婚約破棄を言い渡されたスキルなしの無能姫は人生の最後の豪華絢爛パーティーに参加します
チッチッチッチッチッチッチッチ……
残り15秒。
時計の秒針の音が室内に響いております。
あとわずか15秒でわたくしの運命が決まってしまうのです。
ああ、かつてこれほど長く感じた15秒があったでしょうか?
思えばわたくしはいつも何をしても無能でした。
舞踊の稽古ではドレスの裾を踏みまくり破れ無駄にしてしまい怒られ。
教養に関しても学んだことはすぐに忘れてパーティーでは相手の名前を言えず恥をかき。
せめて領地を治める仕事は、とこっそり帳簿を付けてみるも、数字を間違いすぎて横領を疑われ。
では歌はどうかと学ぶもあまりの音の悪さに小さく愛らしい子犬が部屋から出てこなくなるほどでした。
でもそんなわたくしでもお父様とお母様が見捨てなかったのは、我が子が可愛いからではありません。
ええ、わたくしは分かっています。わたくし達の国では皆持つ加護のスキルが開花していなかったからでしょう。
例え貧困に困っている方でも必ず18歳の日を迎えるまでに加護のスキルに目覚めていますから。
ですからわたくしに最後の望みをかけているのでしょう。必ず当家代々伝わる大加護に目覚めるはずだ、と。
残り7秒。
多くの方は12歳ころまでに加護スキルに目覚め、領地や自国のために尽くしているようでした。
しかしわたくしはどうでしょう。12歳、14歳、16歳とスキルに目覚めずやること全て上手くいかない。
自分でも分かっているのです。ここで自分が大加護に目覚めなければ当家の信用が地に落ちてしまうことくらい。
しかし残り数秒で何ができましょうか。
何もできません。真夜中に婚約者であるヴィクトールがいても、お父様やお母様が見守っていても、たとえ駄目だった時のための替えの女性が目の前にいても、もうどうすることもできないのはわたくしも皆も分かり切っているはずです。
残り2秒。
美しい青髪をふわりと揺らすヴィクトール。
美しい顔のヴィクトール。
貴方の横顔が好きでした。
愛していました。
ゴーーーーン……ゴーーーーン……
あぁ。
運命の鐘が鳴ってしまいました。
「っ加護は?!」
「見たら分かるでしょ?さっきと何も変わらない……この女、ソフィアはスキルなしの無能なのよ!」
ヴィクトール様に続いて、彼から少し離れた場所に立っていた女性……名前はレベッカと申しましたか。そんなに大きな声で言わなくとも聞こえています。
「ソフィア。残念だよ……君は無能だったが美しく一緒に過ごした時は楽しかった。しかし加護のスキルが無いならそもそもこの婚約自体意味がない」
「ヴィクトール様、さっさと言ってやって!!」
「ソフィア・レヴァナント・ベラクルール!第七王子である私ヴィクトールとの婚約破棄を命ずる!!」
ヴィクトール様は腕を突き出し5本の指を広げわたくしにはっきりと、婚約破棄を命じました。
思ったよりショックはないようです。いえ、気付かないように振る舞っているだけかもしれません。
肩を揺らし泣くお母様とその肩を抱き首を振るお父様。すごく良くしてくれたこと知っていますもの。
普通なら冷遇されて当然の中、ほんの少しの希望を頂かせてくれたのですよね。
でもそれももう、おしまい。
「ソフィア……スキルなしのお前を庇うことはできない。18歳までに加護スキルが現れなかった人物は当代まで誰1人としていないのだから」
お父様の憐れんだ顔と声はできれば見たくありませんでした。
「申し訳ありませんお父様、お母様。そしてヴィクトール様。ご迷惑をおかけいたしました」
「もう貴方と会うことはないだろう。無能姫の居場所はこの国にはない。さっさと去るがいい」
ヴィクトール様は冷たい目をわたくしに向けてふいとレベッカさんの方に行き部屋から出ていってしまいました。
