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第4話 ヒーローは遅れてやってくる的なアレ

 

 して、そんなこんなで、クエストへ。

 俺たちがやってきたのは、王都近郊の地下洞窟。

 開かれた路には、歩みを進める度に足音が反響する。見渡す限りに散見される鉱石群が差し込む光を乱反射し、神秘的な雰囲気が漂っている鍾乳洞。



「寒っ!」

 一行の先頭を歩くクアドルがぶるぶる震えている。

 現世の四季でいうところの夏真っ盛りだというのに、洞窟内はひんやりしていた空気が流れていた。


「もうちっと着こんでくりゃ良かったぜ。」

「ちょっと肌寒いかもな。さっさと終わらせて早く出るか」

依頼(クエスト)内容、よゆー、そう……」


 俺たちが受注したクエストの内容は、この洞窟の最奥部に出現が確認された生物(クリーチャー)の討伐。

 ロマーナさんは『見れば分かりますよ~』と言っていた。まあ〈E級〉くらいしか出ないだろうし、クエスト事態に不安要素はないだろう。

 めいめいに現在の心境を述べる中。


「それはいいとして……」

 若干一名。

 俺の前を歩く少女の、体はもとより、震えた声を発していた。



「なんでアタシが〈重戦士(タンク)〉なのよ!」



「似合うな」

「ぜんぜん嬉しくないし!」

 俺はマイリスの甲高い声に耳を抑えた。


 マイリスの役割は重戦士。敵の攻撃を一身に引き受けるパーティの守りの要だ。

 だけど目の前の王女は、あろうことか王城内でのドレス姿でこの洞窟にあらせられている。あまつさえ重戦士など屈強な大男が担うものと相場が決まっているのに、マイリスの肝の据わりようったらない。


「気をつけろよ。お前の華奢な躰でモロに攻撃を受けたら全身打撲じゃ済まないからな」

「そもそもそんな役割押し付けんなし! あんな鉄の塊身に着けて歩けるわけないでしょ」

 仕方ねえだろ、役割が被っちまうんだから。



 マイリスの戯言を聞き流しながらしばらく歩くと、ふと妙な視線を感じて振り返った。


 見れば、天井に張り付いたコウモリがこぞってこちらを覗いている。コウモリといっても野生動物ではなく、れっきとした生物。〈魔族〉吸血科コウモリ属ウォンバット。


 大人しく静観しているだけに見えるが、それは俺たち〈人族〉に言語能力がないだけで、やつらは超音波を用いて独自の会話形態を確立している。


 しかし生憎と、俺にはそんな異種間コミュニケーションを可能にするスキルを持ち合わせているのだ。せっかくの機会だし、耳をすませて聞いてみよう。


『オイオイ見ろ、〈人族〉だぜ』『ハ。マヌケ面ひっさげて、なんの用だ』

『吸っちゃう? 血、吸っちゃう?』


 最初の町で出会うモブ冒険者みたいなキャラしてんな。

 そんな軽いノリで吸血行動を行うんじゃない。俺たち人族はそれで簡単におっ死んじまうんだから、勘弁してくれ。


 だが、しかし。


『ちょうど腹空かしてたしな。それに、女の方は見たところ上玉じゃねえか』『へへ、あいつらからいっちまおうぜ?』


 ……インちゃんの身を脅かすやつは、誰であろうと許さねえ。

 こいつらは俺の逆鱗に触れた。まあ実行に移そうとしていないぶん、大目に見てやろう。



 ぎろり。

『──っ!』



 俺が見やると、その一瞥でウォンバットたちはそろって震え上がり、言葉(超音波)を失ってしまった。

 なに、大したことはしていない。ちょっと魔力を放出しただけだ。こいつらは〈E級〉、黙らせるにはこれくらいで十分だろう。


 インちゃんは聖遺物指定の秘宝なんだよ、何人たりとて侵すことは裁可されていない。マイリス? そんなやつは知らん。


「エイタ? どうしたの?」

「気にするな。それよか、なんでお前が真ん中歩いてんだよ」

 前方からかかった言葉に、疑問を投げ返す。

「し、仕方ないでしょ。いきなり生物に襲われても、わたし、まともに戦えないし」

 この引きこもりダメ王女は……。


「つか、洞窟なんて行くの久々だな。それも放置されてたのか、生物がうじゃうじゃいる」

「おいエイタ、生物が出たら譲れよ。どうせならシラミ潰しにして経験値荒稼ぎしてやるぜ」

「それもそうだな。ここら辺はあんまり立ち寄らなかったし、折角だから俺、鉱石採集してくるわ」

 俺とクアドルの会話に、マイリスが割って入ってきた。


「ちょ、なに言ってんの。クエストの目標は生物の討伐でしょ」

「そんなん最後にやればいいだろ。っつか、それくらいだったら俺がいなくてもなんとかなる」


 こいつの経験値とか、王位継承とかの事情はしらんが、キツそうだったら最悪キャリーしてやる。なんならベースキャンプで寝ててもらっても構わない。


 この世界では、クエストをクリアした際にパーティメンバ―全員に均等に経験値が与えられる。

 この、捉えようによっちゃクソシステムのせいで、その気になれば一人が終始寝てても血みどろで帰還した仲間と同じだけの経験値を得ることができるのだ。がくしゅうそうちなど装備する必要はない。まあ、本家(ポ〇モン)も最近の世代じゃ必要なくなったんだけど。



