5「見えた光」
土曜日・・・
窓から差し込む日差しに瞼を貫かれ、眉間に皺を布団を頭まで被る。
息苦しい・・・
冬なのに暑苦しい・・・
確か・・・
そう頭の中で呟き、少しの懐かしさを感じる。
安心感と、安らぎを感じる。
呼吸が深くなり、すっと何かが抜けていくような・・・
確か・・・結喜が飛び乗って来て・・・
そうだ、そのあとに車椅子を出して出かけたんだ・・・
いつの話だろう。
でも、懐かしい感じがする。
もしかしたら、俺が求めていた生活なのかもしれない・・・
もしかしたら・・・失ってしまった記憶の破片かもしれない・・・
俺は小さく息を吐き、布団から頭を出す。
「今は何時だ」
ただの独り言。
自身に言い聞かせるようにそう呟いて俺は枕の横にあるスマホを取り出して電源をつける。
明るくなった画面に目を細め、時間を確認した。
「十一時・・・」
俺はそう呟いて、布団をはがした。
乱雑にめくりあげ、ベッドからおりる。
「風呂入って・・・少し休憩したらあいつらが来るから・・・・菓子とか買ってあったけな」
そう言いながら立ち上がり、首をコキコキと鳴らす。
カーテンを開け、日の光を全身に浴び、深呼吸をする。
「・・・気持ちいな」
そう言いながら太陽を睨む。
珍しい・・・
何にも追われていないような、時間がゆっくり進む感覚。
異常なまでに落ち着いていて、リラックスしている状態。
「・・・なんだろう・・・この感覚」
そう言いながら部屋を見渡す。
机の上には海浜公園で撮った写真が置かれている。
「・・・海浜公園・・・これは・・・時期はどこだっけな・・・」
俺は写真を見ながら少し考える。
写真に写る俺の表情は硬く、めんどくさいと思っているような表情だったが、周りの人間はしっかりと笑っていた。
俺と手を繋いでいる少女、イヤーマフをした青髪の少女・・・楽は優しい笑顔をしてレンズを見る。
〘ずっと違和感を感じてたの・・・〗
そんな声が頭の中で響く。
楽の声だ。
こんなことは言われた記憶はない。
だから不思議で仕方なかった。
きっと俺が持っていない記憶の破片だろう。
そう思いながら写真から目を離し、部屋から出るべく扉に向かう。
ドアノブに手をかけ、ゆっくり扉を開ける。
一歩、部屋の外に踏み出すと頭の中にまた声が響く。
〘ここ兄ぃ・・・買い物行こうよ〙
そんな言葉が頭の中に響き、俺は振り返る。
結喜の声が響く。
頭の中・・・のはずなのだが、まるで経験したかのように部屋の中から響く。
どこから響いたのかはわからない。
「・・・なんだ?」
俺はそう呟いて部屋を見渡す。
もう持っていない記憶・・・それでも完全に消えていたわけではない。
ただ、記憶に蓋がされているだけ・・・
少しの懐かしさを感じ、俺は首をかしげて部屋を出る。
「後で聞いてみるか」
記憶の破片だとしてら、今聞いた言葉は実際に彼女たちが話していた言葉の可能性がある。
彼女たちなら、何か覚えているかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は階段を下りて風呂場に向かう。
服を脱いで、シャワーを浴びる。
体を伝う温かい液体が、悩みもすべて連れ去っていくような気がした。
こんなに落ち着いた朝はいつぶりだろうか、記憶にある限りではすぐには出てこない。
俺は浴室から出て、身体を拭き、着替え、適当に棚を漁っているとインターホンが来客を知らせる。
「はいはいっと」
俺は小さく呟きながらインターホンの画面に目を向ける。
「・・・画面が半分黒い・・・なんだこれ・・・故障か?」
そう言いながら俺はインターホンから目を離し、玄関に向かって扉をあけた。
俺は上半身を外に出して、あたりを見渡すと、金髪の少女が初めに目に入る。
「おはよう、癒怒」
「おはようございます鳴海さん」
癒怒との挨拶を終わらせた後、彼女が手を繋いでいる銀髪の少女に顔を向けた。
「おはよう哀歌」
俺の言葉に銀髪の彼女は少しばかり驚く。
彼女は目が見えない。
だから周りの音などで状況を判断するのだが・・・・
まぁうまくいくわけもなく、声をかけるたびに驚かれているような気もする。
「あ、おはようございます。心さん」
彼女は少し頭を動かしながらそう呟いた。
俺は次にイヤーマフをしている少女に目線を向ける。
「楽もおはよう」
「おはよう、心君」
楽の青い髪が綺麗に透ける。
そう返事をした楽は、俺の顔を見るなり首を傾げた。
だが、何も言わず少し考えるそぶりを見せ、まぁいいかと小さく呟いた。
そうして俺はインターホンが半分黒かった理由を目撃する。
「・・・で、お前近すぎだろ」
そう言いながらインターホンのカメラギリギリまで頭を近づけている車椅子の少女を見つめる。
「結喜・・・」
なんであんな近いんだ・・・
車椅子に座っているせいで高さが足りない、それに加えて近いせいでカメラの半分を埋めたのか・・・
離れれば見えるだろうに・・・
なんでそこまで近づく必要があったのか・・・
「ゆ・・・結喜・・・」
「うるさい」
えぇ・・・
結喜の名前を呼ぶと彼女は俺を見ずにそう話した。
俺は悪くないよな?
「・・・いや・・・でも・・・」
「黙って、それ以上何も言うな」
・・・俺はため息を漏らし、結喜を見る。
なんで・・・俺が悪いみたいになってんだ。
耳を赤らめるな。
インターホンとにらめっこしてもこの状況は解決しないぞ。
静寂が流れ、太陽がまぶしく照らす。
「おーい・・・玄関前で何やってるんだい?」
そう言いながら現れたのは天見だった。
「お、天見じゃん。おはよう」
「おはよう鳴海、・・・どんな状況?」
天見が俺と結喜を交互に見つめる。
「さぁな・・・俺も聞きたいよ」
そう話していると、さらに声が響いた。
「心ー!!案外家遠い!!」
「鳴海ー来たぞー。お菓子かったけど嫌いなもん・・・とか・・・」
そう言いながら熊懐と柳牛が現れ、軽やかだった歩幅がどんどん鈍くなる。
そして一言・・・
「何してんのこれ・・・?」
「なんだこれ」
そう話した熊懐と柳牛は俺と結喜を交互に見て眉間に皺を寄せる。
「・・・わからん」
その光景に俺は天を仰ぎ、ため息を漏らした。