3「求める」
暗い水族館の中・・・
私は一人で歩いている。
ほかにもいる一般客の声が反響し、私の耳に溶け込む。
展示された生き物を見ながら楽しそうに話す家族を見て、胸がキュッと苦しくなる。
私は普通では無いから、家族と話すことは多くはない。
家族の声は基本大丈夫なのだが、私の精神状態で大きく左右される。
それの判断は私にもできず、話した日が偶然ストレスの溜まる日でした・・・
なんてこともある。
それは日に日に多くなり、いつからか家族との会話も減っていった。
身勝手だが、誰にも迷惑をかけたくない。
そう感じれば感じるほど、ストレスになる。
だが、その考えを変えることはできなかった。
だから、距離を置いた。
人から、世界から。
嫌いなものは嫌いでいい・・・それでいたら、誰とも話さなくても済む。
誰とも話さない生活は・・・確かに誰にも迷惑はかけなかった。
だが、誰とも話さないというのは、独りぼっちになる第一歩だった。
孤独・・・
それと戦う日々が続く。
そうすると何が起きると思う?
聴覚がさらに激しく発達したような気がした。
周囲が騒がしくても、心音が耳に刺さる。
焦りが、顕著に表れる。
誰も傷つけないということは、自身がしたい何かを諦めると・・・そういうことだった。
それに気が付いたころには、もう、誰かを求めるのはできなくなっていた。
それでも、やはり、関わらなくてはいけない場面ってのは現れる。
そんな場面に遭遇した時、私はうつむき、だんまりを決め込む。
不快にさせることはあっても、それがおそらく、争いが少なく、迷惑にはならない。
距離を置くことが、正義だと・・・私はそう信じていた。
「見つけた・・・」
視界の外からそんな声が聞こえる。
私は目の前の暗い水槽から視線を外し、声の主を見つめる。
「・・・なんで」
私はそう呟く。
それはきっと、目の前の青年・・・鳴海 心には聞こえていない。
息を切らして、心は私を見つめる。
「みんな待ってる・・・帰ろう」
心はそう話した。
「・・・みんな・・・みんな・・・ね」
私は気が付いたらそう話していた。
その言葉に、彼は首を傾げた。
「あなたは?」
ひっこめられない。
言いたくないことまで・・・言ってはいけないことまで話してしまいそうだ。
気持ちの制御ができない。
「みんな待ってる・・・あなたは待ってないの?」
私の声に、彼はゆっくりと私に近づく。
「俺も待ってる。心配してる・・・」
「嘘ばかり」
彼が放った言葉を、私はすぐに否定する。
普通だったら嫌われ者だ。
こんなやつ、関わりたくもないだろう。
私なら・・・逆の立場なら、じゃぁもういいやと・・・離れてしまうと思う。
でも、きっと彼はそれを言わない。
私の耳が・・・心が・・・そう言っている。
「嘘じゃない」
「あなたからは何も感じない・・」
私がそう話すと、心は眉を歪めた。
そして、手に持った館内マップが皺になるまで、拳を握りしめていた。
「真似をしているだけ・・・」
その言葉には、彼は何も返さなかった。
心はきっと・・・自分の状態に気が付いているはずだ。
でも、それをうまく隠している。
それは、彼なりの思うところが合って、私とおなじ・・・誰にも迷惑をかけられないと・・・
失敗を恐れ、孤独を恐れ、自身の存在を恐れている・・・
「俺に・・・感情がないって言いたいのか?」
心はそう話した。
その言葉に、私は心を睨む。
彼はきっと・・・真似をし続けたことで、本当を見失っている。
感情がない人間なんて存在しない・・・存在しないはずなんだ。
真似ができるってことは・・・もとは持っていた・・・それを完全に消し去るのは、世界を創造するよりきっと難しい。
「何を考えているかわからないの」
そう話すと、心は首を傾げた。
「何言って・・・」
「心配なんてしてない。周りがそうしているから・・・あなたもそうしているだけ・・・」
私の言葉に、彼の表情は険しくなる。
その反応に、私はため息を漏らし、歩き出した。
「どこにいくんだ」
背後から聞こえた心の声に、私は振り向き、答える。
「みんなのところに戻るんでしょ?」
そう言って、先に歩みを進める。
心は後ろからゆっくりとついて来た。
戻るまでの間・・・
彼との会話は一切ない。
そうして、別れたペンギンのエリアへと歩いた。
「鳴海!!」
私たちの姿が見えると、赤髪の青年・・・天見がこちらに叫んだ。
心は天見に呼ばれ、少しだけ口角を上げた。
「無事見つけたんだな」
「まぁな」
天見の言葉に、心はそう答える。
その表情はどこか嬉しそうで・・・安心していたようだった。
その時に気が付く。
誰とも関わらないことで、迷惑をかける場合もあると・・・
他人を守るためだと、自身が行ったことを正当化して、自身を守っていた。
気が付いた・・・?違う、わかっていた。初めからわかっていたのだ。
それに目を向けず、知らないふりをしていた。
それを今・・・はっきりと真正面から受け入れられた気がした。
「ごめんなさい」
私はそう呟く。
この呟きは、全員に届いていた。
彼らは、たった一人を除いて、心配の言葉を・・・優しい言葉をかけてくれた。
「・・・何も言わないの?」
ずっと何も言わない心に、私はそう話す。
その言葉を聞いて、心は少し考えた。・・・そして・・・
「そういうときもある・・・気にするな」
心の言葉だった。
何も詰まっていない言葉・・・それなのに、どこまでも深く偽りのない言葉だった。
小さなその言葉に、救われた気がした。
そんな時、風が吹く。
柔らかく、優しい風だ。
少し目を閉じ・・・ゆっくりと目を開ける。
そうして、先を歩く彼の背中を見つめる。
心の中がスッと軽くなり、世界が静かになる。
初めて・・・人生で初めて、静かな世界を見た。
小さな希望・・・光・・・
私はそれに向かって小さな一歩を踏み出す。
私は・・・このひとが・・・