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2「敏感に感じ取る」

 そうして月曜日。

 朝八時前、私は水色のランドセルを背負い、家を出る。

 

「行ってきます!」


 私はそう叫ぶ。

 直後、リビングから母が顔を覗かせてニッコリと満面の笑みを見せた。


「行ってらっしゃい!気をつけてよ!」


 そう言う母の言葉に頷き、私は玄関を開けた。

 眩しい日差しに私は目を細め、太陽に手をかざす。


「いい天気だ」


 そう言いながら一歩外に出ると、私の家とは違う場所から扉が閉まる音がする。

 その音に惹かれるように私が視線を向けると、そこにはこの間知り合った鳴海 心(なるみ こころ)の姿があった。


 確か、この時はまだ鳴海お兄ちゃんとか言っていた気がする。

 だから、この場でもそう呼ぼう。


「あ」


 私が力なく漏らしたそれに、心は私を見る。


「おはよう。クソみたいな天気だな」


 心はそう話しながら太陽を睨んだ。


「なんで?いい天気じゃん」


 私のタメ口に彼は少しムッとしたが、すぐに表情を戻し、ため息を漏らした。

 これは・・・許されたと言うべきなのだろうか。


「学ランは暑いんだよ。太陽の熱を吸収するからな」


 そう言いながら心は真っ黒な学ランの襟を掴み、心底嫌そうに牙を見せた。


「鳴海お兄ちゃんはわがままだね」


「わがまま・・・とは違うな。校則を否定してはいないし、指定された物を受け入れてる。ただ、文句が止まらないだけだ」


 それを聞いて、私は首を傾げる。

 我儘と、何が違うのだろう。


「そ、そうなんだ・・・」


 ああ言えばこう言う・・・と言うわけではないが、考えが捻くれている彼は、私の質問や答えに対して、新たな視点・・・つまりは捻くれた視点から意見を話す。


 それはどこまでも捻じ曲がった意見で、鬱陶しく、暗いはずなのに、どこか希望があり、私はそれが好きだった。


「学校に行くんだろ?気をつけろよ」


 心と歩いていた私。

 学区域的に学校は同じ方角にある。

 だが、彼はそう言って私とは逆の方向に進もうとした。


「どこに行くの?」


「コンビニ」


 私の問いに振り返り、彼はそう話す。

 そう話す彼の言葉は少し冷たく、乾いていた。


「・・・今から?」


「朝飯を買いに行くんだよ」


 そう言って彼は冷たい目を閉じ、深呼吸をした。

 まるで、ふつふつと湧き上がる怒りを抑え込もうとしているようだった。


「気をつけて行けよ」


 そう言って遠ざかっていく背中を見つめる。

 彼には何があったのか・・・私はまだ知らなかった。


「行ってらっしゃい・・・」


 私はただ背中を見つめてそう呟き、彼を見送る。

 彼の背中が見えなくなり、私は歩き出した。


 学校に行く途中・・・私は常に考えていた。

 学校まではたった二十分弱の道のり・・・

 その小さな時間を私はフルに活用して頭を使った。


 何があったのだろう。

 なぜあんな冷たい目をしていたのだろう。

 なんでコンビニにいくのだろう。

 

 いやコンビニに行くこと自体は問題がないのか・・・

 だが時間ギリギリ、なんで登校前にコンビニにより、朝食を買わなくてはならないのか・・・

 私は常に考えた。

 

 ・・・そうだ・・・

 あの子・・・鳴海 心が両親と話している声を聴いたことがない・・・

 たった二日・・・

 会ってたった二日しか経っていないが私の記憶には彼が両親と話している場面が存在しなかった。


 もちろん面と向かって話している場面を見るのは難しいだろう。

 家の中の事は基本外には漏れないはずだ。

 だが、明るい声・・・テレビを見たときの笑い声や、些細な会話。

 心の家からは・・・それが一つもないことに私は気がついた。


「何かがおかしい・・・」


 そうだ・・・初日から何かがおかしかった。

 捻くれてるだけでは説明できないほどの思考。

 世界を見下し、諦めたような瞳・・・

 そうして、自分の事でさえ諦めてし待っているような口調・・・


「ずっとおかしかった・・・」


 その日はそればかり考え、学校を終えた。

 帰り道もずっと同じような考えが脳内をめぐる。

 そうして最終的によぎったのは一つの推測だったそれは・・・


「・・・両親がいない・・・?」


 私は帰り道で立ち止まり、ゴクリと唾液を飲む。

 夕日が顔を照らす、綺麗な夕日とは裏腹に、私の心は大きく波打っていた。


 ドクドクと心臓が高く跳ねる。

 もしかしたら、知らない世界に足を踏み入れたかもしれない・・・


 そんな時、後ろから足音が響き、私のすぐ後ろで止まった。


「・・・どうした、犬神」


 そう話した声は心の物だった。

 そう・・・知り合ったばかりの心は、私の事を名字で呼んでいた。

 私は振り返り、夕日に照らされた彼の顔を見つめる。


 彼は私の顔を見て、少し笑った。


「なんつー顔してんだよ・・・なんかあったのか?」


 心が発した言葉は異常なまでに優しく、私の中に入ってきた。

 もし・・・私の推測があっていたら・・・なぜこの男の子は人に優しくできるのだろう・・・

 自分が一番辛いはずなのに・・・なんで・・・


 次の瞬間、私は口を開いていた。


「・・・夕飯・・・私の家で食べない?」


 私が突然投げかけた提案に、彼は驚いた顔をして、優しく笑う。


「犬神のママがいいって言ったら、邪魔するわ」


 彼はそう話した。

 夕日が照らす世界・・・

 穏やかな風が体を包む・・・

 彼の表情も優しい・・・

 

 だが・・・それとは裏腹に私の心は危険信号を発するかのように、ざわついていた。

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