レベッカさんは扇を口元に当ててわたくしをにやにやした目で見ていますわね。
でもわたくし知っているんです。
ヴィクトール様はわたくしの顔にしか興味がなかったこと。
うたた寝しているときに「レベッカ」と一言言ったあの日のこと、わたくし忘れません。
「ソフィア。せめてこれをお持ちなさい」
お母様は顔の半分が隠れる仮面を渡してくれました。
黒くて装飾が少なくて華やかさの無いまるで無能の私を象徴するかのような仮面。
「貴方をここに置いておくことはできないけれど、とある殿方が今夜誰でも参加自由の仮面舞踏会を開催するの。……最後のチャンスよ」
誰が開催するのか参加するのか分からない仮面舞踏会。踊れはしないけれどわたくしでもどなたかと繋がれる機会があるのでしょうか。
どうせ国外追放となるのなら行ってやりましょう、その仮面舞踏会へ。
わたくしは無能ゆえ、せめて戸締りくらいはと毎日館内を見回っておりました。
でもそれももうおしまい。このままさっさと仮面舞踏会とやらに行き流れに身をまかせてみようではありませんか。
◇
わたくし舐めていました。今まで仮面舞踏会は避けていましたの。
いざ来てみれば女性のテンプテーションだらけではありませんか。
皆どんな加護スキルかと思えば似たり寄ったりな自分をよく見せるスキルばかり。
皆様からスキルをお取りになったらいったいどうなってしまうのかしら?
皆様仮面をつけてお顔は分かりませんが、肌の露出が多く……ああっそんなに豊満な胸を見せつけて……それにこの大音量の音楽はなんですの?一体いくつの楽器を使えばこのような音量になるのかしら。これじゃあお話することもままなりません。
意を決して来てみたものの、やはり私には敷居が高く合っていないようです。
もうこれはさっさと諦めて大人しく国外で慎ましく暮らすしかありません……あら、あれは誰かしら?
この派手で騒々しい舞踏会の中でひときわ人に囲まれた銀髪の背の高い男性がいます。
……ああ分かりました。おそらく彼がこの仮面舞踏会のメイン、主催者ですわね?
だって周りにテンプテーションを纏った女性が大量にはびこっておりますもの。
わたくしスキルは使えない無能ですけれど、スキルを把握することはできるんですから。
まぁわたくしとは縁のない方ですわね、あのスタイルの良さに女性の喜びよう、きっとどこかの顔の良い貴族や伯爵なのでしょう。
あら、疲れたのかしら?回りの女性をあしらって立ち上がった……こちらに来ます!どうしましょう。いえ、どうするもこうするもわたくしも仮面を着けているんでした、何もどうどうとするだけです。
私はここに立っているからどうぞ横をすり抜けてくださいませ。
「……?」
わたくしは銀髪の貴方のこと見ていません。見ていませんけど……なんだか視線を感じます。もしかしてわたくしの後ろで止まってませんか?そおっと振り返ってみましょう……。
「ねぇそこの君」
「はいっ!!」
そんなうららかな声だとは思わずつい大きな声を出してしまいました!
「ちょっとこっち来て」
銀髪の仮面の殿方はわたくしの腕を掴み、さきほどまで座っていた女性たちの周りに連れてきました。掴まれた腕が少し痛いのですが……。しかしテンプテーションがひどいです。鼻につきます。この匂い殿方には分からないのでしょうか?
「嘘だろ……なんで君みたいな人が」
あぁ、無能姫だとバレてしまったのでしょうか。どうか迷惑をかけず立ち去るので許してはいただけないでしょうか。
そこできゃああと数名の甲高い声が聞こえました。見ると銀髪の殿方の周辺にいた女性たちのようですね。どうしたというのでしょう。
「は、鼻が……!」
女性は鼻を両手で隠しております。仮面舞踏会だというのに顔がほぼ隠れない仮面を着けているから鼻が丸出しなんですわ。何か引っかかったのかしら?
