2 「見えるもの」
自動ドアをくぐり、店内に入る。
「涼しいぃ・・・」
本日2回目の来店。本日2回目の結喜の言葉に、俺は天井のライトを見つめて目を閉じる。
あぁ。俺のゲームが遠のいていく
「ありがとうございます」
俺の右腕にしがみつくように抱きついていた哀歌が礼を言った。
「いや、いいよ。人間歩かないと不健康になるしな」
「確かに。哀ちゃんがいなければ、ここ兄ぃは今頃ベッドの上でゴロゴロしながらゲームしてたよ」
結喜のその言葉に哀歌は苦笑いをする。
「おい、哀歌ちゃんが困ってるだろ。それに、ゲームは悪くないぞ、歴史を学べるものもあるし、難しい漢字や言い回しもある。 心も生き様も学べて、無意識のうちに国語の勉強だって出来る、いいコンテンツじゃないか」
「でも、現実と友情は学べないよ?」
結喜は俺の言葉に反論した。
「バッカやろう。ゲームは友情も愛情も学べるやつもあるぞ。後現実とかもしっかり学べる」
「学ぶ現実って何?」
「一番はアイテムやお金のロストだな。いくら頑張って稼いでも、集めても、死んだら全部意味のない物になるっていう現実だ」
「卑屈すぎるよ、ここ兄ぃ・・・」
目を細めながら結喜は俺を見つめる。
なんだろう、ひどく冷たい目だ。
完全に呆れている。
「ふふ・・・結喜さんとお兄さんは仲がいいんですね」
そんな話をしていると、哀歌が小さく笑い出した。
「まぁ、長いからな」
俺が返した短い返事に、結喜も賛同するようにうなづいた。
「長い・・・そうですか。少し羨ましいです」
哀歌は寂しそうな表情でそう呟いた。
「・・・と、取り敢えずアイスでも食べるか。点字のメニューとかないよな、よし結喜。メニュー表を音読してくれ」
「あいあい」
そう話して、フードコートにあるアイス屋に足を運ぶ。
「いらっしゃいませ!ご注文お決まりですか?」
女性店員の声が響く。
なんか、アイス屋って女性店員多いよなぁ。
いや、たまたまか?
俺がそんなことを考えてる横で、結喜は言われた通り哀歌にメニュー表を音読していた。
数分後、決まったらしい。
結喜はそれを俺に伝える。
「すいません」
「はい!」
俺が注文をするために店員を呼ぶと、彼女は元気な声で返事をした。
「えっと・・・カップのダブルを3つで・・・」
「はい! フレーバーはどうしますか?」
それから注文を伝え、終わらせた。
「少し待ってなきゃいけないから、先に席座ってろよ」
俺がそう話すと、はいよ!
と言いながら結喜は車椅子を操作し始めた。
哀歌の持っていた白状を結喜がもち、哀歌は車椅子のハンドルを握る。
亀も驚きのスローペースで結喜が車椅子を操り、哀歌がそれについていくような感じだ。
「・・・意外と危なかったな」
たまに出かける知り合いに言うような感じで、席に着いてと言ったが、配慮が足りなかった・・・
心の中で反省し、アイスを受け取る。
彼女たちは席に座ってアイスを待っていた。
「お待たせ」
「遅い!」
「あ、ありがとうございます!」
罵倒する結喜と、礼をする哀歌を見つめ、俺はため息を漏らす
「結喜、哀歌ちゃんくらいにいい人にならないと、お前は結婚できないぞ」
「結婚どころか友達もいないここ兄ぃには言われたくないけどね」
ほう?
こいつ殴っていいか?お?
心にほんの少しのモヤモヤを残しつつ、俺も席に座り、アイスにプラスチックスプーンを突き刺す。
「食べてどうぞって・・・そうか。哀歌ちゃん利き手どっち?」
そう聞くと、哀歌は驚いた様子で俺を見た。
いや、見たという表現は違うか、正確には声がした方に顔を向けたというのが正解だろう。
「あ、右です」
哀歌のその答えに頷き、俺はスプーンを右手に渡し、アイスのカップを左手に渡した。
「もし食べられないなら、食べさせるけど」
「い、いえ!大丈夫です!」
少し顔を赤らめた哀歌がそう言ってアイスを一口食べた。
・・・大丈夫そうだな
「てか、その髪とか、なんで白いの?」
俺は疑問をぶつける。
別に他意はない。ただシンプルに気になったのだ。
「日本人じゃ珍しいよね。あ、言いづらかったら言わなくていいから」
そう言いながら俺はアイスを口に運ぶ。
注文したレモンシャーベットの爽やかな酸味が鼻を抜け、気分を落ち着かせるような感じがした。
「私は日本生まれ日本育ちなんですけど、混血。クォーターなんです」
「あら、珍しい。ハーフは結構いるが、クォーターはなかなかいないもんな」
そういうと哀歌はうなづく。
「クォーター?何それ?」
話の腰を折るかのように突っ込んできたのは結喜だ、コイツは空気を考えないのか?
「何それ?水?」
「ちげぇーよ。人間の半分は水で出来てるとかいうが、それだと全身水になるだろ」
「何言ってんのここ兄ぃ」
結喜はまた呆れたような目で俺を見つめる。
もうコイツやだ!
