前世の俺を殺した令嬢の人生をぶっ壊してやる
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氷のように冷たい水が喉を満たす。肺が焼ける。目は開いているのに、視界は既に歪んでいた。動かない手足。沈んでいく意識のなか、最後に見たのは、満足げに笑う彼女の顔だった。
「これで“正史”が進むのよ。さようなら、ユリウス」
氷の湖に僕を突き落としたのは、誰よりも優しく、誰よりも美しいと謳われた“聖女”――エルネスタ=ヴァン=ロズベルグ。
ロザリンド王国第二位の名門・ロズベルグ公爵家の令嬢にして、王太子の婚約候補。学園で一、二を争う魔力と“未来視”の異能を持ち、容姿も言動も、まさに完璧そのもの。
だがその裏で、彼女はあらゆる策謀を張り巡らせてきた。
嘘の密告、陰謀、金の流れ。全ては自分が“真のヒロイン”になるため――。
そう、彼女は知っていたのだ。この世界が“物語”であることを。彼女自身が“プレイヤー”であることを。
前世、僕は日本で生きていた。名前は高槻悠真。騙された。同級生に、周囲に、愛した人に。無実の罪で全てを失い、自殺に追い込まれた。その主犯こそ、赤城エリナ――今、僕を殺したこの女、エルネスタと同じ魂を持つ存在。
偶然だとは思えなかった。これは運命だ。あまりにも悪意に満ちた再会だ。
だからこそ、僕は願った。
「もう一度だけ、時間を戻してほしい。今度こそ、この女を地に堕とすために」
その願いが、どこへ届いたのかはわからない。だが意識は闇を抜け、再び光へと至った。
目を開けた瞬間、僕は理解した。
これは――入学式だ。
ロザリンド王立学園、すべてが始まった日。僕がエルネスタと“出会ってしまった”日。
完璧な巻き戻し。それも記憶と魔力、能力の全てを保ったまま。
「……ありがとう。今度こそ、終わらせてやる」
僕は心の底から呟いた。
たとえどれだけ時間がかかろうと、どれだけ手を汚すことになろうと、かまわない。復讐は正義ではない。復讐は、魂の叫びだ。
一度ならず、二度までも人生を踏みにじったその悪役令嬢に、地獄を見せてやる。
エルネスタ=ヴァン=ロズベルグは、この国でもっとも「愛されている令嬢」だった。
ロズベルグ公爵家は、現王家に次ぐ実力を持ち、皇室とも繋がりが深い。彼女はその嫡子にして、六歳にして天啓を受け、魔導の才能を開花。七歳で聖堂から“未来視”の異能を授かり、十歳には神託を受けた“聖女候補”として教会に記録されている。
絵画のような金糸の髪。透き通る声。誰にでも優しく、決して高慢ぶることはない。
だからこそ、誰もが信じていた。
彼女は、天使だと。
だが、僕は知っている。
その微笑みの裏には、どす黒い計算と打算と冷酷が渦巻いていることを。前世でもそうだった。表では弱者に手を差し伸べ、陰では使い捨てる。褒められるためだけに優しさを演出し、権力を得るためなら婚約者をも操る。
彼女は、“人の心”を弄ぶ怪物だ。
この世界でも、その本性は何一つ変わっていなかった。
「ユリウス様って、本当にすごいんですのね。平民の出なのに、魔力量も、筆記も、すべて満点だなんて。……あ、あら、ごめんなさい。私ったら、平民なんて失礼な言い方を。お気を悪くなさらなければよいのですが」
彼女は“上品な笑顔”でそう言った。周囲に聞こえるような声で。何気ないようで、致命的な皮肉だ。
僕は答えなかった。だが、周囲の目が変わるのを感じた。
“あのユリウスって、平民だったの?”
“そんなやつが、貴族の学園にいるの?”
“もしかして、なにか裏があるのでは?”
