1「与える」
そんな感じかな・・・
そう言った青髪の少女・・・
彼女はイヤーマフを押さえながら、目を細めた。
リビングに差し込む光が、睫毛をキラキラと輝かせる。
俺はそんな彼女を見た。
記憶・・・
結喜の記憶・・・癒怒の記憶・・・哀歌の記憶・・・楽の記憶をつなぎ合わせ、ゆっくりと目を閉じる。
靄がかかったような記憶が徐々に鮮明になっていく。
あぁ、そんなこともあったなと・・・
こんなことがあったんだと・・・
現実を押し付け、妄想を引きずり出すように記憶が整っていく。
よく、パズルのピースがはまる感覚なんて言うが、そんなことはない。
色褪せた記憶に・・・音声のない映像に色を足し、声が付け足されていく・・・そんな感じだ。
それが一コマ一コマ丁寧に作り出される。
鮮明になっていく記憶と共に、ひどい頭痛が襲い来る。
それは小さな穴に手を入れ、中身を無理矢理引きずり出す感覚に似ていた。
激痛に耐え兼ね、俺は床に膝をついた。
「ここ兄ぃ・・・!!」
結喜が発したその言葉・・・
彼女は直後に、動き出そうとした。
それを制止し何とか痛みに耐える。
これは試練だ。
代償だ。
記憶を失くしたことの代償・・・
記憶を取り戻すための試練・・・
ここで誰かの手を借りてしまえば、もう戻らない気がした。
「俺は大丈夫だ」
「でも・・・!!」
俺の言葉にそう話す結喜を止めるように、熊懐が声を上げる。
「結喜ちゃん!!」
熊懐のその声に、結喜は驚き、動きを止めた。
「心を・・・お兄ちゃんを信じて・・・」
熊懐の言葉に、結喜はすこし悩んだ後、眉を歪めながら我慢するように腰をソファに下ろした。
「大丈夫?心」
熊懐が俺の顔を覗きながらそう話す。
その声に、俺は片目を開け・・・彼女を見た。
桜色の髪の色と、桜色の瞳が心配そうに俺を見つめていた。
「大丈夫・・・すぐに収まる」
俺はそう言いながら、自身の胸に手を置き、呼吸を整える。
精神を落ち着かせるように深呼吸をすると、じんわりと痛みが消えていった。
「・・・あぁ・・・」
ため息を漏らし、俺は熊懐を見て眉を上げる。
その姿を見た彼女は安心し、安堵の息を漏らす。
「・・・大丈夫?」
結喜の声がリビングに響く。
その言葉に、俺はゆっくりと立ち上がり、結喜に視線を向けた。
「あぁ・・・思い出した」
思い出した。
全部、全部思い出した。
何があったのか、何をしていたのか。
全部思い出した。
それは代償だったが・・・経験であり、成功を表す鍵となる。
記憶が無かったことで不便もあった・・・俺は今・・・過去の自分と混ざり合ったのだ。
これでやっと、前に進める。
たった数ヶ月・・・
十二月下旬・・・
数年にも感じる長い時間が今終わりを告げたのだ。
そして、また新しい道が幕を開ける。
ここからは数ある俺が、彼女たちを助ける番だ。
これからは、失われたもの、手に入るはずだった何かを求め、それを探しながら生きていくことにしよう。
そう心に決め、彼女たちを見つめた。
「おかえり、ここ兄ぃ」
結喜は確かにそう話した。
彼女が見せた笑顔は、俺の記憶にある、懐かしい記憶と重なった。