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4「踏み出した一歩」

 屋上で缶を開け、一口飲みこむ。

 夕日の赤みが缶を赤く染め、柔らかい風が髪を揺らす。


 黒髪が頬を撫で、地神(ちがみ)の服を少しだけ揺らした。


 俺は地神の顔を見ると、地神は俺を見て優しく笑った。


「俺にならできますか?」


 その質問に、地神は少し考え、小さく首を振った。


「重要なのは誰ではありません。いつ・・・です。今ならできます」


 その言葉に俺は首をかしげる。


「いい結果も、悪い結果も、どちらにせよ後悔は生まれます。それがたとえ最善の選択だったとしても、おそらく後悔は付きまとう・・・なら何のために動くのか・・・それは簡単。未来に行った時、過去を思い出して、最善の選択だったと、後悔に納得するために行います。それは未来でも、過去でもなく、今しかできないんです、今の鳴海君しか、未来の鳴海君を助けることができないんです」


 そう言いながら地神は優しく笑う。

 そうして、ゆっくりと俺に近づき、手を頭にのせる。


「君は普通の学生とは思えないほど問題を抱えています。でも、その苦悩は必ず誰かを助ける糧になる。

学生時代に君に会っていたら・・・泣きついていたかもしれません・・・そのくらい鳴海君は頼りになります。でも、その苦悩は一般的には向き合うことさえ憚れるほど煩わしく、重すぎる。それでも戦うというのなら、私は応援します」


「・・・ありがとうございます」


 地神の言葉に、小さく礼の言葉を漏らす。

 その言葉ひとつで、少しだけ過去の自分を認めてやれる気がした。


 記憶はない・・・今は存在しない過去の自分・・・

 何かを頑張り、何かに葛藤し、少女たちを助けた自分・・・


 結喜(ゆき)・・・癒怒(ゆの)・・・哀歌(あいか)・・・(らく)


 彼女たちを救ったのは過去の俺だ。

 未来を知らない過去の俺・・・

 

 天見(あまみ)・・・柳牛(やぎゅう)を救ったのは今の俺だ。

 過去を知らない今の俺なんだ。


 なら・・・次は過去の俺を未来に連れて行かなきゃいかない・・・一番頑張った人間が、一番遠いところに置き去りにされるなんて俺は許せない・・・


 記憶を取り戻して、全部とり戻して、過去と今の俺が、未来の俺を助けるんだ。


 誰かを助けることでしか存在意義を見出せないなら・・・俺は・・・未来の俺を助ける。


 深呼吸をして、覚悟を決める。

 まだ問題は山積みだ、すべてを完璧に解決したわけじゃない。

 俺の周りはまだ助けられていない・・・


 でも、彼女たちは俺の記憶が戻るのを望んでいる。

 それが今の彼女を助ける最善だ。

 迷ったなら、変えろ・・・


 何かをするための理由が見つからないなら彼女を思い出せ、彼女たちを思いだせ。

 それが・・・俺ができる最善だから。


「ありがとうございます」


「はい・・・いい顔になりましたね」


 その言葉に俺は少し頭を下げると、地神はにっこりと笑う。


「じゃあぁ、人生相談は終わりですかね。今日は帰りましょう。ゆっくり休んで、いい結果を出してください」


 地神の言葉に頷き、俺は屋上の扉に近づき、扉を開ける。


「さようなら、地神先生」


「はい、さようなら、鳴海君」


 その言葉を聞いて、俺は小さく笑い、屋内に足を踏み入れた。

 ゆっくりと閉まる扉の奥に、優しく笑いながら手を振る地神の姿を見つめる。


 階段をゆっくりと降りて、夕日を浴びる。

 眩しさに目を細めて、目を伏せる。


 そうして、降りてきた階段を見つめた。

 その時一瞬だけ・・・何の脈絡もなく心に何かが引っ掛かる。

 心配事に似た何かが心をざわつかせ、俺は胸の前で拳を作った


「なんだ?」


 わからない・・・

 なんか異常な違和感・・・

 わからない・・・


 だがそれは何もなかったかのように消え、俺は首をかしげる。

 

「・・・気のせいか・・・」


 俺は首を傾げ、まぁいいかと歩き出す。

 目的は決まったから・・・


 スマホを取り出し、グループトークにメッセージを送る。


(次の休み・・・話したいことがあるから、俺の家来れたら来て)


 そう送信すると、既読の文字がすぐに表れ、結喜からスタンプが送られてくる。


(わかりました。鳳山(とりやま)さんには私の方から言っておきます)


 癒怒からの返信・・・

 哀歌の方には癒怒が伝えてくれるらしい・・・


「後は・・・」


 そう言って、天見、柳牛、熊懐(くまだき)にも同じメッセージを送信し、反応をもらう。


(了解・・・何時ごろに行けばいいかな?)


 天見からはそう返信が来る。


(昼くらいでいいよ)


(なんか買っていこうか?)


(いや、あるから大丈夫、ありがとう)


 天見は相変わらず気が利くな。


(おk-昼くらい?もっと速い方がいい感じ?)


 柳牛からも返信がある。

 柳牛・・・多分速いは誤字だぞ・・・早いが正しいのでは?

 まぁ伝わればいいのか。


(天見は昼くらいに来るってさ)


(おk。なら俺もそこらへんにいくわ)


 柳牛とのメッセージをしていると、スマホに通知が表示される。

 熊懐の名前が見えた


(はいよーあとで住所送っといてー。私、心の家知らないから。メイクとかしたいし、昼頃になるかも)


(了解、後で送っとくわ。天見と柳牛も昼くらいだから、そのくらいでいいや)


 そう返信をすると、変なキャラクターがグッジョブと言いながら指を立てるスタンプが送られてきた。


 俺はそれを確認して、少し笑う。

 この空間が心地いい・・・

 この距離感が心地いい・・・


 でも、前に進むためには・・・

 俺は深呼吸して帰路に着いた。


 夕日が影を伸ばし、俺の姿を鮮明に映す。

 覚悟は決まった。


 そう小さく呟いて、一歩踏み出した。

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