6「語る」
ガーゼを滑車に置き、青年はため息を漏らす。
「すいません・・・」
「なんで謝る?何も悪いことはしてないだろ」
そんな彼の言葉に、私は彼の顔を見つめた。
「怒らないんですか?」
「なんで怒る必要がある?」
彼はハッキリとそう話した。
「貴方を巻き込んでしまいました」
「・・・?」
彼は私の話していることが理解できないといった風に首をかしげる。
「確かに巻き込まれたが、俺は迷惑に感じてない・・・だから悪いことじゃない。曖昧な部分は、結局人の主観でしか判断できないんだよ」
彼はそう話した。
太陽の光が差し込む保健室。
昼・・・彼の温かさが心にしみる。
「でも、うざくないですか?迷惑じゃないですか?」
私がそう話すと、青年は再度ため息を漏らし、私の目をまっすぐ見て口を開いた。
「迷惑だったら最初から首を突っ込んでない」
「そう・・・ですね」
少しの沈黙が流れ、彼が話始める。
「まだ血がついてるな・・・」
「ブレザー脱ぎますので、お願いしていいですか?」
青年の言葉に、そう返した私。
でも、その言葉を青年は理解できていない様子だった。
「・・・?自分で拭かないの?」
「すいません・・・いつもの癖で・・・」
そう話すと、彼は私の顔と、ガーゼを交互に見つめる。
「猫凪って、もしかしてお嬢様?」
その言葉に、私は首をかしげる。
確かに一般家庭と比べると裕福かもしれないが、お嬢様・・・と言われるとそういう階級の人から見たら貧乏に映るかもしれない。
「なるほどなぁ・・・お前がいじめられる理由が何となくわかったわ」
青年から発せられたその言葉に、私は歯を食いしばり、眉を歪める。
だが、知り立った。
私がなぜこんなつらい目に遭っているのか・・・
「それは・・・なんですか?」
必死に絞り出したその声は、細く、弱いものだった。
そんな私を見て、青年はため息を漏らし、両手の指を絡ませる。
そして、小さく息を吐いてから話を進めた。
「簡単に言えば猫凪の事が羨ましいんだ」
「・・・羨ましい・・・」
私は、その言葉の意味を理解できない。
首をかしげていると、彼は小さく「まぁそうだよな」とつぶやいた。
「羨ましくて妬ましい・・・勝てる物なんかない・・・だからイジメるんだ」
「・・・そんな勝手な理由で・・・」
私の中に少しの怒りが芽生えたが、それもスッと冷めていく。
「イジメってのは基本身勝手な理由だ」
そう言いながら彼は立ち上がる。
「・・・どうしましたか?」
「行くぞ、職員室。まだ終わってない」
その言葉に、私はついていき、彼と共に教師に話す。
だが、教師から漏れたのは子供の喧嘩だからと、そんな言葉や、ため息だった。
それに対して、誰でもわかってしまうくらい青年は声を荒げる。
もう教師を殴ってしまうんじゃないかと思う剣幕だった。
でも、それと同時に違和感も感じていた。
この青年は・・・おそらく何かが足りない。
理屈的で、合理的だ。
話し方は経験か・・・実例をもとに推測を織り交ぜて話している・・・
だからこそ・・・違和感がある。
普通の人にはあって、この人には無いもの・・・感情論で話をしないのだ。
私は、一言一句を考えながら話す彼を見つめ、少し不気味に感じていた。
「ありがとうございます」
職員室を出て、扉を閉める青年に声をかける。
「まだ終わってないけどな。これで事態が収束すればいいけど・・・」
そう彼・・・いや鳴海 心はつぶやいた。
「これで何か変わるでしょうか?」
「どうだろうな・・・あとは学校と、猫凪次第だ」
「私?」
心の言葉に、私は少しうつむき、彼の言葉を飲み込む。
「わかりました。やってみます」
「無理はするな。俺も首を突っ込んだんだ。最後まで付き合う」
「最後まで・・・とはどのくらいでしょうか?」
先に歩き出し、小さな足音を鳴らす彼の背中に問いかける。
私の言葉に、彼はゆっくりと振り返り、自然ではない笑顔を見せた。
「全部だよ」
その言葉は今の私には深く刺さり、心の奥まで落ち、溢れた。
廊下に滴る一滴の透明な雫。
彼の存在が、長く暗い人生だった私を・・・たった一日で引っ張り上げたことを彼は知らないだろう・・・
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「と言った感じですかね・・・」
「そんなんだっけ?」
私の言葉に、心が首をかしげる
「そんなんも、こんなんも、鳴海さんは今記憶が無いじゃないですか」
「確かに」
私の言葉に心は手を上げながら笑った。
「でも、なんか懐かしい気がする」
心は確かにそう話した。
「懐かしいというか、過去を語っているだけですからね・・・まあ・・・数か月前の話なんで、そんなに古い話でもないんですけどね」
心の言葉に私がそう答えると、心は何とも言えない表情になる。
まるで、正論ぶつけないでと言っているような顔だ。
まずいものを食べたコウモリみたいな顔だろうか。
コウモリあまり見たことないけど・・・
「心にも心はあるなんてねぇ?」
「・・・」
結喜が話したその言葉に、部屋全体が静まり返る。
「・・・ち・・・」
「おもろいよ!!いまの!!」
結喜にそう返したのは柳牛だった。
やめてあげてほしい・・・
心さらに抉られる・・・!!
「でも・・・」
少しガヤガヤとした部屋に、透き通るように心の声が響く。
「そうだ・・・少しだけ、輪郭が見えてきた気がする。記憶は近い・・・」
「そんな簡単に治る物なの?」
心の言葉に結喜がそう話す。
だが、心はハッキリと答えた。
「この世界はクソだからな。正解は無いのに不正解は存在する環境もあれば、逆もしかりだ。俺の治療に使う手法は俺たちに委ねられた。成功すれば正解、失敗すれば不正解のクソギャンブルだ、他人の人生もかかってる以上、パチンコとか競馬よりタチが悪い。でも、これでいい・・・これがおそらく、今できる最善なんだ」
「・・・なるほど」
心は腕を組み、哀歌を見つめる。
そうして口を開く。
「哀歌」
「・・・はい!?」
心が名前を呼ぶ、盲目の彼女はその声に驚いて体を震わせる。
「あぁ、悪い悪い。次、頼んでいいか?」
「・・・あ、私の話ですね・・・!!でも・・・私の記憶は背景が存在しません、表情も分からなければ、動きも分からない・・・だから、あまり意味無いかと・・・」
「そんなことない、大事なピースだ」
心の言葉に、彼女は少し嬉しそうに笑みを浮かべる。
「わかりました・・・では・・・」
哀歌がそう話し、深呼吸をする。
記憶は戻るだろうか・・・
戻れば、感情はどうなるのか・・・身を投げたりしないだろうか・・・
強く生きてくれるだろうか・・・
心に何かあったとき、私はまた彼に寄り添えるだろうか・・
いろいろな気持ちを抱えながら、また過去に思いを馳せる。