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2「程遠く」

 チャイムが鳴り、全員が一斉に席を立つ

 天見(あまみ)熊懐(くまだき)、そして俺が向かう場所は同じだった。

 それが・・・


「なんだよ・・・」


 顔を腫らした柳牛(やぎゅう)のところだった。

 そう話しながら俺たちを見る柳牛は、どこか落ち込んでいるようにも見え、少し恥ずかしそうだった。


「何があった?」


 俺の言葉に柳牛は視線を逸らす。

 後ろめたいことがあるのか・・・

 ただただ言いたくないだけか・・・


「話したくないなら無理に聞かなくてもいいんじゃないのか?」


 俺の肩を叩き、そう話した。

 

 俺は天見を睨む。


「・・・なんだよ。誰にだって話したくないことはある。それを無理やり聞くのは俺は間違っていると思う」


 俺に睨まれた天見はそう話した。

 彼は少し苦笑いをした後、何かをごまかすように俺から視線をそらした。


「天見、助けたいと思ってたから、さっき俺に話したんだろ?助けたいから、悔しそうな顔したんだろ?なんで自分から離れるんだよ。今聞けば解決できるかもしれない」


 そう話す俺を天見は睨み、歯を食いしばる。


「俺は、君みたいに強くはないし、無神経には慣れない」


 天見がそう話すと、熊懐が天見の肩を掴む。


「心に謝れ、こんなに思ってくれてるんだよ」


 熊懐はそう話すが、天見が意見を曲げることはない。

 天見も彼女を睨み返し、無言の圧を与える。


「・・・お前らは喧嘩すんなよ」


 ピリピリとした空間に柳牛の声が響く。

 俺はその声に誘われるように、天見と熊懐から柳牛に視線を移した。


「何があった?」


 俺の言葉に、柳牛は力なく笑う。

 関わらせたくない感情と、聞いてほしくない感情・・・それを理解したうえでも助けを求めるような感情が複雑に絡み合い、寂しそうな顔をして微笑む。


「・・・答えなきゃダメか?」


 そう話す柳牛は俺を見た後に、天見、熊懐と視線を移していく。


「・・・じゃないと助けられない」


 柳牛の言葉にそう話す。

 瞬間、誰かが俺の肩を掴んだ。

 それに俺は振り返り、主を睨む。


「なんだ、天見」


「もうその辺にしないか?人の事情に首を突っ込むもんじゃない」


 俺にそう話した。


「でも、天見、お前は俺の問題に首を突っ込んだはずだ」


 俺はそう話しながら天見に鋭い視線をあびせる。

 

「これとはわけが違う」


「どう違うんだよ。俺に憧れていたからか?自分の目標を見失わないために俺を助けたのか?」


 その言葉に天見は子をゆがめた。

 だが、この話に驚いたのは熊懐だった。


「・・・何の話をしてんだよ・・・記憶がないって話じゃないの?」


 そう話す熊懐の表情は困惑であふれている、目の前で起きていることに理解が追い付いていない。

 俺と天見は熊懐を睨む。


「熊懐、君が知っているのは記憶を失う前の鳴海だ・・・」


 天見が少し頬を緩ませながら話す。

 そこには悲しくも、昔を懐かしむような感情が渦巻いていた。


「・・・記憶を失う前の・・・心・・・」


 熊懐はそう呟いた。

 まるで自分の中にその言葉を刻み、反芻させるように重く響かせる。


「君が見た鳴海は・・・感情がなかったころの鳴海だ、たんぱくな話し方で、誰に対してもはっきりと物をいう。・・・それはすごいことだが、他人の感情を理解できないという欠点も兼ね備えていた」


 天見のその言葉に、熊懐は俺を見る。


「じゃぁ・・・あの時助けてくれたのって・・・」


「・・・たまたま、同じ制服のやつが絡まれてたからじゃないかと思う・・・」


 そう話した俺に、天見は視線を合わせる。

 だが、俺はその当時の記憶がない。説明しようにも、その願いはかなわない

 

「ただの偶然だもんな」


 俺は天見を睨む。

 彼の言葉は一つも間違っていないが、どこかトゲがあり、冷たかった。


 俺はため息を漏らしながら柳牛を見つめる。

 

「どうする?・・・助けが必要なら可能なことはやる」


「・・・何もできないよ」


 俺の言葉にそう返す柳牛はひどく寂しそうに笑った。


「でもその顔・・・」


「言うな!!・・・言うんじゃない」


 その顔・・・助けを求めている顔だ・・・

 そう言おうとした俺に、柳牛は叫びながら言葉を拒絶した。


 言われてしまえば、きっとわかってしまうから。

 誰かに助けてほしいと思っている自分と、可能なら救われたいと思っている自分・・・それと同時に、助けを求めてしまえば自身の無力さを心に刻んでしまうような気がしていたのだろう。


「でも、解決策はあるはずだ・・・動き出さないと・・・」


「今更動き出すのか!?今まで我慢して、嫌でも受け入れて、自分にこれがあたりまえだって言い聞かせて・・・それでも変えようとしなかった状況を、今更・・・」


 泣きそうな顔でそう叫んだ柳牛の声は徐々に小さくなり、うつむく。


「でも・・・お前は」


「俺は助けてほしいなんて言ってない!!救ってほしいとも思ってない!!人の家庭に首を突っ込んで・・・かき乱すな・・・」


 そう話しながら柳牛は勢いよく立ち上がり、教室から出て行った。


「どこに行くんだ?」


「帰る・・・」


「来たばっかだろ?」


「授業なんか受けられる気分じゃない」


 柳牛は肩を落とし、ゆっくりと出ていく。

 バンっと勢いよく扉が閉まり、クラスの連中の視線が集まった。


 俺は天見に視線を移す。

 彼はため息を漏らし、小さく首を振った。

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