと向かった。
異世界の王国と初めて結ばれた“外交の橋”。
六隻の空母が夕陽を受けながら進む光景は、まさに歴史の分岐点だった。
――この世界で、第一機動部隊は何を成し、何と戦うのか。
まだ誰も知らない。




