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ガラクタの海の監視者

ごしごし。

ユウは無言で、しかし一生懸命にドアに描かれた星を拭き取った。


「やるじゃん。」

「あ、ありがとうございます……」


二人が二階の廊下を半分ほど拭き終わった時だった。

ガチャ。

すぐそばの客室のドアが開き、装備を整えた冒険者二人が現れた。


「早く行こうぜ。星ウサギはこの時間が一番狩りやすいからな。」

「しっ、静かにしろよ。みんなまだ寝てるだろ。」


冒険者たちは廊下にいる魔王とユウを通り過ぎて行った。ちょうどドアを拭き終えた魔王はユウに言った。


「次行こう!」


魔王はバケツと雑巾を持ち上げ、三階に上ろうとした。でもユウは手をドアに伸ばしたままじっとしていた。


「ユウちゃん?」


魔王はユウの方に戻り、肩に手を当てた。その瞬間だった。ユウはまた白目をむいて固まったまま後ろに倒れた。ほんの一瞬だったが、周りに魔王、そして二人の冒険者、合計三人が揃ってしまったため気を失ってしまったのだ。


「え?あっ!」


倒れたユウの足が、水がなみなみと入ったバケツを蹴り飛ばした。魔王は慌てて手を伸ばしたが、間に合わなかった。

ガシャーン!バシャーッ!

濁った水が二階の廊下にぶちまけられ、手すりの隙間から一階のロビーへと滝のように降り注いだ。下には冒険者たちがいた。


「なっ……!」

「なんだ!?」


ロビーから外へ出ようとしていた冒険者たちは驚いて上を仰いだ。幸い、水が落ちてきた場所は離れていて二人が濡れることはなかった。


「大掃除でもしてんのか。」

「夜中に大げさだな。」


魔王は無事に出掛ける二人を見て安堵のため息をついた。そして気絶したユウと水浸しになった廊下やロビーを見回し、またため息をついた。


「嘘でしょ…」


魔王は雑巾を絞りながら呟いた。ユウは起きそうになかった。仕方なく、魔王は一応ユウを部屋に戻してあげることに決めた。


「五階の一番奥の部屋って言ってたよね…」


魔王は赤い文字で『立ち入り禁止』と書いてあるドアの前で立ち止まった。ユウをおんぶしていた魔王は唾を飲み込み、そのドアを開いた。

キィィー

とぞっとする音がたち、ユウの部屋の全貌が現れた。


「これは...」


魔王が泊まった客室とほぼ同じ構成だった。ベッド一つ、机一つ、窓一つ。でも床には魔道具やゴミ、物が転がっていて窓は板で完全に塞がれていた。


「うっ、汚い。」


魔王は部屋に入った。ゴミを踏まないよう気をつけながら足を運び、ベッドの上にユウを寝かせておいた。そして周りを見回した。ここから掃除した方がいいかなと思ったが、外の方を優先するべきだと考え、部屋から出ようとした。


「あ、あ、ヒッ!」


でも、ドアに向かう途中で何かを踏んで、机の方へと転んでしまった。


「グェッ!」


魔王は机の角に頭をぶつけた。その音でユウは目を覚ました。魔王は踏んだものを拾い上げてみた。それはドライバーだった。


「いてぇてぇ。どうしてこんな物が落ちているんだろう。」


魔王は文句を言って頭をこすりながらドライバーをガラクタの海に投げた。彼女は机に手をついて、起き上がった。すると何かのボタンが押される感じがした。


「え?」


机の上に何個かの画面が映った。


「ロビーと廊下じゃん。」

「だ、ダメです……!」


ユウはベッドからガラクタの海に潜り、中を泳いで魔王の前に出た。そして魔王が押したボタンを再び押し、画面を消した。


「今の何?」


魔王は沈んだ声で聞いた。


「あたしたちを監視でもしてたの?」

「そ、それは……」


ユウは答えることを躊躇した。すると、魔王は顔をユウの鼻の前に近づけ、目を合わせた。


「正直言って。嘘ついても無駄だから。」

「か、監視した訳ではありません……!ただ、私、外の生活に憧れていて……毎日観察すると慣れていけるんじゃないかなと思って……」

「魔法で盗み見たのは間違いないじゃん。」

「す、すみません……今日からはしませんので……」


魔王は両手をユウの肩に置いた。そして、


「すごいじゃん!」


と叫びながら目を輝かせた。


「え……?」

「こんな魔法があれば侵略者がいてもすぐ気づけるから!城を守るのにとても役立つと思う!」


魔王は帝王学で学んだ魔王城の警備について思い出したのだ。主な通路に巡察員を立たせておいても、勇者たちはどこかでずっと忍び込む。小道と下水道みたいな所まで兵士を配置するには数が足りない。帝王学ではこれが解決できない問題だとされていた。しかし、ユウの監視魔法があれば警備をさらに強化することができる。


「ユウちゃんて宿の警備役だったの?」

「い、いいえ……ただの設備担当で魔道具や魔力玉を作っています……つ、つまらない仕事ですね……」


ユウが自信なさげに答えると、魔王は首を振った。


「全然!とてもすてき!その中で監視魔法が一番すてき!後であたしにも教えて。」

「は、はい……!」

「じゃ、あたしはもう掃除しに行く。」


魔王は振り返った。


「わ、私も行きます……!」

「無理しなくていいよ!ユウちゃんは休んで。」

「でも……」

「また倒れると困るから。」

「すみません……私のせいで……こんな簡単なこともできなくて……」


ユウは落ち込んだ顔でお詫びした。


「大丈夫!今度手伝って。」

「分かりました……」


魔王はユウを部屋に残して二階に戻った。そして廊下を拭き、ロビーに降り注いだ水を全て一人で片づけた。

チュン、チュン。

外から小鳥のさえずりが聞こえてきた。五階のドアの星まで消して掃除が終わる頃には、すっかり夜が明けていた。


「終わった…」


魔王はへとへとになって、濡れた雑巾をバケツに投げ入れた。もう指一本動かせない。部屋に戻って泥のように眠りたかった。魔王はフラフラと五階から自分の部屋へと階段を降りて行った。

その時、狩りに出た二人の冒険者は宿に帰った。


「一匹も取れないなんて。」

「運が悪かったな。でももう沢山狩っておいたから大丈夫だろう。」


冒険者たちは疲れた体を引きずるようにして自分たちの部屋に入った。ドアが開いた瞬間、二人が気づかないうちに一匹のハムスターが部屋から出た。

ハムスターは頬袋をパンパンにしたまま階段に向かった。そして階段を下りてきていた魔王と出くわした。


「ね、ネズミじゃん!」


魔王は足を止めた。

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