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第3話 ひきこもり姫とシスコン王子と緊急クエスト

 

 アラビカ王国・王都ヴァトゥール。


 俺たちがさっきまでいたロンビア共和国から馬車で丸五日ほど、徒歩だったら気が遠くなるような距離を〈空間転移〉により刹那の間に短縮。俺たちは大陸随一の都市にやってきていた。


 巨木を伐採して作られた門が開き、冒険者の帰還を歓迎してくれる。あちこちに鎧を纏った騎士の人が並んでいたり、現実世界の車がわりに馬が荷車を引いていた。石造りの宿舎が建ち並ぶ中世ヨーロッパを想起させる街並みである。


 石畳の街道に沿ってにぎわう市場を突き抜けた先に見えてくるのが王城。アラビカ国を統べる王族、ニカラグア家が住まう皇居だ。

 面積にして六千平方メートルほどもある立派な建物を囲うように巨大な壁がそびえている。初めて見た時は度肝を抜かれた。



 そして現在、俺たちはといえば、そんな王宮の謁見の間に立っている。

 黄金造りの天井とか、そこかしこに描かれてる壁画とか、いつ見てもすげえなーなんて眺めていると、いつの間にか現れた人影に声がかけられた。


「よくぞ参ったな。……髪が乱れているようだが、なにかあったか?」

「ちょっと野暮用を済ませてきただけだ」

「そうか。相も変わらず変わった趣向の装いだ」


 俺たちの視線の先。煌びやかな装飾の施された玉座に腰掛けているのは一人の青年。

 名をアニス・ニカラグア。国の第一王子にあたる国王の長男である。

 王族だからってかしこまった対応が必要かと身構える必要はない。こいつは俺の全身ジャージ姿を物珍しそうに見ることはあっても、場をわきまえろ身の程をわきまえろなど細かい指摘は今までしてこなかった。

 それもこれも、俺が異世界からの来訪者であることを理解しているからだろうけれど。


「で、王子様がわざわざ俺らを呼び出した理由はなんだ?」

「うむ。単刀直入に言おう。エイタ、貴殿らに依頼(クエスト)を設けたい」

「クエスト? いまさらどんな」


 クエストとは、ギルドに登録した冒険者たちに振ってくる依頼だ。モノ探しから〈s級〉生物(クリーチャー)の討伐まで、内容は多岐にわたる。

 だが、俺はこの世界に身を置いてはや十ヶ月余り、クエストを受注したことは数えるほどしかなかった。


 単純に意義がなかった。魔王討伐はあくまで俺たちクラスに課された神からの試練であったし、クラスメイト帰還後の俺はといえば、自分に定めた役目のもとで〈調停〉を行ってきた。誰かに依頼されて問題を解決することなんて、それこそこのアニスくらいからしかない。


 そして例に漏れず、今回のクエストの依頼者もアニスと来た。



「で、どんな内容なんだ」

「ああ、それはだな……」


 おもむろに口を開いて、そこで区切るアニス。

 その傍らには、重厚な装備で構えた兵士さんとか侍女さん、そして王子の妹君と、錚々たる顔ぶれが集まっていた。彼らの存在感も相まって、室内の沈黙が荘厳たるものへと仕立てられている。

 厳格な雰囲気。一般庶民ならば呼吸のひとつひとつにすら慎重になるだろう緊迫した静寂を破ったのは、アニスだった。

 腰を曲げて、一言。



「どうか妹を、一端の戦士へと導いてはくれまいか!」



「「へ?」」

 だしぬけに告げられた突拍子もない勅令に、俺は反射的に聞き返してしまった。

 俺だけじゃない。俺の他にもう一人、すっとんきょうな声を被せてきたやつがいる。


「マイリスちゃんは王位継承争いを控えた身。国民の支持を集めるためにも、なにか目に見える活躍が必要なのだ」


 アニスが見やる人物。俺と同時に気の抜けた声を漏らしたその少女の名は、マイリス・ニカラグア。

 アニスの横で優雅に紅茶を服していたが、話の矢印がいきなり自分に向かったもんだから、げほげほと咳き込んでしまっている。


 肩先まで伸びた艶やかなブロンド髪が、彼女の挙動で柔らかく揺れる。見開かれた瞳は翡翠のような彩を放ち、肌は白く手足は細い。華奢な体系だが、スラっと引き締まった腰のくびれやまっすぐ伸びた背筋からは確かなしたたかさを秘めているようにも感じられる。惜しむらくはその胸部もだいぶ引き締まっているくらいだが、このツンツンした生娘にはむしろ解釈一致まである。



