1「感じる」
風が心地いい・・・
太陽の光が瞼を通り抜け、真っ暗だった視界に、うっすらと光が差し込む。
目は開いている、感覚もある。
でも、見ることは叶わない・・・
夏の暑さが照り付け、身体を焼く。
杖で地面を叩く、音と共に一歩ずつ、確かに進んでいることはわかっていた。
杖の先端が地面のくぼみに引っ掛かるなら道を変えればいい。
「あれ?哀ちゃん?」
そんな声に、私は顔を上げた。
私の名前は鳳山 哀歌。
鳳をとり・・・と読むことはないから、かなり珍しい苗字なのではないだろうか。
聞き覚えのある声に、私は顔を上げる。
最も、顔を上げたからと言って、その正体を確かめられるわけではない。
「結喜さん?」
記憶の中から合致する声を探し、やっと見つけた名前を絞り出すように話す。
「何してるの?」
結喜の声が続く。
名前の訂正がないということは、きっとあっている。
私は胸をなでおろし、彼女の質問に答えた。
「近くのショッピングモールに行こうかと思って、散歩しています」
「目が見えないのに、大変だね・・・」
「もう慣れたよ」
私は少し笑いながらそう答える。
そう、もう慣れてしまった。
こんな生活を続けていればすぐになれる。
「誰?」
そんな時、男性の低い声が聞こえた。
私はその言葉に、驚いた。
まさかデート中に遭遇してしまうとは・・・
かなり早い時間な気がするけど、今のカップルはそんな物なのだろうか?
それとも、私の時間の感覚がおかしいのか・・・
「ごめんなさい!!結喜さん!!男性と一緒だったなんて!!」
そう言って私は速足で歩きだす。
何歩か歩いたところで杖の先端が何かにあたるが、大きく踏み出した一歩を、私は止めることができなかった。
ゴン
鈍く低い音と共に走る痛み。
痛む頭を押さえながら、私はその場にしゃがみ込み、頭をさする。
「うぅぅ・・・痛いぃぃ」
そう言いながら悲しんでいると、背後から声が響く。
「・・・大丈夫か?」
また男性の声・・・知らない人に心配をかけてしまっている。
「大丈夫です!!」
私は立ち上がり、彼にそう話す。
「うぉ・・・そうか・・・」
彼は少し驚いた様子で、そう話し、唸っていた。
「これからショッピングモールに行くんだよな・・・?ひとりで行けるのか?」
彼はそう話すが、私はハッキリと話す。
「大丈夫です!!」
「これは大丈夫じゃない奴の大丈夫だな」
彼はそう話しながらため息を漏らす。
そんな時、結喜の声が響いた。
「電柱に頭ぶつけてたし、心配じゃない?ここ兄ぃ?」
そう話す結喜の言葉を聞いて、私は眉を歪める。
心配されるのは嬉しいが・・・迷惑をかけてしまうとなると・・・少しばかり身を引きたくなる。
「確かにな・・・でも・・・」
「ここ兄ぃ?」
「よーし行こうかぁ」
結喜の言葉に、ここ兄ぃと呼ばれた彼は元気な声で返事をする。
「いや、でもデート・・・」
私がそう言うと、結喜がうなる。
「え?私がここ兄ぃと?うぇー・・・」
「はい、俺お前嫌いー」
和気藹々とした雰囲気で話す彼らの声を聴いて、私は少しだけ心が救われた・・・
「まぁ、よかったら一緒に行くぞ。そっちが良かったらな」
ここ兄ぃと呼ばれた男性は、そう話す。
「ありがとうございます」
私はそう言って小さく頭を下げる。
「さて、どう行くかね。まっすぐ歩ける?」
彼は心配そうな声でそう話す。
「歩けますよ」
「でも、さっき電柱に頭打ったのは気になるよね」
私の言葉に、結喜がそう話す。
確かに、先ほどは頭を打ってしまったが、それは驚き、急いでいたからだ。
もうないと信じたい。
「・・・じゃあ腕につかまるか?俺も結喜の車椅子押してるから、少し歩きずらいかもだけど」
その声に私は少し考える。
歩きずらい・・・とは何のことだろうか・・・
車椅子があるからか・・・
私がつかまった結果そうなるのか・・・
それは迷惑ではないだろうか・・・
彼の善意だとしても、初対面の人間がそれに甘えてしまってもいいのだろうか・・・
私がそう思っていると、彼の声が響く。
「大丈夫か・・・?もちろん嫌だったら一人で歩いてもいいんだぞ?」
彼は優しくそう話す。
あぁ、この人は私の心をわかっている。
何を考えているのかもきっとわかっているのだ・・・
初対面ではあるが・・・結喜の知り合い・・・
彼女の目があるし、この時だけは安心して任せられるだろう。
「お願いしていいですか?」
「おういいぞ」
そう言いなが私はゆっくりと手を伸ばす。
何も見えない・・・距離も分からない。
そんな時、私が伸ばした手に、もう一つの手が触れた。
「場所がわからないよな」
彼はそう話して、私の手を引く。
彼の腕に手を置き、絡ませる。
しっかりとしていて、温かい。
安心感があるとでもいうのだろうか・・・
「おし・・・じゃぁ動くぞ」
そう話して、私たちは同時に進みだす。
「ここ兄ぃアイス食べたい」
「まぁ・・・暑いしな・・・着いたら先にアイス食べるかぁ・・・」
そう話している彼らの言葉を聞きながら私は少しだけ腕に力を入れる。
「大丈夫か・・・」
彼が私にかけた言葉が・・・深く心にしみた。