そう、彼女は“悪意のない親切”を装い、僕の社会的立場を切り崩していく。
告げ口をしたわけじゃない。侮辱したわけでもない。ただ、皆の前で笑顔で「情報」を提供しただけ。だがそれが、どれほど致命的か。ここは貴族社会だ。出自は命より重い。
僕が答えなかったのは、その一言に既視感を覚えたからだった。
――前世、彼女は言った。
「だって、あなたって高校の推薦組でしょ? あら、ごめんなさい、わざとじゃないの」
同じだった。魂の奥に焼きついていた言葉と、全く同じ構造の“攻撃”。名を変え、国を変え、姿を変えても、この女はやはり――僕の人生を壊す存在だった。
だが、それはほんの序章に過ぎなかった。
数日後。僕の机に、無断で改竄された答案が差し替えられていた。成績が下がり、教師に呼び出された。実技試験では魔力抑制の封印が細工され、暴発事故を起こした扱いにされる。もちろん僕にやった覚えなどない。だが、証拠もなかった。
「お気の毒ですわ、ユリウス様。でも、お気を落とさないでくださいね。きっと先生も、あなたの誠実さを理解してくださるはず」
エルネスタはまた、あの微笑みで“慰め”てくる。言葉の裏に、「私は関与していませんよ?」という無垢なアピールを込めながら。
誰も彼女を疑わない。そんな清楚な“聖女”が、人を貶めるなどと。
でも、やっているのは彼女だった。間違いなく。
彼女が命令すれば、証拠は消える。貴族の力、教会の後ろ盾、資金、家柄、そして信頼。全てが、彼女に都合よく機能する。
気づいたときには、僕は“学園内で浮いた存在”になっていた。
極めつけは、公開懲罰だった。
王太子主催の討論会。貴族子女の中でも特に優秀な生徒だけが招かれる、格式高い学術の場。僕は推薦されていた。だがその直前、ある密告があったという。
「ユリウス=レインフェルドは、他生徒の魔導ノートを盗み、答案の内容を事前に知っていた」
その告発は、ある匿名の手紙によってなされた。差出人は不明。だが中身は、エルネスタしか知り得ない情報ばかりだった。
結果、僕は参加資格を剥奪され、教師陣と王太子からの信頼も完全に失った。
彼女は、僕の目の前で静かに言った。
「残念ですわ、ユリウス様。あなたのような才能ある方が、そんな過ちを……。でもきっと、後悔しているのでしょうね。悔やんでも悔やみきれませんわね?」
顔は悲しげだった。だが、その瞳の奥は、悦に満ちていた。
この女は、悪魔だ。
そして……前世でも、この女は僕を殺したのだ。
◇ ◇ ◇
信頼も、立場も、名誉も、すべてはエルネスタに壊された。ならば今度は、僕が奪う番だ。
彼女が愛する名誉を。
築き上げた信用を。
聖女としての立場を。
そして、王太子妃という“未来”を――。
だが、ただ暴けばいいわけじゃない。彼女の力は強大だ。貴族社会の闇と教会の後ろ盾、それら全てが、彼女を守っている。無計画な反撃など、笑い飛ばされて終わるだけ。
だから、準備が必要だった。徹底的に、静かに、着実に。
まず最初に動いたのは、“情報”だ。
僕は前世での記憶を頼りに、裏市場に通じる密商人――カルドという男と接触した。表向きは魔導具店を営む男だが、裏では王侯貴族の醜聞や脅迫文を売買する男。命は安くないが、正しく使えば極めて有能だ。
「へえ、お前さんが話に聞いたユリウス坊か。……なるほど、目が違うな。誰かを呪い殺したような目だ。俺はそういう目、嫌いじゃない」
彼は、金より“面白い仕事”に食いつく男だった。僕はそこで、エルネスタの“聖女の不正選定”に関わる記録を求めた。
案の定、出てきた。
彼女が“聖女候補”になった際、教会関係者に賄賂が渡っていた証拠だ。しかもその一部始終を撮った“幻影記録水晶”まで残っていた。どうやらエルネスタも完璧ではないらしい。
これは“切り札”に使える。
次に、味方を得た。
まず目をつけたのは、マリアベル=レインシュタイン侯爵令嬢。王太子の正式婚約者候補でありながら、陰でエルネスタに“失脚工作”をされ、社交界で立場を奪われつつある女性。
「……あなた、何が目的でこの話を?」
「復讐です。エルネスタを破滅させたい。それ以上でも、それ以下でもありません」
「いいわ。その瞳、本気ね。私も協力する。……あの女を、この手で叩き落としてやりたいと思っていた」
マリアベルは気高く、冷静で、何より頭が良かった。彼女は僕の策に“貴族の立ち回り”を加え、見事に裏から支えてくれる存在となった。
そして、最後の準備は――“公開の舞台”だ。
どれだけ証拠を握っても、どれだけ味方を揃えても、それが日の目を浴びなければ意味がない。
エルネスタの“崩壊”は、人々の前でなければならない。
それも、できるだけ華やかな舞台で。
彼女がもっとも“聖女らしく輝く場”で。
そのために選んだのは、王都大聖堂での“聖女選定の再査問式”。本来は形式だけの確認儀式だが、僕はそこに“証拠の暴露”を重ねる計画を立てた。
同時に――もう一つの計画も、進行していた。
「ユリウス、お前……まさか、アイツを……っ!」
