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第7話ー小さな追憶

 「もし……この力で、世界を戻せるなら。」

 呟いた声は風に溶けた。

 その後に続く言葉は、喉の奥で止まった。

 ――何のために戻す? 誰のために?

 人類は贖罪のために消えた。

 その後を生きる俺が、何を贖えばいい?

 川の水面に目を落とす。

 そこには自分の顔が映っていた。

 生きているというより、“残っている”だけの人間。

 それでも昨日の光景が、確かに胸の奥で灯をともしている。

 「……せめて、この街だけでもきれいにしてやるか。」

 呟きながら、ゆっくりと玄関の靴を履いた。

 街は静まり返り、風の音すら遠い。

 歩くたびに、砂を踏みしめる音が響く。

 街はいつもと変わらず静かだ。

 人がいないだけで、建物も道路も、まるで「時間を止めてしまった博物館」のように整然としている。

 だが、よく見るとところどころに“汚れの名残”があった。

 公園の入口。

 錆びついたフェンスに、風で破れたビニール袋が絡まっている。

 砂場の上には、放置されたおもちゃ。

 ベンチには、缶コーヒーの空き缶が転がり、乾いた茶色い液がこびりついていた。

 その缶のそばで、風に揺れていた花がひとつ、しおれて地面に落ちている。

 「……ここも、汚れているな...」

 呟きながら、しゃがみこむ。

 掌を地面に触れた。

 ――その瞬間、また光が生まれた。

 淡く、温かい光。

 フェンスに絡まったビニール袋が消え、ベンチの上の空き缶もふっと透けて消える。

 風が止まり、耳の奥で声にならない笑い声が響いた。

 ――お母さん、もう一回!

 ――順番!次ぼく!

 ――写真撮るよー、こっち見て!

 光の中に、子どもたちの影が見える。

 シャボン玉が風に乗って弾け、犬が駆け回り、笑い声が重なっていく。

 主人公は立ち尽くしたまま、その光景を見つめた。

 次の瞬間、風が吹く。

 追憶の光は霧のように散り、すべてが消えた。

 公園は、また静寂に戻る。

 「……戻らないのか。」

 思わず、そう呟いていた。

 見えたのは“過去”であって、“再生”ではない。

 人がいなければ、笑い声は残らない。

 ベンチの影に、折れたおもちゃのスコップが落ちていた。

 拾い上げると、そこに小さな文字が彫られている。

 “けんた”。

 それだけだった。

 主人公はスコップを手に、もう一度公園を見渡す。

 あの声も笑顔も戻らない。

 それでも、この場所が綺麗になったことには意味がある。

 「……過去しか見えなくても、汚れは消せる。」


 夕日が街を赤く染めていた。

 川の方から吹く風が少し冷たく、錆びた鉄の匂いを運んでくる。

 主人公は浄化を終えた公園の外に立ち、遠くの空をぼんやりと見つめていた。

 空の端には、まだ光の名残が薄く漂っている。

 それはまるで、昼に消えた追憶が未練のように残っているかのようだった。

 そのとき、また頭の中で声がした。

 > 「見ているか、凡庸なる者よ。」

 身体が反射的にこわばる。

 懐かしい、そして聞きたくなかった声。

 神の声。

 あの日の理不尽が、再び呼び戻される。

 > 「お前の行いは、無駄ではない。」

 > 「だが、それは赦しでも救いでもない。」

 「……なら、何だよ。」

 手のひらを見つめると、微かに光が残っている。

 この光で公園を清めたはずだ。

 笑い声も、景色も、ほんの一瞬だけ戻った。

 それでも、何も残らなかった。

 > 「それは、“見る”ための力だ。」

 > 「お前が清めるたび、世界の記憶が呼び戻される。

   それを見届けることが、お前に課された務め。」

 「……全部、見ろってのか?」

 声は答えず、ただ静かに続く。

 > 「人は贖罪のために異界へ渡った。

   だが、贖いの跡を残す者は必要だった。

   それがお前だ。」

 「……何が違う。俺だって人間だったはずだ。」

 夕焼けの光が目にしみる。

 視界が赤く染まり、涙なのか夕日なのかも分からない。

 「……俺に、意味なんてあるのか?」

 > 「それを知るのは、お前が“すべての記憶”を見届けた時だ。」

 「……まったく理不尽だな。けど――」

 視線の先で、夕日がまだ瞬いていた。



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