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夢の沼と時間の角

「あっ、消えちゃった。」


魔王は夢魔が入った穴に近づいた。


「触らない方がいいよ。」


レイが魔王を引き止めた。


「吸い込まれると困る。」

「これって危険?セナちゃんは大丈夫?」


魔王がレイに振り返って聞いた。


「さあね。とにかく急がねば。ここで待っていなさい。」


レイは深刻な表情で足早に部屋から出た。


「え?」


いつもなら大したことないと言わんばかりの態度をとるレイだが、今の行動は明らかに普段とは異なっていた。魔王は不安になった。彼女は平穏に眠っているセナの顔を見つめた。


「セナちゃん…」


しばらくして、レイが赤い液体が入っている瓶を持って戻ってきた。


「退いて。」


レイは魔王を押しのけて瓶の蓋を開けた。そして寝ているセナの上半身を抱え上げて液体を飲ませようとした。だが、セナが口を開けなかったため、液体は全部顎を伝って零れ落ちた。


「ちっ、もう夢のコアに着いている。」

「今、何がどうなっているの?」

「夢魔がこの人の夢に浸透した。もう精気が取られるはず。」


魔王は首を傾げた。


「でも、あの夢魔(サキュバス)は精気を食べても大丈夫って。深く眠るだけだって。」

「その通りね。深く眠りすぎて永遠に目を覚ませないかもしれないけど。」

「そんな…」


魔王の顔が青ざめた。


「だからこの人には元の部屋みたいな所がましだと言ったでしょ?夢魔に好かれる体質だし。」


魔王の手が震えた。


「夢魔は窓から侵入するからわざわざ窓のない部屋を提供したというのに。」

「知らなかった…」


魔王は涙を流した。セナにいい部屋で過ごさせてあげたかっただけなのに。セナが死ぬかも知れない状態になってしまった。


「夢魔について知らないなんて言い訳よ。大陸全体にありふれている魔族じゃない?蚊を知らないという嘘の方が信じられる。」


魔王は、夢魔は勿論蚊についても知らなかった。魔族は精気がないうえ、血は冷たい。なので、夢魔にも蚊にも苦しむことはないのだ。


「ごめんなさい…ごめんなさい…」


魔王はセナのことが心配で泣いてばかりいた。レイはため息をついた。


「…気に入らない。」


レイは持っていた瓶の中の赤い液体を半分ぐらい飲んだ。そして残りを魔王に渡した。


「飲みな。」


魔王は瓶を取った。


「これを飲んだら道に迷わず夢のコアまで導かれるようになる。そこで夢魔を始末すれば解決できるのよ。」


魔王は涙を拭いて赤い液体を口に当てた。


「苦い…」


魔王は眉をひそめた。


「当然よ。薬だから。元々は睡眠中夢魔に見つけられない為のものだけど、不思議なことに『夢にうなされないように』もしてくれる。」


苦いものが苦手な魔王だが、セナを救うために一気に飲んだ。


「うぅぅ…二度と飲みたくない…」

「なら今から余計なことはしないで。行くよ。」


レイは空間が歪んでいるように見える夢の入り口に足を踏み入れた。拳をぎゅっと握った魔王もレイの後ろについて行った。

魔王の足が冷たく粘り気のある水で濡れた。入り口の向こうには沼があった。霧で覆われた水の表面とまばらに生えている木々が果てしもなく続いていた。


「これがセナちゃんの夢の中…」


魔王は後ろを振り向いてみた。通って来た穴はもう消えていて、前方と同じ光景が広がっていた。


「あれ、見える?」


レイが地上から空まで垂直に伸びている光の柱を指さした。


「うん、見える!」

「薬がよく効いたみたいね。」


レイは光の線に向かって歩き出した。魔王は走った。足を運ぶたびにじゃぶじゃぶと足首まで溜まっている泥水が音を立てた。レイに追い付いた魔王は彼女と歩調を合わせた。



「あっちが夢のコアよ。あそこに着いたら…」

「ええええええ?!」


目的地について説明しようとするレイの顔を見て魔王は悲鳴を上げた。レイは眉をひそめた。


「何よ?」

「レイちゃんの頭に角が生えている!」


魔王の言う通り、レイの右の耳の辺りには赤く真っすぐな角が生えていた。片方にしかなかったがそれは魔王がいつも憧れていたユズの角と似ていた。


「あ、これね。あの薬を飲んで夢の中に入るとどうしてかこうなってしまう。」


レイは自分の角を叩きながら答えた。


「君にも生えているよ。」

「え?」


魔王は自分の右の耳元を触ってみた。だが、何も感じられなかった。


「反対側にあるよ。」


レイに言われて魔王は左の方を触ってみた。確かに長くてつるつるの固い感触がした。


「これは、夢…?」


魔王は自分の角を撫で、目を光らせながら呟いた。


「夢ね。その角は秒時計みたいなものよ。時間が経つにつれてだんだん短くなる。いずれはなくなる。」

「ダメ!」


魔王は長い角を両手で大事に掴んで叫んだ。


「角が消える前に夢魔を探し出せばいい。そうしないと夢から追い出されるか、夢に飲み込まれるわよ。薬も半分ずつしか飲んでいないから、急がないと。」

「じゃ、走ろう!」


魔王ははるか遠くの光の柱に向かって駆け出した。


「待て!夢の中では何が飛び出すか分からない!」


だが、レイの声が届く前に魔王は急に深くなった水に沈んでしまった。レイが魔王に走って行った。


「プハッ!」


魔王は水面に顔を出した。


「大丈夫!」

「このバカ!早く水から出て来て!」


魔王の周りで、ボコボコと泡が立ち上がった。


「なんだろう。」


魔王は振り返ってみた。


「グルル…」


そこには魔王を一口で飲み込めそうなワニが、ぬっと顔を突き出していた。

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