最終話 そんなこんなで
「こんなところで死なせるかよ」
ゴーレムの攻撃。
必死の【劫炎】は、俺の右手から放たれた光にさらされて霧散する。
「……エイタ」
クアドルが、驚愕に目を丸くしていた。
それもそう。虚空から現れた俺の脇には、マイリスが嗚咽交じりに鳴いている。
「なにしてたのよぉ!」
なあに。ちょっと野暮用を済ませてきただけだ。
途中、いくつか寄り道をしてきた。
珍しい鉱石を見つけたのでイブスタ(アラビカ王国を中心に大流行している写真投稿アプリ)用に写真撮ったり、反王権派ギルドの本丸のアジトを三つほど潰して王城に保管されているはずの機密文書を没収してきたり、魔王軍の残党が世界征服を目論んでいたからトップの首を切り落としてきたり。
そんなこんなで、合流するのに十分ほど遅れてしまった。ちなみに内訳はギルド潰しが二分、魔族狩りが一分、他は全部イブスタ。
意識を戦場に向ける。目線は向けず、声だけでクアドルに
「お前、姫様を盾に使うとか、不敬極まりないな……」
「だ、だって〈重戦士〉なんだから仕方ないだろ!」
だってもへったくれもありません。
保険をかけておいて正解だった。
保護者の俺が不在ともなれば、この凸凹トリオがなにをしでかすか分からない。インちゃんはまだしも、タンクの役割をいいことにクアドルがこの姫様を身代わりにしかねない。んなことしたら不敬罪どころか軽く国家反逆罪で首を落とされかねん。クアドルが。じゃ、いっか(適当)!
だからあらかじめ〈根性〉状態を付与しておいた。それも念のため、カンスト値まで。
杞憂には終わらなかったが、想定外の事態を招かれなくてよかった。
俺は眼前のバケモノと、機密文書と一緒に持ち出してきた書類とを見比べる。
「こいつが、反王権派の切り札ってことか」
ただのゴーレムじゃない。黒々とした表面に、全ての色を奪ってしまいそうな眼球。そして、全身から発される、生命を枯らす瘴気。
「なあおい、なんでお前がソレを持ってる。黒龍の心臓は、ヴァトゥールの英年宝庫に保管してあるはずだよな」
っつても、ゴーレム相手じゃ人語は通じないが。
『黒龍』討伐後、身体の崩壊をものともせず拍動を奏でる心臓は、膨大な魔力とエネルギー放出量から次世代の研究開発に大きな影響を与えるとして、討伐隊自らアラビカ王国の王都に寄与されたはずだ。
その記録に違いはない。なにせ記憶として覚えている。他でもない俺たちの手で差し出したものだ。
なるほどな。怪しいと踏んではいたが、いよいよ繋がってきたぜ。
ともかく、こいつは紛れもなく悪いやつ。世界の平穏を乱す、調停者の敵だ。
じゃ、調停を始めますか。
「借りるぞ」
「あ。おい、勝手に……」
言うが早いか、俺はクアドルの背に構えた大剣をくすねた。
クアドルの制止もやむなく、俺は走り出す。
「よくもウチのインちゃんを煩わせてくれたな」
空を蹴り、天井を駆け、虚空に着地する。
ゴーレムの右掌から炎の渦が射出されるも、俺に届くことはない。常時発動を切り替えでもしない限り、スキル【自動装甲】のせいで、喰らいたくても喰らえないのだ。
おまけに今の俺には〈インドラの加護〉も付与されている。後ろで佇む幼女――戦神インドラの加護により、悪性を持った攻撃はすべて浄化される。
そして、俺の持つ能力。魔法、役割、スキル。28169の能力から、その瞬間における最適解をぶつける。それを可能にしているのが、スキル【能力保管】。
ゴーレムの硬い外殻に、黒龍の脈動が作用した鱗と闇の属性バリア。役割〈鑑識者〉の眼で見た限りでも、防御バフがかかった上に無敵状態が付与されている。こりゃ、並の攻撃は通りそうにないな。
滞空しながら、俺は自分の中の引き出しに眠るスキルを取り出した。
スキル【心眼】、役割〈聖騎士〉、スキル【無敵貫通】、自強化系魔法『G・Z』、役割〈竜殺し〉、自強化系魔法『対魔の加護』、スキル【クリティカル】。
そして。
――俺は飛翔した。
「【偽装展開】:――――」
そして、天職〈模倣者〉による【偽装展開】。
――振りかぶる大剣。三メートルを超える刀身から、光の粒子が螺旋を形成する。聖剣――神秘を宿した黒曜石が纏う千紫万紅の彩が、地脈を震わせ、大気を歪曲させて。
振り抜いた。
『サンクリスト式抜刀術・奥義』。
撃ち抜いた。
「光閃」
刀身から拡散した光が、洞窟を突き破った。
光の柱は、雲を射貫き、まるで虹がかかったような光の橋から視線を落とす。
