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4「変化するもの」

 倒れこみ、天見(あまみ)に助けを求める柳牛(やぎゅう)

 その光景に最初に行動をしたのは天見だった。


 天見は柳牛の前に立ち、部屋の中を見つめる。

 俺の場所からじゃ何も見えない・・・


「なんだお前ら・・・?」


 そんな声が低く響いた。

 それは知らない声で、柳牛の父親のものだろうとすぐにわかった。


「友達です」


 そう話す天見。


「友達・・・ね?人を大切にしなかったお前が、高校に入って友達を作るのか・・・?忠刻(ただとき)


 父親の声に、天見は柳牛に視線を送る。


「・・・うるせぇよ。それと、お前が今してることは関係ないだろ」


 柳牛はそう言いながら父親を睨む。


「なんだと?母さんが死んだ時だってお前は涙を流さなかっただろう!!」


 そう言いながら父親は拳を振り上げる。

 俺の場所からでは見えないが、差し込む夕日が暴力を壁に照らし出す。


「柳牛!!」


 俺と熊懐は走りだし、彼らに近づく。

 

「天見、熊懐!!柳牛を外に引きずり出せ!!」


 そう言いながら俺は柳牛の前に立つ。

 視界に入ったのは大柄の男。

 坊主で眉毛はハッキリと深く生えていた。


「あ、でか」


 瞬間、拳が顔面にヒットし、身体が少し飛ぶ。

 これには父親もさすがに予想外だったのか、少し心配そうな顔をしていた。


「・・・大丈夫か?」


「殴ったのはお父さんじゃないですか」


 大柄の男は、俺の状態を心配しながら手を伸ばす。


「ありがとうございます」


 そう言いながら俺は手を取り、立ち上がる。


 案外悪い人ではないのか?


「なんで柳牛・・・・忠刻くんを殴るんですか?」


 俺のその言葉に柳牛の父親は少し考える。


「わからん。母さんが死んでから・・・あいつは少し荒れたんだ。学校では喧嘩が絶えなかった」


 そう言いながら柳牛の父親は玄関を寂しそうな顔で見た。


「・・・虐待・・・ではないんですか?」


「虐待・・・あぁ確かに、しつけと呼ぶには荒々しいと・・・心では気が付いていたんだがな・・・寺っていうこともあって、今のあいつは仏様に紹介できる器じゃない・・・進路もまだ決まっていないうえに、家業は継ぎたくないと吐き捨てた・・・それが許せなかったのかもしれないな・・・」


 そう言いながら柳牛の父親は自身の手を見た。


「子育てってのは・・・楽じゃないな」


「それ、しっかり忠刻君に話しましたか?」


 俺のその言葉に柳牛の父親は首を振った。


「あいつは、俺が母さんの話をしようとすると逃げるように出ていくんだ。だから、話せてない」


「なら、話てみましょう。俺たちも、心配であれば同席します」


 そう話すと柳牛の父親は頷いた。


「天見!!熊懐!!柳牛を連れてきてくれ!!」


 そう叫ぶと、熊懐が桜色の髪を揺らしながらヒョコッと顔を出した。


「いい感じ?」


「取り合えずはな」


 俺の言葉に熊懐は肩をすくめ、顔をひっこめた。数秒後、三人が顔を出した。


「本当に大丈夫か?」


「今回の件・・・ただの虐待じゃなさそうだ」


 俺の言葉に天見は柳牛を見ながら首を傾げた。


 居間にて・・・


 小さなテーブルを柳牛とその父親が挟むように座り、俺は父親の後ろに、天見と熊懐は柳牛の後ろに立っていた。


「・・・それぞれのタイミングで話してください」


 そう言うと、柳牛の父親は小さく頷いた。


「・・・忠刻・・・まずは・・・すまなかった。母さんが死んでから、お前をもっと立派に育てるのが使命だと俺は思っていた。それは・・・今も思っている。だが・・・手段を間違えていたのは謝る」


