第1話 俺だけ取り残された世界
セシエル大陸、ロンビア共和国。
テラノバ山脈上空二万メートル地点にて。
『うぉおおおッ――‼』
キャンバスにベタ塗りしたような青に千切れ雲がちりばめられた、無限に広がる大空。
その遥か上空、雲海を貫かんとそびえる山間地帯に、大地を震わせる轟音が爆ぜた。
音の源――逃げ惑っているのは、巨体。
セリフだけに注目すれば、声の主はチンピラとかゴブリンとか、そういう初歩的な雑魚敵を連想するかもしれないけれど、生憎とそんなチャチな存在ではない。と思う。
断言できないのは、客観的な評価でしか論ずることができないからだ――〈竜種〉飛竜科赤竜目――学名を〈レッドドラゴン〉。協会が定める〈A級〉生物で、まさにドラゴン! って感じの容貌なのだが、その荘厳な出で立ちからは想像もつかないような悲鳴を上げていれば、俺の疑念も頷けるとは思う。
そんな最強クラスの生物は、依然として似つかわしくない悲鳴をあげ続けている。
『嫌だー! ちょっと山奥の村を焼き払っただけじゃん!』
「それが問題なんだろうが。いいから大人しく討伐されろ」
滑空するドラゴンに並走するように、俺は空中を歩行している。
それも、上下ジャージで。
みっともない命乞いを垂れ流し続けるレッドドラゴンを、空気を含んだ声で言いくるめる。言いくるめるっつーか武力行使だ。
大きな翼で上空を駆けるレッドドラゴン。羽ばたきのひとつで烈風が吹き荒れ、辺りの霊峰なんかが粉微塵に消し飛ぶ中、俺は――エイタは億劫な表情で標的を追っていた。
追跡相手はこのドラゴン。ちなみに俺は〈人族〉なので羽は生えていない。おまけに補足すると〈竜種〉には独自言語が存在しないため、他種族がコミュニケーションを取ることはまずもって不可能である。
じゃあなんで、俺がレッドドラゴンと言葉を交わしながら追いかけっこをしているかというと、それは俺の保有するスキルにある。
役割〈獣飼い〉。この役割に該当するものは〈人族〉意外の他種族の感情の機微を読み取ることができ、立ち回り次第では飼い馴らすことができる。もっとも、普通の〈獣使い〉が〈竜種〉と言葉を交わそうものなら、「こんにちは」の「こ」の字を発音する前に焼却されてしまうだろうけど。
それともう一つ、自強化系統魔法『G・Z』。この世界に満ち溢れる魔力を変換して引き起こす超常現象、「魔法」。
系統ごとにカテゴライズされ、自らや他人のステータスを強化する「バフ」を付与する自強化系統の魔法で、最高位に分類される飛行魔法によって、俺は生身での空中浮遊を可能にしている。もっとも、普通の魔法使いが〈竜種〉のそばを飛行しようものなら、羽ばたきによる烈風で全身をひき肉にされてしまうだろうけど。
以上の二つの能力のおかげで、俺はこのドラゴンとの空中散歩を可能にしている。なに? じゃあ生身で平気なお前は普通じゃないのか? 当たり前だろうが。あとで説明するからちょっと待っとけ。
前置きを入れておくと、俺はこのドラゴンに故郷を潰されたわけでも、肉親や仲間を惨殺されたわけでもない。
ただ、こいつがこの世界に居てはならない存在だから、抹消しに来ただけなんだ。
なにも在り方が認められないわけではない。先述したように、〈竜種〉はわずかな動作のひとつひとつが〈人族〉の生活空間を脅かす災害になりえてしまうのだ。
だけど、世界はそれを悪とは認識しない。人間界において、地震や台風など、天災に無為な理由付けをする連中など(陰謀論者を除いて)いないだろう。
天災も、それだけで世界の調和を為す歯車の一つだ。破壊によって増えすぎた個体を削り、種族間の生態系を維持する必要なファクターですらあるのだ。
だが、赤竜のように悪意をもって生態系を乱すやつは別だ。世界のバランスを乱す奴は見過ごせない。
理の円環からはみ出した異物を排除する──それが俺の選んだ〈調停者〉としての役目だ。
空中を駆けながら、右の拳を握る。振り上げた肩に力が宿るのを確認して、対象めがけ大きく振り抜いた。
同時。紺碧から淡色にグラデーションをかけたような青空に、亀裂が生じる。
亀裂を中心に広がっていく空間の歪み。そこから現れた見えない拳撃により、衝撃波が走った。
まるで天が鳴くように、鈍い感覚に空気が鳴動する。
歪んだ景色から炸裂した衝撃が、空間ごとドラゴンの頬を貫いた。
『ガ――――』
空間断絶。結界系基礎魔法『空間転移』の応用だ。
そして自強化系魔法の重ねがけにより強化された肉体。これにより、目視した対象を触れずにワンパンできる。
俺の繰り出した一撃に気絶する間もなく、レッドドラゴンはその体の組成を崩壊させ粒子と舞っていく。
かくして、とある村を悪意によって襲った悪竜は雲散霧消。
これでまた、世界の平和は守られた。
「ったく、メンドくせえ真似してんじゃねえよ」
俺は深いため息とともに土埃を払った。
これだから山脈地帯は嫌なんだよ。大気中のゴミが目に入って邪魔だし、雲を突き抜けるときなんかは雨露を被るから服が濡れる。
おかげで風呂に入るしかない……まあでも、ちょうどいいか。そろそろジャージも洗濯したかったし。しっかしこうして普段着で着てみると、やっぱすごいんだな体操服って。めっちゃ動きやすい。汗を吸ってくれないのは惜しいところだけど。
そう。体操服。
なんの変哲もない、ごく一般的な、高校ジャージ。それを俺は日常的に身にまとっている。
この、剣と魔法の世界で。
とはいっても、この世界に高校なんてものは存在しない。魔法や世界史を学ぶ教育機関は設立されているけれど、こんな世界観に似合わないデザインのジャージが指定される魔法学校はどこを探しても見つからないだろう。
なぜなら、体操服は俺がこの世界に持ち込んだものだからだ。
そう。お察しの通り、俺はこの世界に転移してきた。俺だけじゃない。俺が通っていた高校の、俺が在籍していたクラス全員、この異世界に召喚されたのだ。
だが現在、この世界には、俺と同じ現実世界の記憶を有する者は存在しない。
なぜって?
「調停、完了」
――――俺以外全員、元の世界に帰っちまったからな……。
たぶんみなさん初めましてだと思います! 天海です! よろしくお願いします!
異世界ファンタジー書いてみようと思って書きました!
同時連載でラブコメの方書いてるんですけどめちゃくちゃ面白いので読んでみてください!
以上、怒涛の自己紹介! 読んでくれてありがとうございました。