友達になってあげる!
「え?レイちゃん?」
その瞬間、魔王の全身から立ち昇っていた、触れるだけで腐らせる死のオーラが霧散した。悪魔のように縦に鋭く収縮していた瞳孔も、いつもの丸く無邪気な瞳に戻っていた。
「本当にレイちゃんなの?」
魔王は夢魔のことなど忘れたかのようにカウンターへ駆け寄った。レイの服装は黒いヌメヌメに飲み込まれる時着ていた物と同じだった。だが、血は止まっていて、右目の瞳に蝶の形が焼き付けられていた。
「ちょっと静かにして。今大事なところ読んでるから。」
レイは、本から目を離さず、冷たい声で答えた。その反応に魔王は満面の笑みを浮かべた。
「間違いなくレイちゃんだ!」
魔王にとってレイは氷の姫のような人。冷ややかな態度から目の前の人がレイだと確信したのだ。
「如何かな、汝よ。そろそろ『語る』気分になったか?」
夢魔は後ろ手を組んだまま階段を下りてきた。
「う~ん…でも、夢魔ちゃんはレイちゃんを怪我させたし…始末しないとセナちゃんを起こせないし…」
魔王は困った表情で両手の人差し指の先を合わせた。夢魔はにっこり笑って後ろに隠した手でマリオネットを操るように動かした。すると、レイが本から目を逸らして言った。
「君、私の命の恩人を始末するつもり?」
「命の恩人?」
夢魔がまた指をクイクイと動かした。
「そうよ。あの方が私を『夢』から救ってくださったのよ。」
「うそ!さっきは喧嘩していたじゃん!」
「そんなのは問題じゃないよ。」
「雨降って地固まると言うのであろう?真の『友』は、『衝突』を繰り返してこそ『結合』を果たすのだ。」
いつの間にか魔王の後ろに近寄っている夢魔が魔王の耳元に囁いた。魔王はふと振り向いた。魔王の目が夢魔の赤い目と合った。
「え...?ヒイッ!」
魔王は顔を真っ赤に染め、体をびくつかせた。夢魔との近さであんな反応を見せたわけではない。夢魔の向こうの、自分が壊したロビーが目に入ったのだ。
「ご、ごめん!訳も分からないくせに勝手に壊してしまって!」
魔王は魔界で何回か魔王城を壊したことがあった。ボールを蹴って遊ぶ時、力を入れすぎて城壁を壊したり、魔法の授業中手加減できなくて教室をまるごと吹き飛ばしたりしたのだ。
「ゆ、許してください!」
魔王は素早く正座し、顔の前で両手を合わせて頭を下げた。この行為には訳がある。
魔王が城を壊すたびにユーズは彼女を遠くへと投げ出していた。やっとの思いで帰還した時には、すでに修理が終わっているほど、遥か彼方まで飛ばされるのが常だった。最長、帰ってくるのに1ヶ月かかる場所まで投げられたことがある。
「二度と物を壊さないので…」
謝罪の態度によって投げられる距離が短くなるので、はっきり謝るのが習慣になっている。
夢魔はチラッと後ろを見た。
「ああ、あれのことか。『心配』は無用だ。」
夢魔は指を鳴らした。すると、ロビーは何事もなかったかのように復旧された。
「すごい!」
「『夢』の形は我が決めることであろう。」
そう言いながら夢魔は魔王の両腕をぎゅっと握って立たせた。
「ヒッ!」
魔王は目を瞑った。両腕を掴むのはユーズが魔王を投げつける直前に構える姿勢。このまま空高くに放り投げ、ジャンプして空中で両足を捕まえ、まるで台風のように回転させて彼方へと消し飛ばすのだ。
「その目を『開眼』せよ。我は汝を『破壊』したりはせぬ。」
魔王はこわごわと目を開けた。
「許してくれるの…?」
「許せぬこともなかろう。汝が我の『友』となるならば。」
夢魔は目を大きく開き、魔王に顔を近づけた。
ここで投げつけられたら戻るまで何週間もかかるかも知れないと、魔王は心配していた。そうなるとセナを起こす見込みは見えなくなる。なのに、友達になるだけで投げられずに済むなんて!
「うん!友達になろう!」
魔王は明るく答えた。しかも喧嘩した後で、もっと親しい友達になれる気がしたのだ。
「良かろう!我が『友』なるものは『下僕』のみ!」
夢魔は眼帯を外した。その中には蝶の形が刻まれた黒の瞳があった。
「我の『友』となり、我に『奉仕』せよ!」
夢魔は意地悪く笑いながら両目を魔王の目に一層近づけた。夢魔の瞳から燃える蝶が飛び出て魔王の黄金の瞳に飛び込んだ。




