4「与えられた選択」
ため息を漏らし、天見を見つめる。
その様子に彼は少し笑った。
「疲れてるのか?」
「問題が多くてな、そうかもしれん」
俺のその言葉に天見はうつむいた。
「心配事を増やしたみたいだな・・・すまない」
「別に、十個が十一個になったところで労力は変わらん」
「でも・・・」
「優先順位は並べなおしだな」
俺の言葉に天見は目を開く。
「優先順位か・・・確かにほかの要素が介入したなら、並べなおしだね」
「あぁ・・・この状況を抜け出すことが最優先だ」
そしてその言葉にさらに大きく目を開き、瞳の奥を光らせた。
直後、近くの玄関が開き、黒髪の女性が現れた。
「空・・・冬なのにいつまで外にいるの?早く中に入りなさい」
そう話した女性は俺に視線を向けて、小さく頭を下げた。
その行為に俺も頭を下げる。
「母さん・・・友達と話してくるから少し時間をくれって話したじゃないか・・・」
「でも、貴方はまだやることがあるでしょう?」
天見の言葉に母さんと呼ばれた女性は眉を歪め、ため息を漏らしながらそう呟いた。
「・・・悪いな・・・鳴海」
「いや・・・」
天見の言葉に何も言えずに俺は天見の母親を見つめる。
「・・・不思議な表情をしていますね。寒いでしょう、温かいお茶くらいは出させてください」
そう言って玄関の扉を大きく開き、彼女は俺の事を招き入れた。
靴を脱いで廊下に足をのせる。
「お邪魔します」
そう言って、天見の母親についていく。
リビングが視界に入り、大きなソファに目を瞑りたくなってしまうほどに輝いているシャンデリアを見上げる。
「・・・すげ」
「鳴海、ソファに座ってて、いまお茶を出す」
そう話して、天見はキッチンに姿を消す。
カチッと音が鳴り、直後に何かを注ぐ音が聞こえた。
その後すぐに天見は紅茶を持って来た。
俺に手渡しながら口を開く。
「で、どこまで知ってるんだ?」
天見はそう話しながら、視線を巡らせる。
母親がいないのを確認して、再度俺に視線を向けた。
「正直、何も知らん。でも、自由がないことはわかった」
「・・・まぁね。やりたいことと、やるべきことは違うから」
天見はそう話す。
言っている理論は正しい。
だが、納得するにはまだ、捨てきれない何かがある。
直後、母親が姿を現す。
「あら、空が紅茶を淹れたのね。ありがとう」
そう話しながら母親はニッコリと笑ったが、視線は天見ではなく、俺に向けられていた。
「お母様、少しお話しをいいですか?」
その言葉に、天見は俺を睨む。
「何言ってるんだ」
「望まない人生を歩む理由はない。子供ではあるが、道具じゃないし、奴隷じゃない」
天見の問いに、俺は小さな声で話す。
「はい、なんですか?」
天見の母親はニッコリと笑い、優雅な足取りで前に置かれた背の高い椅子に腰をかけた。
「僕の人生について相談があります。僕は現在記憶がありません。もちろん、空くんなどの協力もあり、学校生活は充実しています。でも、時々自分の将来が心配になります。よろしければ、お母様が学生時代にどんなことをしたのか、息子である空くんにどんなことをしてほしいのか、どんな気持ちでいるかを教えていただきたいです」
そう話すと、天見の母親は優しく笑った。
「学校生活では何もしませんでしたね。特に何もない一般的な家庭でしたから、何もせず、ただ過ごしていれば、普通に卒業して、普通に就職して、普通に結婚して、普通に死ぬんだなと思って生きていました。実際はかなり大変で、大人になってからは何もできず、あぁ、あの時こうしていれば。なんて考えるようになりました」
天見の母親はそう話した。
驚いたように目を見開く天見を横目に、彼女はさらに言葉を紡ぐ。
「そして、何かをしたいと思った時には学力も、資金も足りませんでした」
天見の母親はそう話しながら少し寂しそうに笑った。
意外だ。
悩みなんてないように見えた、礼儀作法はしっかりとしていて、歳下の俺にも丁寧に話す。美しく、優雅で、非の打ち所がないようにも見えていた。
少しばかり横暴で、勝ち気なのをイメージしていた。
俺は・・・間違ったのだろうか。
「私は苦労しました。だからこそ、息子の空には何も不自由なく、金銭的にも問題ないことを証明し、選択肢を増やしてあげたいんです。彼がしたいことをさせてあげたい、でも・・・私の力ではそれは叶えられませんでした」
その言葉に俺は首を傾げた、今の話だと、縛り付けているようには聞こえない。
父親か?
「なるほど・・・空くんには不自由なく過ごしてほしいわけですね・・・?会社を継がせると風の噂で聞いたんですが・・・それだと不自由無く、と言うのは矛盾しませんか?」
その言葉に天見の母親は大きく目を見開いた。
「そうね・・・」
そう言いながら少し目を伏せてため息を漏らす。
その光景を見ていると、心が痛む。
「・・・空君くんは・・・決められたルートがあるとお聞きしました。本当ですか?」
「えぇ・・・空には私の会社を将来的には継いでほしいと思っています。それは本人の意向です。話し合いの結果、その結論に至りました」
そう話した天見の母親の顔は、少し悲しそうで、諦めてしまっているようだった。
それは一度、天見も見せた表情だ。
「諦めですか・・・?」
「はい?」
「出来ないから、意向だから、仕方ないから、考えることを放棄して諦めるんですか?」
そう話すと、天見の母親は少し考える。
「諦め・・・そうですね。甘えと共に、諦めてしまったのかもしれません」
事実をあっさりと受け入れた。
天見と母親は、共に自身を騙している。
いつからかそれは、本心に近しい虚像の心を作り出した。
「真実を話してみるってのはどうですか?自分の心と思考のズレを修復できるかもしれません、何も選択肢はひとつじゃないんです」
「そうですね・・・空、話しましょうか」
俺の話した提案をあっさりと承諾し、息子を呼ぶ。
その声には少し震えがあった。
息子のためを思い、何不自由無く過ごさせたいと思って行った行動。
それは正しかったかもしれないが、息子の天見はそれをどこか曲解していた。
天見はその曲解のまま走り出し、縛りと、プレッシャーで物事をみるようになる。
存在しない言葉さえも作り出し、自身を縛り付けた。
本心に似た何かで、虚像の心で導き出した答えは。
どこかですれ違っていた。