3「示す道導」
息を切らしながらただ道路を見つめる。
「鳴海君!!柳牛君!!熊懐さん!!何してるの!?」
背後からそんな怒号が飛び、その声に俺たちは振り返る。
靴底と砂利が擦れる音が響き、声の主を視界に入れた。
「地神先生・・・」
そこに立っていたのは俺たちのクラスを受け持つ担任教師、地神 絵梨だった。
黒いボブヘアを揺らしながら彼女は俺たちを睨みつけた。
「今すぐ職員室に来なさい」
彼女はいつもより低い声でそう話した。
柳牛は肩をすくめ歩き出す。
この結果は予想できた。
だから、柳牛は覚悟ができていたのだろう。
その背中に続くように俺と熊懐も歩き出す。
~職員室~
教師たちの視線が刺さる。
授業が始まると同時に廊下に走り出し、校庭まで飛び出したんだ。
怒られて当然だろう。
「・・・何してるんですか、君たちは」
職員室の一角。
パーテーションで区切られた小さなエリアに入れられ、そこで尋問が開始する。
地神の言葉に俺は床を見た。
どう説明すればいい?
天見が助けを求めてるから、それを追いかけに行きました?
あほか、通用するわけがない。
「・・・それは・・・」
俺が何かを話そうとすると、それを遮るように地神が話しを始める。
「そんなんで進学や将来はどうするんですか?」
そう話した地神に俺は首を傾げた。
まだ十六の俺たちになんでそんな話をするのか・・・
ただ心配しているだけか・・・?
「何とかなると思っているんですか?家業を継いだりはできません、決められたルートってのは無いんです。今からしっかりしないと、高校が終わってから大変になりますよ」
地神は優しい表情でそう話した。
「・・・そんなの・・・わかってます・・・」
俺がそう話し言葉を紡ごうとすると、柳牛は俺の前に手を出した。
その腕を見て、俺は柳牛の顔に視線を向けると、彼はニヤリと笑っていた。
その光景を見て、地神は頷きながら小さく笑った。
そうして、ゆっくりと息を吸って口を開いた。
「君たちには選択肢がある。それを選べない人だって世界には沢山います、それを捨てないでください・・・その選択が正しいかはわかりません、未来にどんな影響があるかは誰にもわからない・・・でも、少しでも幸せだったと、そういって胸を張れるような、恥ずかしくない生き方をしてほしいのです」
俺は首をかしげる。
脈絡などがない不思議な人生を語っている地神に俺は不信感を覚えていた。
だが、その言葉に熊懐は何度も、頷きながら話を聞いていた。
俺は熊懐を見ながら首をかしげると、俺の視線に気が付いたのか熊懐が俺を見て小声で話した。
「先生は天見の状況を知ってる。でも個人情報だからはっきりとは言えない・・・だから、言葉を混ぜて少しでも伝えようとしてるんだよ」
その言葉を聞き、俺は地神の話を思い出す。
「選択肢がある・・・選べない人間がいる・・・未来にどんな影響があるかはわからない・・・家業を継いだりはできない・・・決められたルートはない・・・進学・・・将来・・・」
俺は小さく呟きながら、整理すると、地神が最後に話した。
「自分で決められることはいいことです。でも、楽ではないと、思います。これでお説教は終わりです」
そう話した地神を俺は見つめる。
選択肢・・天見には選択肢がないんだ。
決められたルート・・・俺たちにはそれはないが、天見にはそれがある・・・だがそれは天見が本当にしたいこととは関係がないんだ・・・
「・・・俺、行く場所ができました」
俺のその言葉に、地神は優しく笑う。
「そうですか・・・でもその前に、天見君にプリントを届けてくれませんか?鳴海君一人だけで。個人情報ですから、複数人に教えるのは気が引けます」
そう言いながら地神は授業で使う普通のプリントを机に出した。
何の変哲もないただのプリント、これを届けてほしいってのは事実なのだろう。
なら、なぜこんなものを頼むのか。
「もちろん放課後、ちゃんと授業が終わってからでお願いしますね」
その言葉に俺は頷く。
「ありがとうございます」
「何の話ですか?」
「いえ、何でもありません」
俺の言葉に満足したのか、地神は笑った。
そして放課後・・・
俺は天見の家の下に立っていた。
紙に書かれた部屋番号を機械に入力し、呼び出しのボタンを押す。
ピンポーンと音が響き、数秒後に女性の声が響いた。
「はい?」
「すいません空君と同じクラスの鳴海と言います。先生に頼まれたプリントを持ってきたのですが・・・」
そう話すと、横の扉が開いた。
「ありがとうございます」
カメラに頭を下げ、エレベーターに乗る。
徐々に天見の住む階が近づくにつれて、心拍が少し上がっていく。
チーンと静かなエレベーター内に音が響き、扉が開くと、赤髪の男、天見がそこには立っていた。
「・・・天見」
「なんで来た?」
「プリントを届けに・・・」
その言葉を言いて、天見は少し考えた。
「ありがとう・・・とりあえず、エレベーターから降りたらどうだ?扉が閉まるぞ」
「確かに」
そう返事をしてエレベーターから降りると、扉が閉まる。
「で、プリントを届けに来たのは建前だろ?」
天見はプリントに目を落とし、壁に背を預けながらそう話した。
「なんでそう思うんだ?」
俺の言葉に、天見はプリントを一枚見せてきた。
そこには綺麗な文字で、『鳴海君の話をしっかり聞くこと!!』と書かれていた。
「・・・地神先生・・・何してんだ」
「知らなかったのか・・・」
二人でため息を漏らし、見つめ合う。
「・・・会社を継がなきゃいけないのか?」
「まだ先の話だよ・・まぁ結果的にはそうなるかもだけどね」
俺の言葉に天見はそう答える。
「それでいいのか?」
「まぁ、儲かってはいるし、生活に不自由はない。それどころか、裕福だって自慢できるくらいには金はあるから・・・」
そう言いながらも、天見の顔は少し辛そうだった。
「まだ納得できてないんだろ?」
「納得とか、そんな話じゃない。俺たちだって成長して、いずれ大人になる。その世界ではああしたいとか、こうしたいとか・・・わがままが言えるような世界じゃない」
「でも今は違う」
天見が悲しそうに語った理屈を、真っ向から否定すると、天見は悲しそうな顔をしながらこちらを見た。
「今はその練習だ」
そう話し声は、いつもより弱く、いつもより震えていたような気がした。