星空のしたふたり
ちょっと大人になった茜とケンジのお話。
茜はベッドに上に胡坐をかいて、鳴らないスマホを見つめている。
着信音が鳴りだす。
彼女は一度、息を吸い、五秒待ってから電話に出た。
「なに」
「よう」
「で」
「うん、明日帰ろうと思ってる」
「急じゃん」
「うん、まあ、サークルの忘年会なんかがあって」
「ええのう、学生さんは」
「茶化すなよ。で、明日の夜は暇?」
「私、仕事だよ」
「分かってるよ。だから、夜にしたんだよ」
「なにするの」
「なにって、まあ、何だ、夕食のついでに星でも見に行こうかと思って」
「ふーん、ロマンチストなのね」
「なんか、棘のある言い方だな。仕事で何かあった?」
「別に、じゃ、仕事が終わったら迎えに行くわ」
「ああ、さんきゅ」
「夕飯は当然、奢ってもらうわよ」
「そこは、社会人さんが・・・」
「ん?」
「わかった。わかった。じゃ、明日」
茜はスマホを投げると、ベットへ倒れ込んだ。
「学生さんはいいのう」
蒲団に顔をうずめ、うっ伏しながら、思わず独り愚痴を呟いた。
12月14日の翌日、茜は日中、仕事に追われてフラフラになりながら家へ帰りついた。
さっと風呂に入り、化粧をして出かける準備をする。
「あら、おめかししてどこに行くの」
母がニヤニヤしなかせら声をかける。
「知ってるでしょ」
幼馴染の健司と腐れ縁なのは、母も重々承知している。
「まあ、お互い大人なんだから、いろいろ言わないけど、責任と節度を持ってね」
「・・・なにそれ、お母さん」
「あくまでも一般論よ。あなたたちはまだ若いっ。ま、早いとこ孫の顔が見れるのは悪くないけどね」
「お母さん!」
「失礼。失言でした」
母のてへぺろに、茜は肩をすくめ溜息をついた。
「じゃ行ってくる」
「おい、茜」
「なに、お父さん」
「車で行くのか」
「うん。じいちゃんの軽トラ借りるね」
「あれ、半年以上動かしてないぞ」
「大丈夫、昨日の夜、ちょっと走らせてついでにガソリン淹れといた」
「用意周到だね~」
夫婦はニヤニヤしながら同時に言った。
「ああ、もう、行ってくるよ」
茜は両親にしかめ顔を見せると、2人はサムアップで返した。
家を出ると、外の薄暗い闇に白い息が吸い込まれていく。
ここ最近になって、ようやく寒さを体感するようになった。
「う~寒っ」
茜は小走りに裏庭へと走り、軽トラに乗り込みエンジンをかけた。
キュルル、キュルル、キュルル、三度キーを回しエンジンが唸りをあげる。
「さて行きますか」
独り言を呟き、彼女はアクセルを踏んだ。
家の前の細い路地を50mくらい走ると、矢留家がある。
茜は窓を開けると、家に向かって言った。
「ケンジいくよ~!」
「あっ、茜ちゃん、ちょっと待ってね」
健司の母がニコニコしながら、家の中で大声で叫ぶ。
「健司、茜ちゃん来たよっ!」
「わかってるって!」
返す健司の怒鳴り声。
「レディを待たせるなっ!」
「茜のどこがレディだよ」
茜は矢留親子のやりとりに思わず苦笑してしまう。
ドタンバッタンと家の中が響き渡ると、健司が追い出されるように出てきた。
「悪い、悪ぃ、待った」
「別に」
「ホレ」
健司は缶コーヒーを手渡す。
「ありがと」
茜は両手で受け取ると、ぬくもりを感じた。
「荷台に置いていい」
「何置くの?」
「天体望遠鏡とテント」
「本格的ね」
「まあね。今日、ふたご座流星群が見れるっていってたから」
「ふーん、ロマンチストね」
「そうか」
「だよ」
健司は荷台に乗せると、助手席に乗り込んだ。
「じゃ、行こうか」
そう言う健司に、
「どこへ?」
と返す茜、
「星野村」
「遠いよ」
「星を見るならあそこが一番だろ・・・ドライブ、ドライブ」
「へいへい」
通り道にあったファミレス「ジョイフル」で夕食を済ませた二人は、コンビニでお菓子やジュースを買って星野村の池の山キャンプ場へとやって来た。
そこは誰もいないキャンプ場だった。
「今日は珍しい天体ショーだし、誰かはいると思ったんだけどな」
健司は懐中電灯を照らし、荷台から荷物をおろした。
「だからと言ってこんな寒い日に、キャンプ場にくる人なんて、どうかしているわよ」
茜はスマホのライトモードで辺りを照らす。
「じゃ、俺らはどうかしているな」
「ま、そうなるわね」
「うん、ま、ほら、貸し切りじゃん。夜空も星も独り占めだぜ」
「物は言いようね」
「ちぇ」
健司は手早くテントを組み上げた。
「じゃ、お姫様どうぞ」
「あれ?私、レディじゃないよね」
「・・・おふくろとのやり取り聞こえていたのかよ。売り言葉に買い言葉だよ」
「さよけ」
茜はテントの中に入った。
健司はずっと夜空を眺めている。
眺めている。
「どうしたの?」
あんまりにも長い事、星空をみている彼に彼女は話しかけた。
「あのう」
「何?」
「ふたご座流星群って何時頃から降るんだっけ」
「知らないわよ。アンタ、調べもせずに勢いできちゃったの」
「まあそうなるな」
「呆れた。ちょいまち、今スマホで調べてみるから」
茜は手早くスマホで流星群を検索する。
「すまん」
謝る健司。
「あー!アンタ、今日は今日でも流星群は朝方のことみたいよ」
「真にすまん・・・はあ」
役立たずとなった天体望遠鏡を片しながら平謝りをする健司。
「しょうがないやっちゃ」
茜はテントで寝転びスマホ片手にお菓子を食べはじめる。
「・・・・・・」
健司はしばらく黙って星空を見続ける。
それから、
「よっ」
健司は原っぱに寝転び星を眺めた。
「・・・・・・」
茜はちらりと彼の寂し気な様子を見る。
「あー星が綺麗だなあ」
大げさに言う健司に、
「へいへい」
茜はごそごそとテントから這い出て、彼の隣で仰向けになり空を見た。
「星が近いね」
「そうだろ」
「キラキラしてる」
「星はいいよね」
「オリオン座がはっきり見える」
「来てよかっただろ」
「流星群が観られたら、もっと素敵だったかも」
「それは言わない約束でしょ」
「はははは」
「ふふふふ」
2人は笑い合った。
「茜」
健司は茜をじっと見た。
「うん」
彼女はゆっくりと目をつぶる。
互いの唇が触れた瞬間、
「へぶし!」
茜は大きなくしゃみをしてしまう。
「ああ、びっくりした」
「ごめんごめん・・・寒くて」
茜は身体を震わせる。
健司はようやく体感的な寒さに気づき、苦笑いを浮かべる。
「ラブホ行く?」
「いこか」
彼の問いに、彼女は笑って答えた。
星空の下、ふたりは手を繋ぎ歩きだした。
星空の下といえば・・・でぃすたんす(笑)。