4「救われたい」
咳込む私を横目に、女子の一人が彼を見つめて話し始める。
「はぁ?言えば?盗撮でしょ、それ。逆に訴えるから」
女子の一人が煽るようにそう話す。
声色から状況を察しているが、私からは黒い粒子のせいで女子たちがどんな表情で会話をしているのかわからない。
青年は一瞬眉を歪めた後、小さく肩を震わせて笑い始めた。
「馬鹿だなぁ・・・」
青年が話したその言葉には怒気が多く含まれていて、この場の空気を一瞬で変えてしまう。
重く、苦しい・・・全身に重りが乗ったように・・・鋭い目、重い声色で話す彼に気おされるように女子たちは一歩下がる。
「知らないのか?証拠として納めた盗撮は盗撮として処理されないんだよ」
青年はそう話しながら不敵な笑みを浮かべる。
そのタイミングで、女子の一人が顔に手を近づけて話し始める。
顔のパーツが見えないから何とも言えないが、おそらく、口に手を当てているんだろう。
そうして、話し始めた。
「私知ってる。痴漢冤罪とか、暴力行為とか証拠になりえる物のために行った盗撮なら罪に問われないって聞いたことある・・・」
女子のその言葉で、空気がさらに重く一変する。
犯罪の認識・・・
イジメ・・・なんてたった三文字でくくられているが、実際は犯罪行為の詰め合わせだ。
私たち中学生はそんなことを調べたりはしない・・・自分が行った・・・みんながやっている行為が実は犯罪だったなんて調べたりはしない。
だから、この作戦は・・・彼の策略は簡単にはまる。
実際・・・証拠が収められている記憶なら盗撮にはならないいだろう。
でも、確実じゃない・・・日本という国はイジメに対して寛容・・・黙認・・・見て見ぬふりが鉄則だ。
そんな世界で、その御託が通用するかはわからない。
彼自身にもかなりのリスクがあるはずなのだ・・・
「そうだよ、よく知ってんじゃん。どうする?まだやる?今やめるなら許してやってもいいけど」
彼はそう話した。
許してやってもいい・・・
なぜ彼が決めるのだろう・・・被害者は私だ・・・彼女たちの罪の許しは私に問うべきではないのか・・・
安心感と共に、疑問が生まれ、彼に対しての疑いが少しばかり芽生える。
女子たちは少し考えた後、舌打ちをして走り出した。
彼の横を抜け、姿を消す。
逃げたのだ・・・これで、終わりではない・・・
彼は振り返って彼女たちの姿が消えたのを確認してからゆっくりと歩き出し、私の前に立った。
私は少しの恐怖で身を小さくする。
あぁ・・・やっぱり私は弱い・・・
「大丈夫か?」
彼の言葉に、私はゆっくりと顔を上げて彼を見つめる。
先ほどとは大きく違う・・・優しい声に優しい表情・・・
でも、なんで逃がしたのだろうか・・・彼なら・・・もしかしたら終わらせられたかもしれない。
「どうして・・・」
私が漏らしたその言葉に、彼は少し眉を歪めて、話す。
「どうしてもこうしても、理由もない。ただ気になっただけだ。立てるか?」
そう言いながら彼は手を伸ばしてきた。
「触らないで!!」
その行動に思わず叫んでしまう。
彼の手が止まり、彼の瞳は私を見つめる。
・・・解決には至らなかった・・・でも、感謝はすべきだ。
心では分かっていても、行動がそれに合わせてくれない。
それに黒い粒子・・・
触れてしまえば、きっとこの人の表情さえも分からなくなってしまう。
「・・・ごめんなさい・・・・。でも大丈夫ですから。私に触ると汚れる・・・」
私はそう言いながら自身の体を抱く。
そう話した後も、彼はゆっくりと手を伸ばしてきた。
「いや、俺は大丈夫」
「だめ!」
私はそう言ってさらに強く自身の体を抱く。
「この汚れは落ちないんです・・・お風呂に入っても・・・」
私は何を言っているんだろう。
この人には関係ないはずだ。
いくら親身になろうと・・・結局は他人だ、理解できるわけがない・・・理解するわけがない・・・わかっているのに、紡がれる言葉は止まってはくれなかった。
「皮膚がはがれて血が流れるまで擦っても落ちないんです。なのに、触れた物は全て汚れてしまう」
私の言葉に、彼は眉を歪め、鋭い目つきで私の全身を見る。
頭の先から、足の先までしっかりと見た。
理解できるわけがない・・・他人には見えていないのだから。
直後、彼が口を開いた。
「お前・・・何が見えてる?」
その言葉に私は少し驚いてしまう。
視認できない人間が、理解のない人間が、その言葉を発せるわけがないのだ。
私はその言葉に驚き、口が勝手に動いてしまう。
もしかしたら・・・なんて考えていたのかもしれない・・・
「私は・・・この世界に存在してはいけないんです。こんなに汚いのに・・・こんな世界に・・・」
その声はきっと震えていたかもしれない・・・
だが、そんな自虐的な言葉でさえ、彼は簡単にはじき返してしまう。
「だからなんだ。人間自体が汚いんだから、汚いものが汚いもの生み出したって別に普通だろ」
青年は軽くそう言ってため息を漏らす。
そう言いながら彼は私の腕を素早く、そして半ば強引につかんだ。
「っだめ・・・」
私は息を呑み、無意識的にそう話す。
あぁ・・・この人の顔も見えなくなってしまうのか・・・
「知らん・・・そんなとこにいる方が汚れる」
青年は私の腕を少し引っ張りながらそう話す。
彼は気が付いていない・・・やっぱり・・・この症状の理解など難しい・・・
私は彼を見つめ、最後の瞬間まで、顔が見えなくなる前に焼き付けておこうと彼を見つめるが、何も起きなかった。
その光景に、私は再度掴まれた腕を見つめる。
「なんだ。面白いことでも起きてるのか?」
そう話す彼と、掴まれた腕を交互に見つめる。
どうして・・・
この青年は例外なのか・・・
こんな経験初めてだ・・・わからない
「なんで、汚れが移らないの?」
この時、私はどんな表情をしていたのかわからない。
でも彼は、眉を歪めたりすることはなく、ただ、私に優しく笑いかけた。
それは小さな猫でも見つけたかのようだった