3「透明の首輪」
ため息を漏らし、天見は俺を見る。
「どうするつもりだい?鳴海」
そう言いながら天見はさらに深くため息を漏らす。
「・・・」
俺は何も言えないまま、柳牛が出て行った扉を見つめる。
「・・・心」
扉を見つめる俺に、誰かが名前を呼ぶ。
俺はゆっくりと振り返り、声の主を視界にとらえる。
「なんだ・・・熊懐」
「・・・さっきの話・・・感情がないって・・・どんな話何だよ?」
その言葉に俺は口を閉じる。
説明したいが・・・記憶がない俺は説明ができない。
「・・・わからない」
そう答えた俺に彼女は口を結び、辛そうな顔をする。
「なんでよ・・・」
「覚えてないんだ」
その言葉に、彼女は歯を食いしばり牙が見える。
「なんだよそれ・・・なら、私の初恋は・・・」
そこまで行ったところで、彼女は口を抑える。
まるで、本心とは別に本音が漏れ出してしまったかのようだった。
俺はこぶしを握り、立ち尽くす。
何を間違えた?
「鳴海・・・」
天見が心配そうな声で俺の名前を呼ぶ。
俺は彼の顔を口を開く。
「大丈夫・・・放課後に柳牛の家に行ってみよう。知ってるだろ?」
俺の質問に、天見は頭を掻きながら頷いた。
「知ってるけど、やめてほしいって話してたじゃないか」
その言葉に俺は目を細める。
「でも助けてほしがってただろ?」
「言葉にはしてない」
俺の言葉に天見はそう答えた。
「言葉にされないと動けないのか?」
「違う、言葉にしてくれないと動けないんだ」
「それを待ってたら手遅れになるぞ」
そう話すと、天見は苦しそうな顔をした。
そして彼はこぶしを作る。
「じゃぁ・・・どうすればいいんだ」
天見はそう話す。
心の中では何をすればいいかわかっているが、それを実行できない悔しさを漂わせる言い方だった。
「それを確認するために行くんだよ」
その言葉に、天見と熊懐は歯を食いしばった。
そして放課後
俺たちは校門を出て、とあるグループに近づく。
「お待たせ」
そう話すと、視界に車椅子がクルリと回る。
「あ、ここ兄ぃ」
結喜はそう話しながら振り返った。
「遅かったね」
「あまり待たせてないけどな」
結喜の言葉にそう話すと、彼女の隣に立っていた哀歌は少し微笑む。
「この子たちは?」
背後から熊懐が顔を出し、胸を揺らしながら俺に投げかける。
「車椅子の子は幼馴染だ・・・お前ら、自己紹介頼む」
「はいはい・・・私は犬神 結喜です。よろしくお願いします」
結喜はそう言いながら上品に挨拶をする。
コイツ、外面はいいんだよなぁ・・・
「私は鳳山 哀歌です。心さんにはお世話になっております」
「お世話?」
哀歌の言葉に熊懐は首をかしげながら俺を見る。
「白杖・・・見ればわかるだろ」
「・・・目が見えないのね」
俺の言葉に熊懐はそう話しながら哀歌の手を握る。
「よろしくね。何かあったらお姉さんに話してね~」
はじめは驚いていた哀歌だが、熊懐の優しい言葉に笑みを浮かべる。
「私は兎静 楽だよ。よろしく」
楽は俺の顔を見ながら自己紹介をする。
緊張しているのか・・・
「なんでヘッドホン?音楽聞いてるの?」
「それはイヤーマフ・・・外界の音を聞こえづらくする・・・楽は聴覚過敏で大きな音とかが苦手なんだ」
俺の言葉に熊懐は深呼吸して小さく話す。
それは聞き取れなかったのか、楽は怪訝そうな顔をした。
「ん・・・」
軽く咳ばらいをして、癒怒は視線を集める。
「私の名前は猫凪 癒怒です」
淡々と短く自己紹介を済ませる癒怒・・・
「よろしくね~」
熊懐は手を伸ばし、握手をしようとするが、癒怒は距離を取る。
「・・・えっと」
「癒怒は少しな・・・人と触れ合うのが苦手なんだ」
「あぁ!!そうなんだ。ごめんねぇ~」
俺の言葉に熊懐は癒怒に手を合わせる。
その行為に、癒怒は苦笑いしながら首を振る。
「じゃぁ最後はお前だな・・・・」
「あぁ・・・忘れてた!!」
熊懐はそう話して姿勢を正す。
「私は熊懐 霞。よろしくね!!」
彼女は元気にそう答えた。
「さて・・・じゃあ行くか」
俺はそう話して、結喜の車椅子を押す。
話は道中ですることにした。
「で、なんでこの子たちがいるの?」
「俺が呼んだからな」
俺の言葉に、熊懐が俺を睨む。
「・・・今回こいつらを呼んだのは・・・俺より詳しいからだ。それと・・・癒怒・・・今の柳牛に似た境遇の持ち主でもある」
そう話すと、天見が癒怒を見て目を見開く。
「それは・・・辛かったね」
「慰めは大丈夫です。鳴海さんにたくさんしていただいたので」
癒怒の言葉に天見は肩をすくめ、俺を見つめる。
「もう少しだ・・・」
「そうか・・・」
天見の顔が一瞬で引き締まり、緊張感が漂う。
「ねぇ・・・その柳牛ってどんな人・・・?」
結喜の質問に答えようとした瞬間、怒鳴り声が耳に入る。
天見は目を見開きながら声がしたであろう方向に視線を向ける。
「・・・柳牛の父親の声・・・」
そう言いながら走り出した。
「天見!!クソ・・・!楽、癒怒、結喜と哀歌を頼む!!熊懐、追え!!」
「らじゃ!」
そう話して俺と熊懐は天見を追うように走る。
長い道を走り、角を曲がる。立ち尽くす天見の姿を見て、俺たちは近づいた。
「お前は何度言ったらわかるんだ!!」
「黙ってろ!!アンタには関係ないだろ!!」
そう話す声が一個の建物から響く。
「・・・・寺?」
俺はその声が聞こえる建物に目を向けた。
「柳牛の家は・・・寺なのか?」
そう小さく呟いた瞬間、建物内から陶器の割れる音が響く。
俺はその音に反応し、身体を動かした。
「天見!!熊懐!!手伝え!!」
寺と同じ敷地にある一軒家の扉を開き、叫ぶ。
「柳牛!!」
瞬間、長い通路に柳牛の体が飛びいる。
視界に入った柳牛は強く背中を壁にうち、床に倒れこむ。
「柳牛!!大丈夫か!!」
その姿を見て最初に叫んだのは天見だった。
そうだ・・・こいつが一番柳牛を助けたかったはずなんだ。
今ここに立っているのは柳牛を助けられるチャンスかもしれない・・・
だから・・・
柳牛は咳き込みながら這いつくばり、俺たちを視界にとらえる。
瞬間・・・
「あ・・・」
柳牛は何かを言おうとして歯を食いしばる。
突き放した罪悪感・・・恥ずかしさと悔しさが混じる。
だが・・・それでは誰も救われない。
ここまで来てしまった俺たちも・・・完全な部外者というわけではないのだろう。
「助けてくれ・・・天見!!」
その声が・・・廊下に響いた。