2「何ができるか」
夕日に照らされ、熊懐の顔を紅く染める。
彼女は俺の顔をまっすぐと見たまま、口を開く。
「記憶が戻れば、私と出会ったことも思い出す?」
「・・・どうだろうな」
それにははっきりとした答えを出せなかった。
「理由を聞いても・・・?」
「戻る・・・が全部戻るのか、部分的に復活するのかがわからない。徐々に回復するという話だが・・・もう結構経っているのに戻っていない・・・もしこのまま・・・」
俺が続きを話す前に、熊懐が叫び話を遮る。
「そんなことない!!戻る・・・記憶は絶対に戻る・・・!!戻らないっていうなら、私が戻してあげる!!だから・・・それ以上は言わないで」
その言葉に俺は歯を食いしばる。
まったくと言っていいほど何も覚えてない・・・
何も思い出せない。
これが治るという保証なんてどこにもない・・・嫌でも、そう考えてしまう。
なのに・・・
「なんで熊懐はそんなに協力的なんだ?」
俺の言葉に、熊懐の表情が少しだけ暗くなる。
「なんでって・・・私は過去に心に助けられたから・・・」
「でも、恩を売ったつもりはない・・・無理して助ける必要はないんだ」
そう話すと、熊懐はうつむく。
そのまま、口を開いた。
「過去の私は、誰にも見向きをされなくて・・・それでも誰かの目には留まりたくて・・・誰かの気を引くために色々やった。喧嘩もしたし、一歩間違えれば犯罪になってしまうような事もした。心配をしてほしくて、夜中に町に出ることだってあった」
そう話す熊懐は、拳を握り、力強く言葉を続ける。
「そんな中でも、唯一何もしていない、気を引こうとしていないのに鳴海の瞳だけは私を見てくれた。それが偶然だったかもしれない。私なんか視界に入ってなかったかも知れない、でも、その瞳に私は救われた・・・それが私があなたに・・・心に協力する理由。それだけじゃ不満?」
「いや・・・大丈夫だ・・・」
そう話すと、熊懐はゆっくりと顔を上げ、俺をまっすぐ見つめる。
「よかった・・・で、記憶を戻すにはどうしたらいいか具体的には知らないだけど・・・」
「・・・それなんだが・・・ない」
そう話すと、熊懐は首をかしげる。
「え、・・・え?どういうこと?治療法がないってこと?」
「いや、そうじゃない。何かをする治療法がないっていうか・・・普通に過ごしてれば復活するーみたいな・・・」
俺の答えに、熊懐は首を傾げ、間抜けな声を漏らす。
「じゃぁ・・・何もできないの?」
「まぁ・・・そうなるかも・・・?今更何かをしたからと言って、はい報酬って記憶が返ってくるわけじゃないからな。ただ、日々の生活を楽しみながらストレスを感じないように生きる。これが最短だ」
その言葉を聞いた熊懐は目を見開く。
彼女は過去を思い出すように、うーんと唸りながら考えていた。
そうして、口を開く。
「・・・なんで人を助けてるの?天見、柳牛を・・・なんで助けてるの?優先順位が違くない?それでストレスを抱えて、記憶の再生を阻害しているんじゃないの?」
その言葉に俺は首を傾げその言葉に目を開く。
「・・・確かに」
誰かを救うことでしか、自身を保てなかった俺には無かった。
誰かの役に立たなくては、俺の存在価値など失われてしまうものだと思っていたら。
その言葉は俺にとっては新鮮だった。
「それは考えたことなかった。でも、誰かを助けないと、・・・俺の優先順位にたどり着けない」
「それは、どうして?誰が決めたの?」
その言葉に俺は言葉を詰まらせる。
考えたことない・・・
俺はずっとそう思っていた・・・そうだ・・・初めから俺は誰かに認められたかった。
その結果、誰かを優先して、何かをしてあげることが俺の存在意義だと思うようになっていた気がする。
小さいころから・・・ずっと・・・
「わからない」
「なら、次は、自分を助けていいんじゃない?」
その言葉に俺はうつむく。
思考が絡み合った脳内が、黒く、荒れる。
まるで泥水のように濁った思考が、何十にも重なった。
「いまさら何をすればいい?」
「それをみんなで考えるの。誰かを助けるってのは、何も物理的に助けるだけじゃない、情報の提供、心の寄り添い方だったり、考え方の共有、そして、ぬくもりの提供・・・どん底から引き上げるだけを・・・助けるとは言わない」
その言葉に俺は目を見開き、顔を上げる。
「みんないる。まだ終わってない・・・ここからだよ。過去を取り戻して、未来を創るの。みんなで」
そう話す熊懐の顔は印象的だった。
夕日が徐々に沈み、あたりは暗くなる。
暗くなる世界で、彼女の顔だけは、暗くはならなかった。