 そう話しながら柳牛の父親は頭を下げた。

 その光景を見ながら、柳牛は唇をかむ。


「それで済むと思ってるのか・・・?」


 そう言いながら柳牛は自身の父親を睨む。


「手段を間違えていたのは・・・」


「そこじゃねぇよ!!」


 そう叫びながら柳牛はテーブルを叩く。

 その音に天見と熊懐の体が跳ねる。


「・・・アンタなにも分かってないんだな・・・」


 そう言いながら柳牛は睨んだ。


「・・・何を言って」


「母さんが死ぬ前に言ったこと覚えてないのかよ・・・」


 泣きそうな声で柳牛はつぶやき立ち上がる。少しふらつきながら、近くの棚に歩いて行った。


「・・・柳牛?」


 俺はそれをただ見つめる。


 柳牛は棚を開け、何やら正方形の缶を取り出した。

 よくお土産やに売っている、クッキーとかが入っている缶の箱だ・・・


 柳牛はそれを開け、中身をテーブルにばらまいた。

 異常な数・・・ざっと見ただけでも百件以上はある手紙の山だった。

 だがその中で一つだけ、やけにボロボロの手紙があり、それを俺は拾い上げる。


「・・・これだけ・・・」


 俺がそう小さく呟くと、柳牛が俺を見つめた。


「鳴海・・・お前は本当に・・・優しくて、人の心がわかるんだな・・・」


 そう話しながら柳牛は涙を流す。


「・・・母さんは俺たちに、喧嘩をせずに仲良く家族をやれって言ったんだ。生前に書いた手紙は俺が管理してた。父さんは覚えてないみたいだな・・・」


「覚えてないって・・・母さんが死んだとき涙すら流さなかったお前と仲良く過ごせってことか!?」


 そう叫びながら柳牛の父親は勢いよく立ち上がる。

 それに反応するように柳牛も立ち上がり、身体が熊懐にあたった。

 熊懐の体は予期していなかった衝撃に反応できず、よろめき、後ろのタンスに体がぶつかると、一つの写真立てが床に落ちる。


 パキ・・・とガラスが割れる音がして、熊懐はおろおろと慌てる。


「あ・・・すいません・・・」


 そう言って拾い上げようとする熊懐の服を掴み、柳牛がひろった。


「危ないから触るな・・・女の子なのに手なんか怪我したらもったいないだろ」


 そう話しながら柳牛は床に膝をつき、破片を丁寧に拾っていく。


「その写真は?」


 俺の質問に柳牛はゆっくりと顔を上げて、写真立てから抜き出した写真を俺に手渡した。


「・・・母さんの葬式の時に取った写真だ。遺影だが・・・それが母さんが映ってる最後の写真になる」


 そう話す柳牛の言葉を聞いて、俺は写真に目を落とす。

 確かに、中学の学ランを来た柳牛と、その横には遺影を持った大柄な男がスーツ姿で立っている写真だった。


「・・・また写真立て買い換えないと・・・」


 そう呟く柳牛に俺は一瞬だけ視線を向け、再度写真を落とす。

 そしてある違和感に気が付いた。


「・・・お父さん・・・忠刻君は・・・泣かなかったんですよね・・・?」


「そうだ・・・その子は泣かなかった・・・母さんには反抗することも多かったしな・・・」


 何かを続けようとしたが・・・それは言ってはいけない言葉だったのか、柳牛の父親は必死に飲み込んだ。


 俺は柳牛の父親の言葉が少しばかり引っかかっていた。

 渡された写真には、中学生・・・きっとこれは柳牛で間違いはない・・・だが・・・目の下と頬には涙の跡がうっすらと残っていた。


「・・・泣いてないんじゃない・・・忘れたんだ・・・」


 俺は柳牛と、父親を見る。

 

「お父さん・・・記憶が薄れたのはいつですか?」


「・・・なんだと?」


 俺の言葉に柳牛の父親は眉を歪めた。

 その言葉に俺はため息を漏らし、柳牛に視線を向ける。


「お母さんが亡くなってから、父親に関しての変化は?酒を飲むようになったとか・・・」


「あぁ酒は飲むようになった。毎日な・・・あとは・・・薬?」


 柳牛が話した言葉に俺は首をかしげる。


「薬?」


「睡眠薬とかを服用するようにはなった」


 それを聞いて俺は首を振る。


「じゃあ違う・・・睡眠薬で引き起こされる記憶障害は一時的だ・・・でも酒と同時に服用はやめた方がいい」


 俺はそう話しながら柳牛の父親を見つめる。


「大丈夫だ。今まで大丈夫だったんだから」


 俺の言葉に柳牛の父親は笑いながらそう話す。

 自分すらも騙せる大柄な男・・・

 泣いていないと言っていたが・・・写真に写る柳牛には涙の跡・・・


 あぁ・・・これは・・・


「記憶のすり替え・・・偽記憶の症状か・・・」


 俺のその言葉が重く響き、柳牛は首を傾げた。


「偽記憶・・・?」


 夕日が差し込む居間その空間には静寂だけが残った。

 

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