 そんな姫様の視線はアニスやら俺たちを行ったり来たりしている。突然のことに慌てふためいている様子だ。


「な、なんで。お兄様が出るんじゃ」

「いやまあ、普通に考えてそうなんだけどね? でも僕だと国王として締まらないというか」

「「ああ~」」

「なんで二人して納得しちゃう?」


 この男。アニス第一王子は、現国王の息子にして姫の実兄にあたる王族だが、その正体はとんだ変態だ。


 こいつとの出会いは数ヶ月前。クラス逆転移に取り残された俺は、気晴らしにふらつこうとこの街に足を運んだ。ふと通りかかった路地裏で、俺のスキル【感応】が発動したので向かってみると、ストーリーの序盤に出てくるようなチンピラに絡まれていた縮こまっている青年がいた。


 そんなチンピラにムカついて殴り倒したところ、助けた相手がたまたまこのアホで、それ以来俺はこの変態に陶酔されてしまっている。


 助けた恩を感じることは否定しないが、どうやらアニスにとって俺は憧憬を抱く人物の一人であったらしく、あれよあれよと付き纏われた。

 あまりにしつこいし気色悪いので、王族であることも忘れて軽く突き放したら、なぜか頬を紅潮させて荒い息でしがみついてきた。



 確かにこんな男が王にでもなれば、国民からは舐め腐られること請け合い。

 日常的に国逆が起きかねない。誰にしろ、こいつだけは王になっちゃいけない人物だろう。



「というわけで! 僕の実妹にして世界最強のかわいさを誇るマイリスちゃんが国王になれば、国民からの支持は勿論、国交も上手くいくに違いないと踏んだわけだよ」


 アニスの言い分はめちゃくちゃなようで、理にかなっている。

 たしかにこのマイリス。美形ぞろいの王族の中でも突出して顔立ちはいいし、兄のような頼りなさもない。王位継承争いの参加資格は国王の血族であることのみだから、その資格も資質も十全と言える。

 まさしく王に相応しい人物と言いたいが……、


「え。普通にいやなんだけど。」

「分かる。俺もマイリスちゃんに離れてほしくない」

「支離滅裂じゃねえか……」


 問題は、当の本人にやる気がまったくないことなんだよなあ……。

 そう。このマイリス、王族のくせに覇気はねえしコミュ障だしサボり癖あるしで、高貴さなんて微塵も感じさせない筋金入りのインドア姫。

 俺がこの世界で唯一失敗したクエストが、マイリス姫を外の世界に連れ出すことだった。否が応でも城から出たがらないこいつを無理やり連れだそうとしたところギャン泣きしやがったので、さすがに折れてクエストをリタイアした。これなら〈S級〉四大厄災ボスラッシュとかのが遥かに簡単だ。


 そんな彼女にはアニスの熱弁も届かず。つか兄がシスコンなせいで話が進まないのも問題の一つだ。


「マイリス様。あなたは国王の直系血族で唯一まだマsi……王の素質を秘めたる存在。どうか今一度お考え直してはくださいませんか」

 妹への愛に溺れている王子をよそに、アニスの婚約相手にあたるロマーナ公爵夫人がマイリスの説得にあたっていた。まだマシって言いかけてなかった?

 柔和な笑みと朗らかな語り口調。そんな彼女にせがまれては、さすがの王女も突っぱねることはできないらしく。


「う……。そこまで言うなら……」

「本当か、マイリスちゃん! 兄は嬉しいよ」

「で、でも! わたしクエストとかほとんど行ったことないから、〈D級〉以上の生物の相手とか無理だから!」

 恥ずかしそうに捲し立てるマイリスに優しく言い聞かせるように、ロマーナさんは口添えをした。


「ご安心ください。そう思って、公害生物の駆除依頼を手配いたしました。〈E級〉しか出現しない近郊の洞窟に出向いてはいかがでしょう」

「それに、エイタたちに同行してもらうんだ。億が一にも命は心配はない」


 それ気遣ってんの? マイリスちゃん舐められてんじゃねえのか。

 つかそもそも、俺たちにはその依頼を受ける義理なんてないのだが。俺たち抜きで話を進められていることにはいささかの反感を覚えるが、この王族たちはそんなことはお構いなしのようだ。



「そっか。うん、それならやってやらないこともない、かな」

「して、どうだエイタ。後生だ、引き受けてはくれまいか」

「お前、ことあるごとに後生の頼みしてくるじゃねえか。安いんだよ、お前の懇願は」


 このダメさ加減にはつい憎まれ口を叩きたくなってしまう。

 まあいい。これも王位継承、ひいては国の存続のためだ。変に素性の知れない連中に玉座を譲るより、この王女を据えた方がまだマシだ。国の平穏が維持されるならやぶさかではない。



「……まあ、そういうことなら、俺たちは構わないぞ」

「ん……、あるじ様の意思に、従う」

「あんたらまで……」

「ま、オレは生物を狩れりゃあなんでもいいからな。洞窟だろうと溶岩地帯だろうと、望むところだぜ」

「さすがはエイタ。僕が見込んだだけはある」


 こうして、不安要素を孕んだまま、姫様の選挙運動が始まった。

某生徒会選挙エ○ゲみたいなサブタイ

選挙要素しか被ってねえ

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