3「視る」
楽しく話してる声を聴きながら、私は目の前に広がる情景をイメージする。
イメージ・・・
私は目が見えない・・・
もちろん完全に見えないわけではない、光の加減程度であれば見えている。
こんな状態で目が見えるとは言えないが・・・
簡単に言えば常に目を瞑っている状態を想像してもらえればわかりやすいと思う。
そんなことを考えながら私はフッと鼻を鳴らす。
「どうしたの、哀ちゃん?」
私が一人で笑ったことに対して、結喜がそう話す。
おそらくこっちを見ているはず。
「なんでもないよ」
私はそう考えながら、先ほどまでの説明口調の思考を思い出す。
まったく・・・私は誰に説明をしているのだろう・・・
そんなことを考えながらアイスのカップを手に取る。
ここ兄ぃ・・・結喜と共にいた心が私に手渡してくれていた。
「ありがとうございます」
そう言って私はカップに刺さっているスプーンを探し出し、それを口に運ぶ。
冷たい感覚が口に広がり、甘さが体にしみわたる。
「目が見えなくても何かを食べられるって不思議だよな」
私がアイスを食べてるのを見て、青年がそう話した。
その言葉を聞いて少し考える。
考えたこともなかった。
こればっかりは感覚的な問題で、目を瞑っても口に運ぶことは誰でもできるはずだ・・・
だからこそ、気にしたことなどなかった。
「そうですね」
でも、私はその言葉に対して、少しの抵抗を覚えてしまった。
彼の何気ない一言・・・
もちろん悪気はないし、彼はそんなつもりで行ったのではないと、頭ではしっかりと理解している。
だが、考えてしまう。
お前は普通とは違うと、そう言われているのではないかと勘違いしてしまう。
私は目が見えない・・・過去にはいろいろなことを経験した。
イジメなど、呼吸をするより多く、長かった気さえしてしまう。
それを繰り返す度に、何も見えていないのに、世界の汚いところだけを視ているような気がしてならなかった。
小学生と言うのは自分の心に正直だった。
好きは好き、嫌いは嫌い・・・
興味があるものは取り合いになるし、喧嘩することだってあっただろう・・・
私に向けられた視線は『可愛い』とは程遠いものだった。
大人はみんなこう言う・・・
子供の喧嘩だからと・・・子供が行ったことだからと。
責任の所在は不明で、いつか溶けてなくなる悪意・・・
いや・・・何も理解していない・・・口から無意識にこぼれた言葉を悪意と呼んでいいのかはわからない。
唯一の救いは・・・家族だけは私の味方でいてくれたことだ。
普通でない私を、普通に扱ってくれた家族だ。
だが、普通に接したからと言って、普通じゃないことが覆るわけじゃない。
見えない・・・いや・・・布を被せて見えなくしているだけのような気がしていた。
だが、無邪気なそれは、簡単には止まらない。
主観でしか善悪の区別をつけられない子供は、笑顔で他人を傷つける。
それの標的となるのは、いつだって弱い人間だ。
こういう人も居るだろう・・・
反撃すればいいじゃないか・・・
私には反撃はできないし、基本彼らは反撃ができない人間を無意識的に選ぶ。
それに、善悪の区別がつかないなら、反撃をしたとしても、自分たちがやったことを棚に上げて殴られたと言って終わり、状況の変化は見込めない。
子供の社会とはそういうものなのだ。
だが、親だけは、やはり味方だった。
そして、さっき感じた感情。
この二人といれば普通になれたような感情・・・それは完全に間違いだったのか・・・私は、私自身が巡らせた過去の思考に落胆する。
「大丈夫か?」
考え事をしていた私に、青年が声をかける。
その声に、私はすぐに反応した。
「大丈夫です」
しっかりとそう答えた。
間髪入れずに答えた方が信憑性はある。
だが、彼は違った。
「その大丈夫の言い方は、大丈夫じゃない人間の言い方だ」
彼はそう言ってカップをテーブルに置く。
コトッと軽い音が響き、テーブルに小さな振動が伝う。
「そんな風に聞こえましたか?」
私はそう話す。
「あぁ、そんな風に聞こえた。何かをあざ笑っているような声だった。哀歌ちゃんが言った大丈夫には、諦めの気持ちが含まれていた」
心が話すその言葉に、私は驚く。
バレている。
言ったからと言って理解される訳がないと、そう決めつけて諦めていたことが彼には分かっている。
どこまで・・・心を読まれているのか・・・
少しばかり怖くなった自分と、この人ならと少し期待をした自分が交差する。
悪意に触れ、一度は嫌った関係を・・・また見てみたいと思った自分がいることに驚いた。
小さくため息を漏らす。
心臓は高く鳴り響き、渦のような感情が思考を支配する。
信じてもいいかもしれない・・・
結喜と言う普通ではない子も近くにいる。
きっと・・・扱いには長けているはずだ。
任せてみても・・・
私はそう考えながらアイスを口に運ぶ。
甘さが広がり、頭の中がスッと冴えていく。
この人なら・・・
私は可能性を見つけたのかもしれない・・・