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5「何よりも強い鎖」

 首をかしげる柳牛(やぎゅう)の父親を俺は見た。


「偽記憶ってなんだ?」


「簡単に言えば、記憶のすり替えです。あなた自身が信じたくないと・・・何かの外的要因、精神的な負担により、脳が記憶を勝手に書き換えて保存をおこなったんです」


 そう話すと柳牛の父親は驚いたように目を見開く。


「・・・負担・・・?」


「はい・・・そして、その要因は」


 そう話しながら俺は柳牛を見つめた。


忠刻(ただとき)君にあるんだと思います。あなたが彼が泣いていた過去を忘れ、きつく当たってしまう要因が・・・」


 そう話すと、柳牛は歯を食いしばりながらうつむく。

 考えている・・・そして・・・彼にはなにか心あたりがある。


「・・・柳牛。何かわからないか?」


 遺影を持ち、泣いている中学生の男の子・・・この子の瞳は・・・写真に写る柳牛の瞳には・・・現実を受け入れられない色を光らせる。


「・・・受け入れられなかった」


 柳牛は話し始めた・・・


「病気であっさり、急に逝った。力が強くて口の悪い母親だ・・・よくゴリラと言って怒られた。男より男らしく、強かった・・・そんな人間が死んだのを受け入れられなかった」


 居間に静寂が流れる。

 天見(あまみ)熊懐(くまだき)も柳牛を見つめ、息を呑んだ。


「だから・・・」


 柳牛はそう話しながら拳を握る。


「作り出したんだ・・・」


 柳牛のその言葉に俺は首を傾げる。

 作り出した・・・何を?人格?それなら学校にいるときも出てきてしまうはずだ・・・


 そんな時、手紙の山が目に入る・・・

 綺麗な手紙の中にひと際目立っていたボロボロの手紙・・・

 俺はその時、まだ綺麗な手紙を一件とり、中身を見る・・・

 特に変哲はない・・・内容も病人ならではの遺された者たちに対する願いと、言葉だった。

 かなりの重病だったのか、震える手で、質圧が弱く字が汚い・・・


「こっちも見ていいですか?」


 俺はそう話しながら、ひと際目立つボロボロの手紙を拾い上げる。


「・・・あぁ」


 柳牛の父親はそう言いながら俺を見つめる。

 その言葉に俺は頷き、手紙を開く。

 中から取り出した手紙を見て俺は目を見開いた。


「・・・なんだこれ・・・」


 気が付いたらそう呟いていた。


 先ほどの手紙と見比べる。

 ボロボロなのに・・・綺麗な字が目に入る。そして決定的な違いは・・・ボロボロの手紙の内容は遺されるもの達への謝罪と・・・願いだった。だが、父親と息子の心配をし、父親には息子をしっかり頼むと願いが書かれている。その情報量は圧倒的に多い。


 その時、ボロボロの手紙の背景に目のピントが合い、綺麗な手紙の山が鮮明に目に焼き付く。

 瞬間、全身の毛が逆立った、寒気・・・異常と恐怖を同時に感じる。


「お前・・・まじか?」


 俺は柳牛を見てそう呟く。

 その言葉には、もしかしたら小さな敵意が含まれていたかもしれない。


「・・・どうした?何が分かったんだ?」


 天見は不安の混じった声で俺に問う。

 その言葉に俺は話し始めた。


「・・・母親からの手紙はボロボロのやつ一枚だけだ・・・」


「でもそこには沢山・・・」


 その瞬間天見は何かに気が付いたのか素早く柳牛を見る。

 その行動に熊懐も事態の異常さを察知し、自身の口を塞いだ。


「柳牛・・・まさか・・・」


 天見は口を震わせながら柳牛を見つめるが、異常な事態を受け入れられずに言葉を詰まらす。

 それを見ていた俺は彼が言おうとした言葉を続けた。


「綺麗な手紙は・・・柳牛・・・お前が書いたんだな?百通以上・・・お前が母親を演じたんだな?」


 その言葉を聞いて、柳牛の顔は一瞬無表情になる。

 異常なんてもんじゃない・・・


「そ・・・そうだ・・・その異常な行動が・・・私の記憶を・・・」


 柳牛の父親はそう話しながら拳を握る。


「母さんの死を受け入れられなかった忠刻は、いつからか母親を演じるようになった・・・その時だけは母さんは生きているのだと信じていた・・・だから書き続け、それを私に押し付けることで存在を認識していたんだな?」


 そう言いながら父親は柳牛を睨む。

 その目つきに俺は苦い顔をして、柳牛を見た。


「でも、成長するにつれて理解し始めた。人間とは死ぬものだと・・・理解してしまったことで、その認識に解離が発生してギャップが生まれる・・・自身の異常さに気が付いたお前は恥じ・・・記憶ごと手紙を隠した・・・残ったのは何もしていないのに殴ってくる父親の記憶だけ・・・手紙を見たことで蓋が開かれたか?」


 その言葉に柳牛は歯を食いしばり、拳を握る。


「・・・お前らに俺の気持ちがわかるのか?」


「それでもこれは・・・」


「子供は親を選べない!!死んだら終わりなんだよ!!母さんは俺のすべてだった!!」


 言い返そうとした俺の言葉に被せるように柳牛が怒鳴る。

 

「まだ父親いるだろ!!あのボロボロの手紙・・・お前の父親が何度も見返したんだ・・・母親との約束を守らなくちゃいけなかったから!!世界一大好きな人間が死ぬ前に遺した最後の願いだから!!父親が前を向いて歩き出そうって時にお前は何してんだよ!!」


