安心したセナと不安になった魔王
『そ、それは…』
戸惑った魔王にセナは冗談だったというように笑った。
『マオウノ様がそんなことなさるはずがございませんね。』
『も、勿論!』
『リーフとフレイヤは喜んでくれましたか?』
『とても!ほかにも料理が沢山あったのに「グラタンから食べたい」って言ってくれた!』
その答えを聞いたセナの顔が少し寂しげに変わった。
『他にも、食べ物がありましたね…二人とも元気ですか?いじめられたりはしていませんでしたか?』
魔王は食堂で「ピーマン抜いて」と命じていたフレイヤの姿を思い出した。
『あの子たちは権力者だよ。屋敷のみんながなんでも叶えてくれる。』
『権力者ですか?面白い表現ですね。でも安心しました。』
セナはホッとしたように胸に手を当てた。
『でもいくら権力者だって、他人に鬼呼ばわりして逃げるのは酷いよね。鬼ごっこだと言って。』
『わざわざ遊びまでしてくださるなんて。誠にありがとうございます!あの子たちのそばについていてあげられなくて、いつも悔やむ気持ちばかりでしたので…』
魔王は首を傾げた。
『セナもあの屋敷に住めばいいじゃん!本当のきょうだいだもん。』
魔王は屋敷で聞いたことを思い出した。よく見れば三人は結構似ていた。セナは目を丸く開けると視線を避けるように下を見た。
『よくご存じでしたね…それでもそれはできません。』
『もし追い出されたとか?酷い寝相のせいで!』
セナは少し笑った。
『私たちは血が繋がっていますが、シグリッド家に属するのはあの二人だけでございますから。』
『え?』
『私たちは以前、孤児院におりました。ですが、あそこは十分な世話を受けられる場所ではなくて…』
セナは言葉を切り、暗い表情を浮かべた。当時の辛い記憶が蘇ったようだった。
『私とあの子たちは歳が離れております。私が大人になって孤児院を出る時、まだ幼い二人をあんな場所に置いていくことはできず、一緒につれて出ました。』
『優しいね。』
魔王が素直に感想をいうとセナは力なく首を振った。
『いいえ、現実は厳しいものでした。私の稼ぎだけでは生活ができず、路頭に迷いかけた時、シグリッド家が二人を養子に引き取ってくださったのです。』
『そうなんだ。』
魔王は屋敷で見た家族の絵にセナがいなかった訳が分かって頷いた。
『いい環境なのは分かっています。でも、やはり心配で…』
セナは手持ちのほうきをぎゅっと握りしめた。
『養子だからといって差別されたり、虐待されたりしてはいないかと、ずっと不安だったのです。』
『不安がる必要はないんだよ!さっき屋敷であの二人のママに会ったんだけどとてもいい人だったから。』
『お母さまにまでお会いになったのですか?』
『うん!フレイヤもリーフも懐いているし、あの人も二人を愛してるって伝わってきた。だからセナちゃんはもう気にしなくていい!』
セナは魔王に笑顔を見せた。でもそれはどうしてか悲しげに見えた。
『どうしたの?まだ心配?』
『いいえ、最近仕事が多すぎて疲れただけでございます。』
魔王はそれを聞いて気づいた。セナは魔王が壊した壺を見たことがないのではなく見ていないふりをしているということに。多分魔王がほうきを取りに行った間に片付けてくれたのだろう。
『ごめんね、セナちゃん。あたしのせいで仕事増えてしまって。』
『とんでもありません!配達は私のためにしたことでもありますから。むしろ私が謝罪しなくては。練習だという言い訳で妹と弟の様子を見させたのでございますから。』
魔王は首を振った。
『それじゃなくて。壺のこと。入り口の棚にあったやつ、あたしが割ってしまったよ。ごめん。セナちゃんが掃除してくれたんだね。』
『そう言えば、ここに壺があったような…ですが私、片付けておりません。』
魔王は目を丸くした。
『え、嘘!幽霊がしたとでもいうわけ?』
魔王は笑いながら言った。でもセナは表情を変えず答えた。
『本当に幽霊の仕業かもしれません。』
『え?』
『お客さまから何回か報告がありましたから。』
その時、カウンターにあるベルが鳴った。
『お客さまのお呼びです。失礼いたします。』
セナは魔王を置いて行ってしまった。
『幽霊なんて…』
魔王は緊張して周りを見回した。ロビーはいつも通りだったが、なんだか急に冷たい空気が肌を撫でたような気がした。
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