ミッションコンプリート!
朝早く、宿の朝食時間が始まる前から制服を着た魔王とセナはロビーに揃った。そこで社長が待っていた。社長さんは人の良さそうなおばさんだった。
『面接と言っても大したことはないよ。一日働く様子を見るだけ。』
『うん!』
『ちなみに接客業だからため口は駄目ね。』
『すまん。いや、すみません…』
とっさに出る言葉を魔王は修正した。魔王は魔界で誰よりも身分の高い者。当然、敬語なんかを使う理由はなかった。それでも彼女が敬語を使う場合があった。それは相手の声が自分より大きい時と欲しいものがある時だった。
声の優しい社長に敬語を使うほど魔王は住み込みがしたかったのだ。
『大丈夫よ。最近の若者はみんな敬語が苦手だから。セナがちゃんと教えてあげなさい。』
『かしこまりました。』
『マオウノ・ユリアちゃんだったわね?事故がなければ合格できるから、心配は要らないよ。』
『う…はい!』
『 ユリアちゃんは知らないことがあったらセナちゃんに聞いて。』
社長の言葉の末に誰かロビーに入ってきた。
『失礼します。製粉所からです。』
『あら、いらっしゃい。じゃ、今から面接開始とするね。よろしく頼むよ。』
魔王は製粉所から来た男についていくセナを追って外に出た。そこには大きな馬車があった。
『一か月分のお届けです。50袋になりますね。ここにサインお願いします。』
セナは御者が差し出した用箋挟の上にサインした。御者は荷台を拳で二回叩いた。すると、男二人が下りて重そうな袋を一個づつ担いだ。
『地下の倉庫までご案内します。マオウノ様もついて来てください。』
セナは早足で歩いて男たちを先導した。魔王は彼女らを追う代わりに馬車の後ろを確認した。小麦粉の袋がいっぱい載せられていた。
『50から2引いたら48か…』
魔王はぼんやりと立って独り言を呟いた。一方、地下の倉庫に着いたセナは魔王がついて来なかったことに気づいた。彼女は自分の足が速かったのかと思いながらロビーに行った。
定期的に行われる小麦粉受領の仕事は配達された袋の数が合っているかどうか確認するだけの仕事だった。つまり、地下倉庫に立って作業員が運んでくれた袋を数えればいいのだ。
『もしかしたらお運びしようとなさっているのでは…』
小麦粉の袋は丈夫な男の人でも一つづつしか持てない重さ。普通の少女が持ち上げられる訳がなかった。もしそれを担ごうとしたのに落としたら。落ちた袋が破れたら。宿側にとっては損害になる。それこそが社長さんが言った事故ということだ。
急いでロビーに出たとたん、セナは立ち止った。そこには本当に小麦粉の袋を担いで外から入る魔王がいた。それも一つや二つじゃない。48個の袋を担いだままの。
『地下倉庫ってどこ?』
セナと目が合った魔王は明るく聞いた。セナは驚いて声が出なかった。ロビーに置かれているソファーでコーヒーを飲んでいた社長さんも口が開いたまま魔王を見ていた。
魔王はセナに近づいて来た。
『この階段を下りればいい?』
セナは黙りこんで頷いた。魔王は重いという感覚を知らない人のように平然と下へ降りて行った。セナの目線は太陽を見続けるひまわりのように魔王を追った。
『え?』
『ひっ!』
倉庫から出ていた作業員たちは魔王と鉢合わせてびっくりしながら道を退いた。彼女は彼らの間を通って中に入ろうとした。
『あっ…!』
高く積み上げられた袋の最上部がドアの縁にぶつかった。魔王はバランスを失って体勢を崩した。
その場面を見ていた皆が悲鳴を上げた。袋一つ台無しになるだけで事故だというのに48個がダメになったらそれを表現する言葉もなかった。
セナの目にはその瞬間がスローモーションのように見えた。魔王の両足は地面から離れていた。転ぼうとしているのだ。浮いた足が地面に戻ったらなにもかもが終わりだった。彼女はそれを知っていた。でも止めようがなかった。
『ふー』
足が地面に当たるその瞬間、魔王は息を吐きながらおしりを後ろに突き出した。同時に、担いでいる荷物を前に傾けた。すると絶妙にバランスが取り戻された。続いて魔王はスクワット姿勢でドアを通り地下倉庫に入った。
暫くして倉庫の暗闇から無表情の魔王が出てきた。人間たちは唾を飲み込んだ。誰も彼女の正体は知らなかったが、目にした力に威圧感を感じていた。そんな中、魔王は魔法でも使おうとするように片手を挙げて。
『ミッションコンプリート!』
と言いながらピースをして見せた。いつの間にか緊張していた皆は脚から力が抜けて座り込んだ。
『え?もう疲れたの?』
魔王は無邪気に聞いた。セナはそんな魔王を見ながらこう思っていた。
この人、人間じゃない!
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