洞窟だった空間が、鍾乳石が、石筍が、光の粒子となって崩れ落ちた。
ゴーレムを、消滅させながら。
「ハッハハハー! どうだ悪党、ざまーみろ! これにて調停、完了ッ!」
「あるじ様……、どっちが悪党か、わからない……」
「どっちかというと小悪党だろ、こいつ」
「んだとクソガキ! だいたいてめえがちゃんと戦わねえから……」
取っ組み合い噛みつき合う俺たちを横目に、王女は。
「もうやだ、この一行……」
涙目で、小さく呟いた。
▼
「姫様! ご壮挙ですぞッ!」
「……はい?」
クエストから帰還したわたしは、執事長の熱烈な視線に貫かれていた。
「な、んで――」
「王都を脅かす〈A級〉指定生物の討伐。我が国のエネルギー問題を切り開くカギとなりうる鉱源の発見。そして、不穏因子の殲滅。巷では連日マイリス様の為されたご勇談で持ち切り」
「やりましたね。さすがマイリス様。やればできる子なんです」
恍惚とした笑みを浮かべる侍女たちに対し、わたしの心の霧は晴れないままだった。
思い起こされる、違和感。
取るに足らないクエストのはずなのに、突然現れたゴーレム、それすらも一瞬で討伐してしまったあの男。ちゃらんぽらんなクセして、知らないところで動いていたのだという。
彼はわたしに王位を継承させるため、この国に潜む闇をすべて取り除いてみせた。調停してみせた。
そのために、あんな遠回りを。
「これでマイリス様の当選は確実。王国の平穏は保たれましょう」
ほっと胸を撫で下ろす執事と対照的に、アニスが苦虫を嚙みつぶしたように歯を軋ませていた。
「それにしても、あの女豹め。よくも我々を出し抜こうなどと……、いや、あのような工作員を見抜けなかった私の落ち度か。ともかくマイリスちゃんが無事でよかった。マジでマイリスちゃんになにかあったら僕の手でぶん殴っていたぞあいつ」
お兄様のアタシに対する溺愛ぶりはちょっとキモいけど、そんな彼もなかなか強心臓を持ち合わせていると思う。
聞けば、お兄様――アニス第一王子の婚約者であるロマーナ公爵令嬢。彼女はアラビカ王国全土に渡り勢力拡大を続ける反王権派の元締めで、お兄様に取り入って王宮から機密文書やらをくすねようとしていたらしい。
しかしその暗躍も、ある勇者一行の手によって阻まれた。それも――
「よもや王宮内の誰もがに辿り着かれるとは。エイタ様――さすがは神に授けられし天職〈調停者〉。お見それいたしました」
「だろう。それでこそ、我が主。我々の想像など及びもつかないことを平然とやってのけるッ、そこにシビれる! 憧れるゥ!」
めいめいに賞賛をこぼすアホどもをよそに、わたしは頭を抱えていた。
忘れていた。勇者一行、その正体を。
勇者なんて呼ばれているのは、そんなありふれた肩書を名乗っているのはクアドル――ならば、エイタとかいうあの男は。
この世界における、あの男の役割は、〈調停者〉なのだから。
「どうしたマイリスちゃん。そんなに顔を赤くして……もしかして、エイタに惚れちゃったか?」
「なっ!」
誰が惚れるもんか。
むしろ逆だ、この感情は。
憎まれ口を叩きながらも、裏で暗躍し、お膳立てされた。その事実に。
ふつふつと、沸き立つ感情がこみ上げてくる。
わたしは震える喉で、弾かれるようにバルコニーに飛び出し、深く息を吸って。
「あんの、バカ男――ッ!」
力いっぱい、吠えた。
「これで晴れて国民に認められて、新たな王様になるだろうよ」
そこはかとなくメンドくさい案件だったが、将来のことを考えて請け負ってやったわけだ。
なぜならこの世界の平穏を守るのは、俺の役目だから。
「一人じゃどうも骨が折れる。自分の国くらい、てめえで守るこった」
町はずれの旅籠で、少年は大きくあくびを一つ。
そんなこんなで、世界は今日も平和だ。
天海です。
パッと思い立って二時間くらいで書き上げた短編だったんですけど、最低限の加筆を行ったら五倍くらいのボリュームになりました。加筆とは?
なにはともあれ、貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございました。
少しでも「まあ、よかったじゃん」と思っていただけたら、↓の☆評価をしていただけますと幸いです。
ちなみに、現在連載している主人公最強系ラブコメが一章完結を迎えましたので、ついでに覗いていってくださると泣いて喜びます。
また何か、アイデアが降ってきたら書きます。
それでは!