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4「疑う」

 会話のないリビングに、テレビの音だけが響く。

 いつもは多少の会話がある空間がこんなにも静寂が包まれることはなかった。


 どうすればいいだろうか・・・

 なんて声をかけたらいいかもわからない。

 

 私が困っていると、母親が話し始める。


鳴海(なるみ)君は、普段お家では何してるの?」


 何気ないその問いに、心は顔を歪める。

 警戒・・・その二文字が頭によぎる。


 心は少し考えた後、口を開いた。


「普段はゲームしてます」


 そう話した。

 だが、表情は曇っている。

 なぜだろう・・・彼からは、楽しいという感情が感じられないように感じた。


 違和感・・・

 楽しいから、ゲームがしたいからしてるんじゃなく、()()()()()()しているような感じだ。

 それは妥協にも似た何かだった。


「あまりお勉強は得意じゃない?」


 続けて母親はそう話した。

 その言葉には、彼はあっさりと、そしてすんなりと答えて見せた。


「得意ではないですが、できます。点数も取れていますし、問題はないはずです。赤点も取ったことがありません」


 彼はそう話した。

 その言葉に母親は私を見る。


「・・・何?」


「最近のテストの点数は?」


 母親がにっこりと笑って話す。


「・・・さぁ・・・?知らないなぁ?」


結喜(ゆき)?」


 その光景を、心はただ見ていた。


「まぁ言いたくないってことはそう言うことなんでしょう」


 そう言いながら母親はため息を漏らす。

 なんだろう、なぜか釈然としない。

 もちろん母親の言うとおり、点数は決して良くない。だが、答えないからと言って点数が悪いとは限らいのではないだろうか・・・


 そう思うが、妙に納得してしまう部分もあり、私は何も言わなかった。


「鳴海君。できれば結喜に勉強を教えてあげてくれない?」


 母親は心にそう話した。


「ここ兄ぃ・・・嫌だったら断っていいんだよ?」


 私がそう話すと、心は持っていた箸をおき、母親をまっすぐ見て口を開いた。


「勉強ってそんなに必要ですか?」


 その言葉に母親は首をかしげる。


「必要よ・・必要最低限は」


 母親はそうハッキリ言った。

 直後に、心は私を見て、ため息を漏らす。


「・・・必要最低限もできてない状態なんですね・・・」


 これは驚いたと・・・というかあきれた様子で私を見つめる。


 そんな目で見ないでほしい・・・みじめになる。

 別に私は馬鹿じゃない。考えても分からないんだ。わからないもんはわからない、だからやっても意味がないではないか。


 私は自分の心にそう言い聞かせる。


「わかりました。時間がある時でいいなら」


「それでいいわ。ありがとう」


 母親が心にそう話すと、彼は少し驚いたような様子で私の母親を見つめ、視線をそらしてから優しく笑った。


 ただの会話では見せなかった表情・・・何が・・・


 この時の私は・・・なぜ笑ったのかわからなかった。


 それから、時間が経ち・・・・


「ごちそうさまでした。おいしかったです」


 心はそう話しながら手を合わせる。


「それはよかった。頑張った甲斐があったわ」


 母親のその言葉に心は少し笑う。

 警戒は完全には解けてはいないように見えるが、少し前と比べると見違えるほどだ。


「こんなに食べたのは久しぶりです」


 そう話した心に、母親が笑いかける。


「よかった。いつでも来てね」


「機会があればぜひ、またお邪魔します」


 そう言って立ち上がった。


「もう時間も遅いですし、ここで失礼します。ごちそうさまでした」


 心は頭を下げながらそう話した。


「いいのよ。結喜、送ってあげて」


 母親は私にそう指示を出す。


「いや、でも隣・・・」


「結喜・・・?送ってあげて?」


 母親の言葉に私は気おされ、無意識的に頷いてしまう。

 この鬼ババめ・・・いつか復習してやる。


 そう思いながら私は肩を落とし、心と共に玄関に向かう。


「お邪魔しました」


「はい、またいらっしゃい」


 頭を下げる心に、にっこりと笑いながら対応をする母親を見て私はため息を漏らす。


「いこ、ここ兄ぃ」


 そう言いながら私は玄関の扉を開けた。


 外へ出ると春の柔らかい風が頬を撫でる。

 夜だから少し肌寒い・・・


 心と歩いていると、すぐに家に着いた。

 一分もかかってないんじゃないだろうか・・・


「犬神・・・いや、結喜、今日はありがとな」


 そう話す心の言葉に、私は一瞬だけ心臓が強く脈打つ。

 少しだけ照れたのだろうか・・・わからない・・・でもドキドキするのはなんでだろう。


「こっちこそ。お母さんうるさくてごめんね」


「いいや、いいお母さんだと思うよ」


 私の言葉にそう返した心は優しい声色だった。


「じゃぁ、お休み」


「うん、お休みここ兄ぃ」


 私の言葉に小さく頷いて、心は玄関の扉を開ける。

 心の背中の陰から見えた廊下は闇・・・その先にある部屋も真っ暗だった。


 誰も、家にいないのかな・・・


 一人は寂しそうだな。

 私はそう思いながら自宅に歩く。


「大丈夫かな・・・」


 私の小さな呟きは、夜空に消えた。

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