「第一話」新たなる革命
夜警中に呼び出された場所に赴くと、そこにはやけに流れの早い川があった。
ゆらり、ゆらり、揺らめく蝋燭を見つめながら、近くの岩に座った友は言った。
「エトラン様。遅い時間にすみません」
「なんだよ急に畏まって。俺達の仲だろ?」
俺は向かい合わせになるよう反対側の岩に座り込む。我が戦友ピティエは、そんな俺を細目で見つめていた。
「それで、大事な話ってなんだ?」
「そう、ですね。少しお聞きしたいことがありまして……」
「待てピティエ。敬語はやめろって言っただろ? 俺達は上司と部下である前に、ガキのときからの親友なんだからさ」
暗闇の奥で、ピティエが何かを呟いた気がした。
だが、俺は敢えてこういう言い方をしたつもりだ。俺はこいつにこういう感情を向けられたくないし、向けられているという事実に対して黒い優越感を感じたくは無い。
「それで、話って?」
「……最近、出世話を蹴ったそうじゃないですか」
流石の俺も眉を顰めた。こいつ、あくまで敬語を崩さないつもりか。
「……俺は前線を離れるつもりはない」
「何故です? 出世すれば、金も名誉も女も思う存分手に入れられるじゃないですか」
「そんな下衆な理由で剣を振るってきたと思うか? 俺はな、この国を……民を守れる騎士になるために剣を握ったんだ」
そうですか。
しばらく、両者の間に沈黙が続いた。
「……ふ」
ピティエの口橋が、緩む。
「ふははははっ、ははははっ!」
「なっ、何がおかしい!?」
「いやぁ、思わず笑っちまってヨ。二年経っても、猫に小判だなーって思ったのサ!」
「……は?」
「なぁに、そんなに重く考えなくていいサ。単純に俺は、お前が馬鹿なお前のままで安心したのサ!」
「なんだよ、それ」
びっくりさせるなよ、と。俺は張り詰めていた自分に呆れ、思わず脱力した。
そうだ、そうだよな。こいつがそんな……そんなことのために俺を呼び出したわけが無いよな。
「まぁ、でも。副団長の座を蹴ったってのは勿体ないネ」
「ははっ、そうだな。他にいい後釜が見つかってくれると……いい、ん、だが」
温かい。鋭い。
そんな感触が、俺の鳩尾辺りに滑り込んでくる。
「ぴ、てぃえ……?」
「安心しナ、後釜なら俺がなってやるヨ」
引き抜かれ、吹き出す。激痛を感じてから数秒して、俺はようやく自分が刺されたのだと……そして、刺したのは自分の親友なんだということに気づいた。
「がふっ、ごふっ……う、うぅっ……?」
「お前のことは密告済みダ。その身が悪魔の力で永らえていることモ、お前が本当は人間ではないということモ」
血が止まらない。
吐き気が止まらない。
死ぬ。
こいつに、殺される。
「……なん、でぇ」
「なんで? そんなの、決まってるだロ」
胸ぐらを掴まれ、ずぃっ……と。鼻と鼻がくっつくぐらいの距離で、言われる。
「俺はずっと、ずぅっっっっト」
その涙を滴らせた形相は、怒りと憎しみに満ちていて。
「穢れた存在のお前が、嫌いだったんだヨ」
息がつまり、意識が揺らいできた。
俺は体全体に冷たさが叩きつけられていくのを感じ、自分が川に投げ捨てられたことを自覚する。
(……ピティエ)
笑っていた。
友だったはずの誰かが、外道として嗤っていた。
人間じゃなくてもいいと、心があれば通じあえると。
化け物としてではなく、生まれて初めて人間だと……誰かを守れる強い存在になれると手を差し伸べてくれた親友が!!
「ピティェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!!!」
嗤われ、俺は怒った。
何故なんだ、という理由ではなく。
殺してやる、という純粋な殺意の炎を抱きながら。
◇
目が覚めると、そこはベッドの上だった。
起き上がり、痛みを感じてから俺はひどく落胆した。ああ、昨日の悲劇は……この燃え上がるような殺意と怒りは、決して悪夢などではなかったのだと。
「……生きている」
見知らぬ家、包帯グルグル巻きの自分。
恐らく俺は誰かに助けられたのであろう。看病の痕跡が見えることから、きっとそうに違いない。──ありがたい。おかげで俺は、あいつを殺しに行ける。
「……っぅ」
起き上がろうとして、俺はさらなる激痛に苛まれた。ああ、あれもこれも全部あいつから受けた傷だ……痛い、苦しい。
「倍返しにしてやる……」
「あらあら、折角助けてあげたのにもう死のうとしてるのね」
誰だ!? 声を張り上げた先には、いつの間にか女が立っていた。
年若く、少女のような顔立ち……ん? ちょっと待て、こいつ、いいやこの方は……!
