レイの逆鱗とオムライス
「暇すぎる…」
魔王は自分の部屋の窓際で腕を枕にして突っ伏していた。
夢魔の件があった朝、魔王は社長から本格的な配達を始めるよう指示された。それから2日。まだ何の注文も入って来ない。
「ふぁあ…」
魔王はあくびをした。その2日間、チラシを配ったりもしてみたが、効果は全くなかった。片方だけ開けておいた窓から入る風は柔らかく、日差しは心地よい。うとうとしていた彼女はつい眠りかかってしまった。
「クル…」
その時、一匹の鳩が晴れた空を飛んでいた。その鳩はうたたねの宿の上空で急降下し始めた。羽を畳み、体を回転させながら突進。地面に当たる直前に羽を広げて速度を下げ、魔王の寝ている窓に近づいた。
そして見事に、閉まったままの窓ガラスにぶつかった。
「ひっ!」
あまりの衝撃音に魔王は目を覚ました。
「クルッ…ポ…」
魔王は窓の外を見下ろした。目をくるくる回している白い鳩が見えた。
「何だろう?」
魔王は窓から外に出て鳩を持ち上げた。鳩の足には紙の切れ端が結ばれていた。
「手紙…?」
魔王は紐を解いて紙を広げてみた。
「こ、これは…!」
内容を確認した魔王の顔が石像のように固まった。
一方、セナはロビーの掃除をしていた。
「君、今日までは休んだ方が良くない?夢魔に襲われてから2日しか経ってないし。」
洗濯物を屋上に干してきたレイが聞いた。
「もう十分休みました。レイさんに迷惑を掛け続けるわけにはいきませんので…」
「私は別にいいけど。君、昨晩は別の部屋で寝たの?」
「いいえ、まだマオウノ様の部屋にお邪魔しております。」
「そう。その割には静かだったわね。君って、隣の部屋にまで響くくらい寝相が悪いから。」
「申し訳ありません…今日は元の部屋に戻ります。」
「君って、本当に話が通じないよね。」
レイはセナの手からモップを奪い取った。
「まだ体調が悪いから大人しく寝てたんじゃないのって聞いてるのよ。分かった?もう部屋で休みなさい。」
「そうする訳には…」
「しつこいね。部屋が嫌ならカウンターで客を待ちなさい。君がこれ以上具合悪くなったら一番困るのは私だから。」
セナは仕方なく、レイの言葉に従ってカウンターに下がろうとした。
「ありがとうござい…」
だが、その時、
「セナちゃん!大変!」
魔王が右腕に鳩を抱え、手紙をひらひらさせながら走ってきた。
「どうなさいましたか?」
セナは驚いて息が弾んでいる魔王に近寄った。
「注文が入ったよ!」
「注文?」
「配達の注文!」
セナは魔王が差し出した紙を手に取った。そこには注文の内容が書かれていた。オムライス一皿。届け先:古木の一軒家。
「おめでとうございます!初めての仕事ができましたね。早速準備しますので、少々お待ちください。」
セナは厨房に向かおうとした。すると、
「どこへ行くつもり?」
レイがセナを呼び止めた。
「配達の注文が入りましたので、料理を作らないといけません。」
「私がするから君はカウンターで休んでいなさい。」
「え?レイもお料理できる?」
「そうよ。」
「オムライスならすぐ作れますので、それぐらいは任せていただいて大丈夫です。」
レイはちらっとセナを見た。
「掃除よりは疲れないか…」
レイは一拍置いてから言い続けた。
「じゃ、君に任せ…」
と言おうとするレイの言葉に魔王が割って入った。
「レイちゃんが作るお料理まずそう。」
「そんなことありません。レイさんが作った料理もとても美味しいです。」
「本当…?でもレイちゃんは刀を振り回す時、力任せで無茶苦茶に振り回すだけだもん。」
セナは目を丸くした。魔王はそれに気づかず言い続けた。
「格好いいけど、料理みたいに繊細な仕事をするとまな板も厨房器具も全部壊してしまいそう。」
「マオウノ様、今の発言は…!」
セナはびっくりしてレイの機嫌を察した。レイの表情はいつものように冷静だった。怒ってはいなさそう。料理のことはともかく、剣術について口出しされることは絶対我慢できないレイだったので、セナは内心ため息をついた。
「やっぱりオムライスは私が作る。」
レイは宣言した。その声は普段より低く、凍りつくように冷たかった。彼女はモップを壁に立てかけておいて厨房に行った。
セナは額に手を当てた。魔王は無邪気に首を傾げるばかりだった。




