第5話ー止まった日々の中で
朝、目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む光は、昨日と同じ角度だった。
髭は伸びていない。
腹は減らず、喉の渇きも感じない。
それでも、いつもと同じように椅子に腰を下ろし、食卓に並べたレトルトの朝食を口に運ぶ。
味はある。
それだけが、まだ自分が人間であるという証のようだった。
「……いつもと同じ朝だ」
独り言がやけに響く。
スプーンが皿に当たる音だけが、世界の中で生きているようだった。
そうして、いつもと同じように一日が始まる。
何日目なのか、もう覚えていない。
朝が来て、夜が来る。それだけの繰り返しだ。
外の景色も変わらない。
コンビニにはまだ商品が並び、街灯は夜になると灯る。
だが、確かに少しずつ何かが変わっている気もした。
公園では鳩が増えていた。
草の間から雑草が顔を出し、歩道の隙間にも緑が広がっている。
風が吹くたび、木々がざわめく音が少し大きくなった気がした。
「人間がいなくても、世界は壊れないんだな……」
その言葉を吐いた瞬間、自分でも驚いた。
世界は、俺がいなくても回る。
いや、俺しかいなくても、回ってしまう。
俺は毎日、同じ道を歩く。
同じ角を曲がり、同じ店を覗き、同じように帰る。
それでも何かしていないと、時間に飲み込まれそうだった。
テレビをつける。
もう、何も映らなかった。
砂嵐すら出ない。
画面は黒く沈み、リモコンの光だけが虚しく点滅している。
「……ついに壊れたか」
人間がいなくなって、少しずつ機械も止まっていく。
それが妙に現実的だった。
夜。
ベランダに出て、風を感じながら缶コーヒーを飲む。
冷たさが喉を滑っていく感覚がまだ残っていることに、少しだけ安心する。
「俺がいなくても、誰も困らないのにな。でも、今は俺しかいないんだ」
そう呟いて、自分でも笑ってしまった。
笑うという動作が、もう感情と結びついていない。
声が出ない。口角だけがわずかに動いた。
それでも、それがまだ“人間のフリ”のように思えた。
夜が深くなる。
布団に潜っても、眠気は来ない。
それでも、目を閉じる。
……何も見えない。
夢も、声もない。
あの神の声が途絶えてから、どれくらい経っただろう。
「あの声にさえ、もう会えないのか……」
皮肉にも、理不尽に慣れてしまった自分に気づく。
最初は怒りで、次は絶望で、今はただの空白。
人類がいなくなっても、孤独が限界を超えると、感情も鈍る。
世界と一緒に、心まで止まっていくようだった。
翌朝、目を開けると、窓の外の空気が違っていた。
風が湿っている。
どこか、鼻をつくような匂いが漂っていた。
「……ゴミが腐ってるのか」
呟いて、ベランダの外を見る。空気が変わった。ような気がした。
それが何を意味するのか、まだ分からなかったが――
確かに“何か”が始まりつつある気がした。