「──ギャルム姫様!?」
「そうよ、無礼なやつね」
思わず平伏した。
そんな、何故こんなところにこの国の第一王女が……しかもなんだ、あの貧相な装いは!? そもそもここはどこなんだ!?
昨日といい今日といい、もう訳が分からない……俺は困惑する頭を抑えながら、改めて謝罪することにした。
「……申し訳ございません。どうか、お許しを」
「いいのよ別に。私、もうこの国の王女じゃないし」
「なにを、仰っているのでですか?」
「まぁまずはこれを見なさいな」
ギャルム様はそう言って、俺が寝ているベッドの上になにかを投げてきた。それは、新聞だった……なんと、ピティエの顔写真が大々的に載せられている新聞だ!
「……ピティエ」
「破かないでよ? まずは内容を読みなさい」
「しかし、私は」
「『魔女に肩入れし、王へのクーデターを企てた愚かな騎士を全員処刑』」
姫の仰ったことの意味がわからず、しかし自然と俺は表紙を見つめ始めていた。……同じことが、そっくりそのまま書いてあった。
「は、ははっ。ざまぁ見ろ! ははっ、はははっ! ざまぁ無いな! 当然の報いだくそったれ!」
「……」
姫のゴミを視るような目に遠慮などせず、俺は存分に怒りと恨みを吐き散らした。本来ならば俺の手で殺すはずだったが、まぁこうなってしまえばもうどうでもいい。スッキリした。
……でも。
「なんで、クーデターなんか……」
「この国の現国王アルトスは魔物殲滅強行派。それを殺すためのクーデターの主犯はピティエと私。そしてそれに賛同した一部の心優しき騎士たちよ」
「はぁ……?」
この大事件はつい昨日のことだったようだ。即ち、俺がピティエに刺されたあの夜……ピティエは、死んでいたのか? クーデターをするにしても、俺を殺す必要はあったのか?
「待ってください、理解が追いつきません」
「あなた、私が魔女であることは知っているでしょう?」
国を揺るがす発言が、自らを魔女だと……穢らわしい存在だと認める発言が、出てきた。
魔女。
それは生まれながらに呪われ、魔法と呼ばれる穢れた奇跡を起こす存在……とされている人間たち。──俺と同類の、要らない存在。
「どうしてピティエはクーデターなんかに手を貸したと思う?」
「……分かりません」
「あなたを守るためよ」
「は?」
意味が分からない。
「ホント腹立つわよね。全ての魔女や悪魔との混血を救うとか言っておきながら、本心はたった一人のお友達を守るための戦いなんですもの……あーあ、私もまんまと利用されちゃったわよ。結局全部失敗に終わっちゃったけど」
「……私が昨日、刺されたのは……?」
「気づいてなかったのかも知れないけど、あなたの招待を嗅ぎつけた一部の騎士たちがあなたを暗殺しようとしてたのよ。それを知ったピティエはあんたを呼び出して、川に流すことで助けようとした。──だから今のあなたは、ここにいる」
ああ、そうか。
あの時、お前は俺を殺したことが嬉しくて泣いてたんじゃなくて。
「……馬鹿野郎」
くそったれ、と。
俺は、自分の顔面を殴り飛ばした。
どうして、どうして……ほんの僅かな間であっても、俺はあいつを疑ってしまったのか。
なぜ、あんなにも彼の死を笑い、喜べたのか。
「……姫様」
「ええ、言わなくても分かるわ。だから先に言っといてあげる」
姫はそう言って、ベッドの上で涙を滴らせる俺を指さした。
「騎士エトランに命ずる。私と共に誇り高き平等の騎士ピティエの仇を、そして人間と我々魔物の血を引く存在との間を、絆を引き裂く邪悪を打ち倒せ!」
「──はっ!」
俺は深く、深く頭を下げた。
(……見てろよ、ピティエ)
そして、心の中で誓った。
(俺が必ず、お前の仇を取ってやる……!)
さて、これは意味を成さない復讐に非ず。
この国の未来を、人間が歩むべき道を。
その手で切り開く為の大義ある、大いなる革命の物語である。
ざまぁ系です
誰がなんと言おうとざまぁ系です
↓どっちかというとこっちのほうが面白いと思います(マジで)
https://ncode.syosetu.com/n6936jm/