 閑話休題。


「つーわけで、適当にやっといて」

「あ、ちょおっ! 待って、子守り役おしつけないでよ!」

「……われ、ら、こどもあつかい」


 文句を垂れるマイリスを尻目に、俺は踵を返して歩き出した。


「……あいつ、本当に行っちゃった」

「ま、俺一人で戦えるんだ、いい腕試しだぜ。今んとこ十体くらいか……よく考えりゃ、ザコしか出ないんだから倒しても大した経験値はもらえねえな」

「……さすが、クアドル。……直情、ばか……」

「るっせぇ。あーあ、どうせなら〈A級〉でも出てくりゃ、肩慣らしになるのにな」

「なんていうフラグ……」


 マイリスがジト目でクアドルを睨みつける。

 そんな彼女も、クエストが想定していた難易度よりいくらか易しかったことに拍子抜けしつつあったが、その安心は儚くも砕け散ることになる。


「そろそろ最奥部じゃない?」

「つっても、なにもなくないか」

 やがて行き当たった壁に、三人はそれぞれ怪訝に呟いていた。

 立っているのは開かれた空洞。まるで一つの部屋のような石壁だが、不自然さが否めない。


 ――ずん。


「うおっ!? なんだ……?」

 突如として響いた轟音とともに、一行の頭上を暗闇が覆いかぶさった。

 現れたのは、クアドルたちの何倍も背丈のある巨体。

 蠢く動態はその巨体が生物であることを証明しているが、しかしソレは、生き物と形容するにはとても信じがたい容貌を為していた。


 立ちはだかったのは、()()。〈B級〉生物、鉄巨人(ゴーレム)

 ゴーレム……なのだが。


「コイツは……」


 クアドルとマイリスは、言葉を失った。

 冒険者見習いと王族の娘だ。この世界に生息するゴーレムについての見聞は多少なりともあった。

 だが、その知識と照らし合わせても、眼前にそびえる生物の見た目は異常だ。

 鉄屑と瓦礫で出来上がった体から、似つかわしくない翼が生えている。

 黒く禍々しいその姿に、クアドルの心の奥を、突き刺されたような痛みが走った。


 それはまるで、竜の翼を模したような。

 少年の記憶に刻まれた、黒龍の翼を植え付けられた――異形のバケモノ。


 そんなバケモノは、クアドルたちを視界に入れると、咆哮と共にその体躯を稼働させた。

 頭上に出来上がったのは、大きな影。

 覆い被さった影の正体は、他でもないゴーレムの右腕だ。

 異形の鉄塊は、そんな巨腕を、振り下ろした。


「どぅおおお!?」

「きゃっ! ちょっと、なに避けてんのよ!」

「姫様……、重戦士。前線にて、気張れー」

「当然のようにえっぐいこと言ってくれるわね!?」


 間一髪で攻撃を躱した三人に、続く追撃。

 ゴーレムの左腕が振るわれる。

 まるで壁が迫りくるように、洞窟の一帯を岩盤の塊が撫でた。

 隆起した鍾乳石や石筍が剥がれ、岩盤は崩れ落ちるように鳴動する。


 そして次に放たれたのは、

 クアドルが直感的に危機回避の行動をとって身を引いた。あるいは戦士としての防衛本能か。

「ちょ、タンク!」

「ふぇ⁉︎ ちょちょちょ」


 クアドルがとっさにマイリスの肩を取って、盾として突き出した。重戦士の本職である。

 身動きとれずにたじろいでいるマイリスの頭上で、ゴーレムの頭部が禍々しく輝きだした。


 〈竜種〉はその体内に、空気中で燃焼速度を加速させる粉塵を分泌させる器官を内包している。

 黒い翼を広げて

 四大厄災が一柱、黒龍の――


劫炎(ブレス)】。


 噴き上がる豪炎が、マイリスを包み込んだ。

 火の粉が散った。黒い爆炎は洞窟内に蔓延し、岩盤を融解させ地形を変動させる。

「コイツがこの洞窟のボスってことか……!」

「姫様……消し炭。R.I.P(どんまい)……」


 傍らの幼女に指摘されて、視線を落とす。

 さきほど自分が身代わ……タンクとしての役目を任命した王族の娘。

 土煙が晴れたその痕には――塵一つ残ってはいない。

 マイリス・ニカラグアが、()()()()()()()


「……やばい」

 少年は、戦慄した。

 目の前の敵にではない。クアドルの脳裏に、想像するだけで血の気が引くような惨状が展開されていた。


 あの王女は国の平穏を調停するために必要な人材と、自分たちの保護者(エイタ)は言っていた。

 そんな重要人物を見殺しにしたと知られれば、自分の身にどんな制裁が待ち受けるか、わかったものではない──!


「てめえ、許さねえ……」

 自業自得だなんて自戒の念を抱くはずもなく、勇者は駆け出した。

 両手に強く握った聖剣。〈断罪の剣〉に持てる魔力と膂力を全て注ぎ込んで、巨体めがけて一閃を飛ばした。

 それだけで並の生物なら両断される切れ味と神性を持ち合わせた一撃だが、しかし。


「──なっ」


 斬撃が敵の内部に届くことはなく、黒く鼓動する鋼鉄の鱗に憚られた。

 ゴーレムは、大きな図体とは裏腹にすばやくクアドルへと体を向ける。尋常ではない魔力量を必要とする【劫炎】が、しかし尋常ではない魔力変換効率で構築され、再び放たれる。


(やばい、死ぬ――)

 業火が到達する、刹那。

 クアドルは、無力感を呪いながら――確かにその声を、耳にした。



「アホか、そんなわけないだろ」


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