3「独りが好き」
女子トイレで顔を洗う。
手洗い場で顔を洗った後、鏡を見るとひどい顔をした私が映っていた。
「・・・笑える」
裕福な家庭・・・勉強も問題なかった。
幻覚が見えるという点を除けば、いい生活もはずだ。
その時ゆっくりと女子トイレの入り口の扉が開き、見知った顔が入ってくる。
「それでさー・・・」
数人で入ってきた女子たち。
彼女たちは私をみつけた途端にニヤリと笑い、歯を見せた。
「そうでした」
幻覚といじめられてるという点だけ除けばに訂正します。
「・・・クソ」
瞬間、頬に重い一撃が浴びせられる。
頭を押さえながら床に手を付き、彼女たちを睨む。
「なんだよその目」
そう話す彼女たちの表情は、見ていてあまり気分のいいものではなかった。
「別に・・・」
そう言うしかない。
大事にしてしまえば後が怖い・・・
両親に迷惑をかけるのが一番の問題だ・・・
イジメの範囲なんてたかが知れている、犯罪ではあるが。、明確な犯罪と呼ばれるものには手を出さない・・・
だから、簡単にやり過ごせる、耐えられる。
私は、女子トイレのタイルを見つめ、歯を食いしばる。
耐えれば・・・終わる。
直後、チャイムが鳴った。
「もう授業か・・・」
そう言いながら彼女たちは去っていった。
私はゆっくりと立ち上がり、手を洗う。
女子トイレの床に手をついてしまったからな・・・
鏡を見て、小さな傷なども確認しておく。
何かあったまま教室に戻れば、教師が心配するからだ。
「・・・小さな・・・痣みっけ」
私はそう呟いて、ポケットからコンシーラーを取り出し、痣の上から塗り重ね、指の腹で叩く。
小さな振動から発せられる大きな痛みに、少しばかり眉を歪めながら、痣を隠した。
「戻ろう」
そう言って女子トイレを出て、教室に戻る。
「猫凪さん。遅いですよ」
「すいません。腹痛でお手洗いに行っていました」
そう話すと、教師は小さなため息を漏らし、席に座るように促してくる。
その指示に従い、席に着く。
イジメっこのグループと目があい、すぐに逸らす。
私は小さくため息を漏らした。
それから時間が過ぎ、下校時間・・・
参観日ということもあり、短縮授業だ。早く帰れるのは学校嫌いな私からしてもありがたい。
カバンを持ち、玄関に足早に向かう。
「やっと帰れる」
そう呟いた瞬間、目の前には教室で見た彼らが居た。
「哀歌は見えないのによく靴を履けるよな」
「慣れですよ・・・」
黒髪の青年が銀髪の少女にそう話しかけ」、手を優しく引く。
羨ましい。
支える人が・・・支えてくれる人が周りに居たらどんなに救われるか・・・
去っていく彼らの背中を見つめ、深いため息を漏らしながら私は靴を履き替えて玄関を出る。
「早く帰って、勉強しよう・・・」
そう呟いて数歩。
砂を蹴りながら二人の女子が現れた。
「・・・なんですか?急いでいるんですけど」
「その態度気に入らない」
私の言葉に、一人がそう話す。
「貴方が気に入るかどうかは別問題です。態度というか、自分自身に屈しない人間がいることが気に入らないだけですよね?」
そう話した瞬間、彼女は私の腕を強くつかみ、引きずるように校舎裏の人気のない場所まで進む。
「調子に乗るなよ!!」
視界から外れた瞬間、腹部に重い衝撃が走る。
私は痛む腹を押さえ、うずくまった。
「・・・っ」
痛い・・・
苦しい。
この人は本当に女なのか疑いたくなるほど力が強い・・・
唾液を吐き出し、ゆっくりと彼女たちを見上げる。
「なんだよその目」
「軽蔑の目ですわ」
そう言った直後、頭部に強い衝撃を受け、すぐ後に腹部に蹴りをもらう。
私は再度うずくまり、声にならない声を漏らした。
「・・・・っあ」
呼吸ができない。
私が何をしたというのか・・・
瞬間、一人が視線を動かして叫んだ。
「誰!?」
その言葉に私は彼女が見ている方向に視線を動かすと、黒髪の青年がスマホを持ちながら立っていた。
「イジメなんてやめようぜ」
そう言いながら彼は彼女たちを鋭い目つきで睨む。
怖い・・・あれは・・・普通の人が出せるような雰囲気ではない。
辛い経験をして、何かを理解しているからこそ出せる目つきだ。
「そもそもコイツが!!」
女子の一人が私を指さしながらそう叫んだ。
そもそもコイツが・・・
私が一体何をしたのか。
普通に過ごして、当たり障りなく振舞ってきたはずだ。
何もしていない・・・この人たちが・・・彼女たちが嫌がることは何もしていない。
そんなことを考えていると、腹部に蹴りが一発撃ち込まれる。
痛みでうずくまり、衝撃で咳き込む。
「被害者面すんな!!」
そう話しながら女子の一人が私を睨んだ。
私は滴る唾液はそのままに、彼女を睨む。
被害者面・・・被害者でしょう・・・何もしていないのにこんな仕打ちを受けているんだから・・・
こんなことなら・・・全員との関係を断っておくんだった・・・
くだらない感情に巻き込まれて痛い目を見ることなんてわかっていたのに・・・
こんな・・・こんな・・・!!
瞬間、女子の一人がこぶしを振り上げる。
「ちょっと待った!!」
直後に響いた青年の声に、全員が固まる。
その声に吸い寄せられるように私は視線をそちらに向けると、青年はスマホを掲げていた。
「イジメの現場、さっきこっそり録画してあるから、それ以上するなら学校と警察に言うぞ」
そう言いながら彼はスマホを小さく揺らす。
独りならだれも巻き込まなかった・・・
赤の他人、第三者を巻き込んでしまった。
申し訳なさで心の中は満たされているのに・・・
少しだけ救われたような気分に浸っている自分に嫌気がさしてしまう。
それでも・・・嬉しかった。