「大切な人を失ったこともないお前が・・・俺の気持ちを語るなぁ!!」


 俺の叫びに柳牛は怒鳴る。

 瞬間居間の外から何かが倒れるような音が響く。


 振り返ると黒髪の少女が倒れている。

 義足が夕日の明かりできらめく。


結喜(ゆき)・・・」


 俺がそう彼女を呼ぶと・・・結喜は腕に力を入れて上半身を起こして涙を浮かべた目で柳牛を睨みつける。


犬神(いぬがみ)さん!!」


「結喜さん!!」


「結喜ちゃん!!」


 直後に足音と、結喜の名を呼ぶ声と共に癒怒(ゆの)哀歌(あいか)(らく)が現れる。

 

 癒怒の金髪が揺れ、夕日できらりと輝く。

 哀歌の銀髪がなびき、白杖が床を叩いた。

 楽の青髪が揺れ、イヤーマフが橙色に光る。


 瞬間、結喜の怒鳴り声が響く。


「違う!!」


 結喜の声に俺は目を見開く。

 この居間で、彼女は見たことないほど多くの涙を流していた。


「ここ兄ぃの入学式の日、高校の校門前で私は事故に遭った、その光景を見たせいでここ兄ぃは感情を失った!!」


 その言葉に柳牛と熊懐は目を見開く。


「感情を失っても優しいところは変わらなくて、いつも過保護なくらい心配してくれた・・・いつも守ってくれて、最優先で動いてくれた・・・そんなここ兄ぃに恩返しがしたくて感情を取りもどすために協力した!!それが取り戻した瞬間・・・解離性健忘で記憶がなくなった・・・?ふざけんな!!これだけ苦しんで、それなのに人を助けて・・・それで得た未来がこれだと知っていたら私は望まなかった!!」


 その言葉に俺は涙がこぼれる。

 それでも、結喜は声を荒げ、言葉を続けた。


「感情を失ったのは大切なものを失いかけたことによるショックだって・・・その場で生死の確認なんてできないから・・・大切な人を失ったことない奴が気持ちを語るな?もう十分でしょ!?これ以上失ってどうしろっていうの!?・・・あなたには思い出がある、お父さんと過去の話ができる!!でもここ兄ぃは思い出すらなくなってしまった!感情が戻ったらこれまでの事を話したかった、記憶を共有して、気持ちをすり合わせて、もっといろんな話がしたかった!!私は・・・今のあなたが羨ましい!!好きな人の話を笑ってできて、また明日があるあなたが羨ましい!!・・・あなたこそ・・・ここ兄ぃの事を何も知らないくせに言わないで・・・私のここ兄ぃを・・・私の大好きなお兄ちゃんを馬鹿にしないで!!」


 その言葉に俺は結喜を抱きしめる。


「もういい・・・!!わかったから・・・お前がそんなに叫びながら泣くな・・・」


 ゆっくりと結喜の腕が俺の体をはい、強く抱き着く。


「嫌だよ・・・ここ兄ぃ・・・好きなんだよ・・・。もっと話したいんだよ・・・この七ヶ月・・・いろんなことがあったんだよ・・・沢山辛いことがあったんだよ・・・楽しかったんだよ・・・記憶がないなんて嫌だよ・・・」


 結喜の嗚咽が響き、それは徐々に大きくなる。

 後ろに立って状況を見守っていた癒怒と楽も泣き出してしまう。

 哀歌はサングラスをかけているから顔は見えないが・・・口は震え、温かい涙が頬を伝う。


「柳牛」


 俺は名前を呼びながら結喜を離し、ゆっくりと立ち上がる。


「人の感情は違う・・・大切なものも変わってくる。だからお前の感情は否定しない・・・でも・・・父親の感情をちょっとは尊重して、一緒に前を見ろよ。そうすれば・・・今よりは幸せなはずだ」


 俺は鼻をすすり、涙を拭きながらそう話す。

 

「・・・でも・・・虐待とかじゃなくて本当に良かった」


 そう言った俺の言葉に、柳牛は力なく座り込む。


「・・・全部・・・鳴海(なるみ)が正しいな・・・」


 柳牛はそう言いながら小さく何度も頷いた。


「・・・父さん・・・夕飯は久々に一緒に食おうぜ・・・」


 そう話す柳牛の顔に少し微笑んでいた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「本当に帰るのか?夕飯食って帰れよ」


「ありがたいけど・・・この人数でお世話になるのは申し訳ないから」


 柳牛の提案に俺はそう答えながら首を振る。

 

「お邪魔しました。突然押しかけてすいませんでした」


 俺がそう話し、頭を下げると、天見や熊懐、結喜、癒怒、哀歌、楽も頭を下げた。

 

「頭を上げてくれ・・・君たちがいなかったら解決しなかったかもしれない。ありがとう」


 そう話す柳牛の父親は頭を下げる。


「では、帰ります」


 そう言いて出口に向かおうとすると、柳牛の父親に呼び止められる。

 俺は天見達に先に行くように話して、振り返った。


「・・・君たちは強いな・・・そんなに心が強い子がいたなんて・・・」


「俺たちは強くないですよ・・・泣いて、泣きまくって前に進んでるんです」


 その言葉に柳牛の父親は首を傾げた。


「前に進めるのは心が強いからじゃないか?」


「違いますよ・・・心は強化できません。ただ、歳をとるごとに慣れていくんです。それは麻痺であって、強化とは話しが違います。もし俺たちが強く見えたのなら・・・それは周りの子たちのおかげです。では」


 そう言って、軽く頭を下げて歩き出す。

 歩く足を速め、前を歩く彼女たちに追いつこうとする。


 夕日が照らす帰路・・・俺と四人の少女の頬には涙の跡が残っていた。

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