心でそう思うが、口には出さない。
大人だからな、まぁ高校生だけど
「とにかく、ハーフとハーフの子って意味だよ多分な」
「ふーん・・・ハーフandハーフねぇ」
「ピザみたいに言うな」
そんな話をしていると、哀歌が吹き出す。
笑いを堪えられなかったのだろう。
肩を振るわせながら笑っている。だが、フードコートだからだろう、笑い声はしっかりと抑えていた。
「大丈夫か?」
「はい・・・面白くてつい・・・」
笑いながら途切れ途切れに哀歌は話す。
「それは良かった。こんなもんで笑えるならたくさん笑ってくれ」
そう話しながら俺はアイスを口に運ぶ。
「そうだ、結喜と仲がいいなら今度家に遊びに来なよ、哀歌ちゃんが良ければだけど」
「はい、是非行かせていただきます!」
何やら異様に元気な返事が帰ってきた。
やはり、あまり誘われないのだろうか。
「学校の帰りとかさ、暇だったら家によりな。心配なら迎えに行くし」
そう話すと、哀歌は嬉しそうな表情でうなづいた
「さて、食べ終わったし帰るか!」
そう言うと、結喜も哀歌も頷いた。
すっかり夕方になってしまい、夕日が差す帰路を歩く。
俺は哀歌の家を知らないが、結喜は知っていた。
どうやら近所らしい。
もちろん、俺たちの家から。
「哀歌ちゃん。そこ段差あるから気をつけてね」
「あ、はい。ありがとうございます」
俺の右腕を掴みながら哀歌はゆっくり歩く。
俺も結喜も歩幅を合わせて、ゆっくりと進んでいた。
「すいません・・・気を遣わせてしまって」
哀歌が突然そうつぶやいた。
気を遣う、この状況の事だろう。
俺は車椅子を押しながらも哀歌の歩幅に合わせなくてはいけない、正直。遅い。
10分で歩けるような道も、20、30分とかかってしまう。
だから、彼女は謝罪したのだろう
「別にいいよ。それに、気を遣わせたと感じるなら、謝罪じゃなくて礼を言うべきだ」
俺はそう呟いた。
「そうですよね、ありがとうございます!」
哀歌が少し笑った。
「それに気は遣うだろ」
そう話すと、俺の右腕を掴んでいる哀歌の手に力がはいる。
「でも、それは哀歌ちゃんが目が見えないからじゃないぞ。 誰にだってそうする。 街を歩いてる時、誰かにぶつからないようにする。からあげにレモンかける前に声かけるとか、居酒屋に言って取り敢えず全員生!って言うのをやめてみるとか、俺は未成年だから酒飲まないけど。 みんな気を遣ってる。 だから、別に哀歌ちゃんだからとかじゃないよ」
俺がそう話すと、哀歌の手の力が少し弱まった。
「ですが、迷惑ではないですか?」
「人間なんて生きてるだけで迷惑だろ。自分勝手に森林伐採するし、自分の意見を尊重しろとか言うくせして他人の意見は尊重しないし。 自身の忖度でしか物事を判断できない人間だっているし、誰かが迷惑というか、人間が迷惑だよ」
そう話すと、哀歌は少し笑った。
「ふふ・・・その考え方はなんというか、捻くれてますね」
彼女はそう呟く。
だが、すこし楽しそうだった。
「違うな。現実的と言ってくれ」
「では、現実的と言います。現実的で、お兄さんは優しい心を持っていると、そう覚えておきます」
哀歌はそう呟く。
あれ? そんな話だっけ?
まぁいいか。
「私は目が見えませんから、話して、心に触れることで他者との関係を保ちます。 現実的な思考な方ほど、私のような人間とはあまり関わりません」
「時間の無駄ってやつか?よく言うよな、時間の無駄って、そんなことは無いけどな」
俺がそう話すと、哀歌はうなづき、結喜が俺を見上げる。
「ここ兄ぃ。デリカシーってものが欠落してるね。言い方ないの?」
「今更隠しても仕方ないだろ。 死んだら無駄だが生きてる内の交流は大事だ。自身と違う人間について知ることは世間に対する視野を広められる。それは、思考的、精神的、身体的。なんでも当てはまる、自身との違いを理解することで、見つけられる理想もあるだろう、俺はそれを信じたい」
「ん?なんか話脱線してない?」
結喜がそう呟いた。
あれ、脱線してるかな・・・
クソ、自分でも何を言ってるか分からなくなってきた。
「まぁあれだ。人を大事に、それだけだな」
「うわぁ・・・熱弁した割に答え浅すぎでしょ」
結喜がため息を漏らしながらそう話した。
「はい、哀ちゃんの家着いた」
そう言って立ち止まったのは、綺麗な一軒家だった。
「いつのまに」
「まぁ歩いてはいたからね」
そう話していると、哀歌は腕から手を離し、玄関の前に行く。
「今日はありがとうございました。また近いうちによろしくお願いします」
哀歌はそう言って頭を下げた。
「こちらこそ、結喜が世話になるかもしれんから、助けてやってくれ」
「はい、任せてください!」
俺の申し出に哀歌は笑顔で返事をした。
そしてくるりと回り、ドアノブに手をかけようとした瞬間に哀歌は止まる。
「どうした?」
声をかけると、哀歌は振り返り、俺に顔を向けた
「お兄さん。一つお願いしてもいいですか?」
「んー出来ることならな」
そういうと、哀歌は少し頬を赤らめ、何やら言い淀んでいる様子だ。
「あ、あの」
「なに?」
「名前で呼んでもいいですか! それと、哀歌って・・・呼んでほしいです・・・」
何やら恥ずかしかったのか徐々に声が小さくなっていく。
そんなことか・・・
「いいよ」
そう話すと、哀歌は小さくガッツポーズをした。
「では、おやすみなさい・・・こ、心・・・さん」
「はい、おやすみ。 哀歌」
そう話すと、恐ろしく早い速度で頭を下げて玄関の向こうに哀歌は姿を消す。
静かになった空間にドアが閉まる音が響いた。
「・・・すごい早かったな」
「ね。ここ兄ぃ・・・帰ろうー」
駄々をこねるように呟く結喜の意見にうなづき、俺たちは家を目指して歩き出した。