6「伸ばした手」
俺はキッチンからソファに座っている結喜を見る。
先ほどの事もあり、完全にお通夜みたいだ。
「で、さっきのは一体・・・」
俺はそう話した。
それはそれ、これはこれ理論で、先ほどの行為は気になるものがあった。
「なんであんなにインターホンに近かったんだ?」
そう話すと、結喜の耳が赤くなる。
だがこっちに顔は向けてくれないし、無言で言葉は紡がれない。
答えは一向に帰ってこないままだった。
だが、知っている人物がいた。
それは・・・楽だった。
そうして彼女は話し始める。
「あれはかなり前からしてた行動だよ」
「かなり前から?」
楽の言葉に俺は首をかしげる。
「そう、心君の記憶が無くなる前からね・・・」
その言葉に、俺は記憶をたどる。
そうだ、結喜は何の理由もなしに変な行動をとったりはしなかったはずだ。
「そうか・・・あの行動にはしっかりと意味があったんだな・・・」
俺がそう話すと、空間が静まり返る。
なんだろう・・・よくないことを言ってしまったかのような静まり返り方だ。
「それは・・・あまり意味がないんじゃないかな、意味があってするというより、心を許してるからできる無意味な行動もあるだろうし・・・」
楽は少し困ったような表情でそう話した。
それに賛同するように、癒怒と哀歌も頷いていた。
「心を許しているからできる無意味な行動ね・・・」
俺は腕を組みながらそう呟く。
きっとある。
心をゆるすだけではなく、愛があるからこそできる行為・・・
確かにそんな関係があったらいいよな・・・
でも、俺にはその時の記憶が無い・・・
だから、これからそのために動く。
「少し話がしたい」
俺がそう話すと、少しだけ重い空気が流れる。
そして、天見は腕を組みながら俺を見た。
「わかってる。だから、俺たちを集めたんだろ?」
そう話す天見を俺は見た。
彼は今から何が話されるかを理解しているようだった。
これから俺が何をするのかを、その内容を理解しているようにも見えた。
「で、その内容ってなんなんだ?」
柳牛が、持っているビニール袋の中に手を入れ、ガサガサと漁りながらそう話す。
その言葉に俺は深呼吸をする。
今から話すことは現実に起こってはいるが、普通に生活していれば起こり得ないような事象なのだから。
「記憶を取り戻すための手助けをして欲しい」
俺がそう話すと、天見はニヤリと笑う。
「そうだな。全面的に協力しよう。具体的には?」
天見は腕を組みながら俺を見つめ、そう話す。
「俺の記憶喪失の原因は、心因性による解離性健忘症。簡単に言えば、ストレスで記憶がすっ飛んでいる状態なんだよ。で、治療法は、ストレスを与えないようにすること。その一つだ、だが、これだと時間がかかりすぎる。なら、多少のストレスは覚悟で無理矢理にでも思い出すしかない」
そう話した俺の顔を、熊懐が心配そうに見つめた。
「それで成功するんなら文句はないけど、かなり無理をしてんじゃないの?高校時代の記憶だけじゃなく、もっと前の記憶すらもなくしちゃうかも」
熊懐がそう話した。
「リスクはあるだろうな。でも、リスクなしで何かを手に入れられるほど、記憶の修正は甘くないだろ」
その言葉に、全員が苦い顔をする。
そんなことない、もっと違う方法があるはずだ。
そう言いたいが、誰もそれを言えなかった。感情的に話すなら、そう言えただろうが、理論的に話すのなら、そんなことは言えない。
俺が出した答えが、手段が、間違っていたとしても、今はそれを信じるしかなかった。
「具体的にはどうしたらいい?」
天見は覚悟を決めたかのように俺を睨みながらそう話す。
「お前らが知っている俺を教えて欲しい」
「そんなの、知ってるだろ。優しいとか、色々言われてる」
俺が出した答えに返した天見。
その言葉に、俺は首を小さく振った。
「違う。もっと具体的な部分だ。 いつ、どこで、どんな話をして、何をしたのか。そう言う細かい部分だ。俺がどんな人間で、何を言われ、何をしてきたのか、そこを知りたい。こうして欲しいじゃなく、こうであったと、事実をただ押し付けて欲しい」
「でも、そんなことをしたら・・・」
俺の言葉に、結喜が寂しそうな声で言った。
結喜の声は響くが、顔はこちらに向いてはいない。
今、彼女はどんな顔をしているのだろう。
「ストレスで潰れるかもしれない。知らない自分を、まるでそうだったかのように押し付けられるんだ。でも、そうであったと、思い出すこともできるかもしれない」
彼女たちはそれを見るのに苦しむだろう。
今と昔のギャップに、何かをする気力さえ奪われるかもしれない。
それをやるんだ。
きっと、これが、苦しく辛い道こそが、最短でハッピーエンドに近づく術だと、俺は思いたい。
「手伝ってもらえるか?」
俺はそう話すと、少しの静寂が流れる。
「ここまではっきり言われて、手伝いませんって薄情なことは言えないよな」
柳牛がそう話すと、全員が頷いた。
俺はその光景を見て話す。
「悪いな」
「・・・今まで助けられてたんだ、誰かに助けられたって罰は当たらないだろ」
天見は小さく笑い、肩をすくめながらそう話した。
これが、本当の意味での、味方を手に入れた人間の一歩であると、そう願った。