初めてのお使い
セナが準備して置いた配達用の食べ物はチーズグラタンだった。
まだ疲労が残っていた魔王だったが、それを見て吹っ切れたような気持になった。ホカホカでつやのいい表面を見て、彼女は目を輝かせ、よだれを垂れた。
『うわぁー!』
魔王はついグラタンのそばに置かれているフォークを持ち上げようとした。
『行けません。これは配達用の食べ物でございますから。配達の練習が終わった後、リーフとフレイヤと一緒にお召し上がりください。』
『え、そんな。でも、お腹空いたもん。』
『我慢なさってください。ここから10分ぐらいしか掛かりません。あるいは、おにぎりでも出しましょうか。すぐにできます。』
『大丈夫。今はグラタンを食べたいんだから。』
魔王はグラタンを指さした。
『このまま持っていけばいい?』
と聞く魔王にセナは革製のカバンを渡した。直方体になっていて丈夫そうだった。
『これは配達に出る時お使いになるカバンでございます。』
魔王にとってそれは宝箱みたいに見えた。 自分の大好きな食べ物を入れる物だから。彼女はカバンを背負ってみた。あんまり重くもなく、動きやすかった。魔王は、なんだか楽しくなってオープンする前の食堂を走り回った。そして、自分の足に引っ掛かって転んでしまった。
『痛い…』
膝をこする魔王にセナは注意した。
『カバンに食べ物が入っている時には転ばないようお気をつけください。中にある食べ物が全部零れてしまいます。』
『ごめん…』
『今は何も入っていませんでしたから問題ありません。』
セナはグラタンと三つのフォークをカバンに入れてくれた。そして魔王の背中にカバンを背負わせ、略図もあげた。略図には魔道具屋と郵便局、そしてフレイヤとリーフの住んでいる家が表示されていた。詳しい説明を加えることも忘れなかった。
『いってらっしゃいませ。』
セナは正門まで送ってくれた。いよいよ、魔王の初めての配達が始まったのだ。
『正門から左側、道路を渡って一番目の小道…』
フレイヤの所まで行く道には角を曲がるポイントが三つあった。第一は小道に入るポイント。第二は魔道具屋で左に曲がるポイント。第三は赤い屋根の郵便局で右に曲がるポイント。とても簡単で近かった。
『あっ、行けない!』
でも、最初のポイントから魔王は障害物にぶつかってしまった。小道の入り口で工事をしていて通れない状態になっていたのだ。
『どうしよう。』
魔王は略図と小道の向こうを代わりばんこに見ながら悩んだ。勿論、彼女にとって工事中の所を飛び越えることぐらい簡単だった。でもカバンの中のグラタンが零れるのが心配だった。暫くじっとしていた彼女は仕方なく遠回りすることにした。
魔王は次の小道に入り、頭の中で略図を思い出しながら小走りをした。すると、本当に略図に書かれているのと同様に魔道具屋に着いた。魔王は安心しながらも足を速めた。彼女が魔道具屋で左に曲がろうとする所だった。
『いらっしゃいませー!お客様―!お探しの物ありますかー?』
魔道具屋さんがいきなり出てきて魔王の腕を引っ張った。
『ヒイイッ!』
魔王はびっくりして手を振り払った。すると、痩せた魔道具屋さんは飛ばされた。
『ご、ごめん!』
彼女は壁にぶつかった魔道具屋さんに近づいた。
『う…う…大丈夫です…これだけ買ってくださるのならー!』
魔道具屋さんは赤い液体の入った瓶を突き出した。
『それって何?』
『蚊を追い払う薬ですー!銅貨一枚でございますー!』
魔王はそれを聞いた途端振り返った。
『ごめん!今急いでるからそんなつまんないものに構っている暇はないの!』
魔道具屋さんは左に曲がる魔王に叫んだ。
『夢魔にも効果ありますからー!』
魔王はそれを無視して行く道を急いで進んだ。早くフレイヤの所に行ってホカホカのグラタンを食べないと。魔道具屋で少し時間を取られたけれどもグラタンが冷めないうちに着けそうだった。
もうすぐ到着だ。もうすぐ到着だ。
『もうすぐ…?』
でもいくら進んでも赤い屋根の郵便局は見えなかった。道を引き返して反対側に行ってみても同じだった。魔王は何回も道を行ったり来たりするのを繰り返し、結局行ったことのない小道へまで入ってみた。それでも郵便局は見つからなかった。
『あれ…?ここはどこなんだろう…』
気づいたら彼女は来た道も分からなくなった。
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