「ははっすごいな!」
銀髪の殿方はなんだか楽しそうです。どうしたというのでしょう?
「テンプテーションがないだけで皆こんなに顔変わっちゃうんだ。ねぇ、あなたもなの?」
銀髪の殿方はまた私の腕を引き女性たちにの前に行きます。わたくし貴方のお人形ではないのですけれど……。
「へえ、皆顔が違うじゃないか」
銀髪の殿方がにっこり笑って言っていますが、一体どういうことでしょう?
どの女性もみんな低い鼻に離れた小さな目、小さな唇なのですが。
「僕は君を探していたんだな。ねえ、名前は?」
仮面舞踏会で名前を聞くのはぶしつけではないでしょうか?ですがわたくしはなぜか答えてしまうのです。
「……ソフィア、でございます。ソフィア・レヴァナント・ベラクルール」
「ベラクルール?無能姫の?」
「……はい」
まさか名前を名乗っただけで無能姫とばれてしまうとは思いませんでした。
わたくし外との交流を絶ちがちでしたから知りませんでしたわ。
「どこが無能なんだよ!浄化スキルを持ってるじゃないか!」
「え……?」
浄化?スキル……わたくしがですか?無能で役立たずのわたくしが……?
「君の周り、どんどん浄化してみんなのテンプテーションを剥がしてくれてるんだ。僕に見える皆の顔がどんどん変わっていって、みんな僕に嘘をついているんだって理解したよ。でも君は……嘘じゃない」
銀髪の殿方はわたくしに手を差し出してきました。逆の手でくいっと仮面を外して……。
「そんな……レオナルド様?!」
なんということでしょう。レオナルド様、第二王子がなぜここに?!わかりません、わたくし全然わかりませんわ。
「ねぇソフィア。僕君に一目ぼれしちゃったみたい。嘘偽りのない君に。……僕と一緒になってくれないか?」
「そんなっこんなところでレオナルド様……わたくしでいいんですか?」
「貴方がいいんだ」
差し伸べられた手を取ると、レオナルド様がわたくしの手にキ、キスを……!
「浄化スキルは分かりにくいから皆気付かなかったんだね。大丈夫、これからは僕がソフィアを幸せにするよ」
仮面舞踏会なのに皆そっと仮面を外し、私達に祝福の拍手と歓声をくれました。
レオナルド様の温かい抱擁……わたくしここに残っていいんですね。無能じゃ、なかった……よかった……!
仮面舞踏会は私達の婚約を祝福するパーティーに急遽変わりました。たった一夜で地獄から天国を味わうとは思いませんでしたわ。
そういえばわたくしが浄化スキルを持っているならヴィクトール様と婚約中は加護がかかっていたはずです。婚約破棄と同時に加護がなくなったとすれば……まぁ大丈夫でしょう。テンプテーション持ちのレベッカさんもいらっしゃいますし、ね。
◇
「レベッカ。さっさと城に戻ろう」
「本当に、この数年間無駄な時間を過ごしてしまいましたね。これからは私がヴィクトール様のことをお支えいたします!」
ソフィア邸から城へと戻ろうとするヴィクトールとレベッカ。
しかし彼らの周りには徐々にゴブリンが集まる。
「待て……。なんだこの魔物たちは。いつ現れた?おい衛兵!」
呼びかけるも誰も現れない。それどころかゴブリンがさらに集まって2人を囲う。その姿は大きく巨大化し、ゆうに2メートルを超えていた。
「なん、なんですかこれは?!」
ゴブリンの目はトロンと溶けており、口元はだらしなくあいてよだれが垂れている。
ゴブリンはこん棒を持っているのが基本だ。しかし目の前のゴブリンたちは誰もこん棒を持っていない。
「何を……何をされるんだ――!!」
悲痛な声が空へむなしく響く。
◇
短編・恋愛・ざまぁを書いたことがなかったので一人語り視点で書いてみました。
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