そう言ってきたのは、元々僕のことを警戒していた学生貴族の一人、ライオネル男爵家の次男。彼はエルネスタに好意を抱き、必死で守ろうとしていたが、僕は彼をあえて使った。
魔導試験で“模範解答の不正提供”という罠を仕掛け、彼がエルネスタからそれを得たと証言させるよう、間接的に動いたのだ。
彼は必死に隠そうとしたが、証拠は揃っていた。僕は、あえて彼にこう告げた。
「僕はお前を潰す気はない。だが、お前が彼女に“使い捨て”られる未来だけは、教えておく」
「……っ、嘘だ……!」
「信じるか信じないかは、お前次第だ」
あとは、彼の良心がどう働くか。……いずれにしても、舞台は整った。
すべては、“聖女選定査問式”――その日へ向けて。
◇ ◇ ◇
大聖堂には、貴族たちのざわめきが満ちていた。
王太子を筆頭に、枢機卿、聖堂騎士団の長、各侯爵家の嫡子たちまでが勢揃いし、その中央――
玉座のように設えられた黄金の階段の上に、“聖女”エルネスタ=ヴァン=ロズベルグは立っていた。
純白のドレス。天から降ろされたような光に照らされ、神々しささえ感じさせる演出。まさに舞台は整っていた。彼女が最も“美しく映える瞬間”。
そしてそれが、最も“壊しがいのある場所”。
「本日は、改めての聖女認定査問式にお集まりいただき、感謝申し上げます」
司祭の声が響く中、僕は静かに立ち上がった。
「失礼いたします。その前に――重大な告発があります」
ざわっ、と場が揺れる。王太子が眉をひそめた。
「ユリウス=レインフェルド。……これは正式な儀式の場だぞ。場を弁えろ」
「はい、重々承知しております。ですが、今ここでこそ明かすべきことがございます」
僕は袖の中から、魔導装置を取り出した。
青い宝珠のようなそれは、“幻影水晶”。視覚記録を投影するものだ。
「これは、六年前の聖女認定審査時の、聖堂内部の記録です」
魔力を流すと、空中に映像が浮かぶ。
そこには――
金貨の袋を渡し、名簿の書き換えを求めるロズベルグ公爵家の執事。
そして、“推薦状”を偽造し、教会高官と密談する、幼いエルネスタの姿。
「まさか……っ!」
「馬鹿な……!」
「これは、合成では……!?」
「不可能です。水晶に記録された幻影は、三つの検査魔法により認証済み。こちらが証明書になります」
マリアベルが横から提示したのは、正真正銘の“真正記録”の証明だった。
「……エルネスタ。これは、どういうことだ?」
ついに王太子が問う。だがエルネスタは、冷や汗一つかかず、微笑みさえ浮かべていた。
「これは……捏造ですわ。きっと誰かが私を陥れようとして――」
「そう思われるでしょう。ですが、証拠はまだあります」
僕はもう一つの水晶を差し出した。
それは、彼女がマリアベルの婚約破棄を画策し、偽の浮気写真を用意し、教師に賄賂を贈ったやりとりの記録――。
「うそ……」
今度こそ、エルネスタの表情が崩れた。
「そんな……嘘よ……これは罠だわ……!」
「罠でも構いませんよ。あなたがはまったのならば、ね」
その時だった。
「……俺も、見たんだ」
会場の片隅から、声が上がった。
ライオネル男爵の次男だった。震える拳を握りしめながら、彼は声を張った。
「俺は……俺は、見たんだ! エルネスタ様が、魔導試験の模範解答を用意してくれて……それで……それで……!」
「違うっ! あなたにそんなことをした覚えはありませんわ!」
「やっただろうが!! 全部、お前が……!」
場内の空気が、一気に凍りついた。
そして、ざわめきは、怒りへと変わった。
「なんてことだ……これが、聖女の本性なのか……?」
「信じられん……ロズベルグ家が、こんなことを……」
「嘘だ……嘘だ……こんなの……!」
エルネスタは、追い詰められていた。
どれだけ優雅に装っても、もはや“無垢”という仮面は崩れ落ちている。
「やめて……やめて……私を見ないで……! そんな目で、私を見ないで……!!」
彼女の声は、もう祈りでも、命令でもなかった。
ただの、“女の悲鳴”だった。
王太子は、静かに立ち上がり、冷たい目を向けた。
「エルネスタ=ヴァン=ロズベルグ。貴様を聖女候補から除外する。あわせて、すべての爵位特権を凍結し、教会による取り調べに移る」
「いや……いやあああああああああああああっ!!」
彼女の悲鳴が、大聖堂の天井を震わせた。
その光景を、僕は冷たく見下ろしていた。
前世で僕を冤罪に追いやり、絶望に叩き落とし、全てを奪った女。
今、その女は――“天使の仮面”を剥がされ、人々の前で、地に這いつくばっていた。
僕は彼女に近づいた。
「ざまぁみろ」
僕は項垂れて泣きじゃくることしかできない彼女の髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。
「まだだよ、僕が舐められた辛酸はこの程度じゃない。これからがスタートだから、どう? 悔しい? 僕を嘲笑っていたのに、格下でいじめがいのある人間だと思ってたのに、そんな人間にこんな屈辱。耐えられる? 耐えられないかぁ……君って意外と脆いもんね」
僕の復讐はこんなものではない。人生を壊され、全てを失った僕は無敵だから---