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1「何か」

 その日は何も起きずに一日が終わる。

 他愛ない会話も、クラスメイトの接し方も、天見(あまみ)柳牛(やぎゅう)、そして熊懐(くまだき)のサポートもあり、乗り越えた。

 もちろん記憶の誤差があるから完璧とはいかないが、疑われない程度にはこなせているつもりだ。


 そして翌日の朝・・・


「ここ兄ぃまだ?」


 部屋の向こうから結喜(ゆき)の声が響く。


「待ってなくてもいいぞ?もう一人で学校に行く道は覚えた」


 そう話すと、扉の向こうから大きなため息が響いた。

 

「あのね、そんな言葉一つで、はいそうですかって諦めるわけにはいかないのわかってる?」


 そう話す結喜の表情は見えないが、おそらく、眉を歪めてしかめっ面をしているに違いない。

 言葉の端から、トゲのように鋭い気持ちと、身を案じている気持ちが伝わる。


「でも、子供じゃない」


 俺が放ったその言葉に、結喜は扉を勝手に開ける。

 そこにあったのは、やはり眉を歪めている結喜の顔だった。


「それでも心配なのわかるでしょ?」


「でも・・・」


 結喜は壁に寄りかかり、スカートをつまみ上げ、義足を見せた。


「逆の立場でも同じことがいえるなら、反論していいわよ」


 俺はその言葉に黙り込む。

 きっと、何かあったら俺は結喜を一人にしないだろう。


「・・・わかった」


 そう言いながら俺はため息を漏らす。

 

「準備できた、行くぞ」


 俺がそう話すと、結喜は「んっ・・・」と声を漏らした。

 俺はそれを見て首をかしげる。


「なんだ?」


 俺の言葉に結喜はため息を漏らした。


「抱えるか、手を引いてよ。こんなか弱い女の子を、一人で歩かせる気?」


 そう言いながら泣き真似をする結喜・・・

 俺はため息を漏らし、結喜に近づく。


「か弱い女の子は・・・自分じゃ言わないんだよ」


「じゃぁ、やっぱりい・・・・!?」


 俺の言葉に抱えてもらうのを諦めようとしていた結喜だが、俺にお姫様抱っこをされ、顔を赤くした。


「なんか言ったか?」


 そう言って結喜の顔を見つめる。


「べ、別に何でもない」


 俺の言葉に結喜は視線を逸らす。

 耳まで赤くなっていることに気づいていないのか、俺にはこの子の感情が筒抜けだった。


 ゆっくりと歩き階段を下る中、結喜は顔を伏せ俺の制服を掴む。

 きっと恥ずかしいのだろう。

 ざまぁみろ。抱えろなんて話すからこんなことになるんだ・・・それにしても・・・


「案外重いな」


 その言葉が口から漏れてしまったことに気が付き、俺は汗を垂らす。

 ゆっくりと結喜の方を見ると、彼女は涙目で俺を見上げていた。


「いや・・・結喜さんや・・・今のはただ言ってみただけで、本当は羽のように軽い・・・」


 瞬間、胸部に強い打撃が飛んでくる。


「結喜!!今は、今はやめろ!!階段でそれはだめだって!!」


「うるさい!!」


 そうして家の中に俺と結喜の声が響いた。


 学校に着き、教室に入る。

 自分の席に着き、カバンを下ろした。


鳴海(なるみ)


 俺の名前を呼びながらこちらに近づいてくるのは、天見(あまみ)だった。

 

「どうした?」


 俺は天見の方に視線を移し、問う。

 天見は少し考えたあと、眉を歪めながら話した。


「柳牛を見なかったか?」


 天見のその問いに、俺は首をかしげる。

 

「一緒に来てないのか?」


 俺の問いに、天見は苦い顔をする。

 そして、窓から空を眺めた。


「いつもは一緒だ。待ち合わせをして、一緒に登校する。これはルーティンだ。あいつはチャラそうに見えるけど、約束を破るタイプじゃない・・・」


「・・・なら、何かあったか・・・」


 俺の言葉に天見は頷く。


「・・・心当たりは?」


 俺がそう話すと、天見は少し難しそうな顔をした。

 それはただ何かを考えているわけじゃない。

 おそらく、考えた中でも、一番考えたくないことが浮かんだような顔だった。


「・・・なにかあるんだな・・・?」


 そう話すと、天見は頷いた。


「そして、それを話すことは叶わないか・・・」


 その言葉に天見は頷く。

 俺は少し考えると、始業のチャイムが鳴った。


「悪い、鳴海。忘れてくれ」


 そう言って自分の席に戻った天見の悔しそうな顔は脳裏に深く焼き付く。


「・・・一体何なんだ」


 俺は誰にも聞こえない程度の声量でそう呟いた。


 そうして授業が始まる。

 教師の授業を淡々と聞きながら少しだけ思考を巡らせる。


 なぜ天見は話せなかった?

 あれだけ気にしていることなら・・・共有できたはずだ。

 だから俺に言った。話すつもりがないなら・・・心当たりはないというべきだった。

 それなら俺も気にしなかった・・・


 だから・・・導き出せる。

 他人には話せず、心当たりがあっても動き出せずに悔しがるしかない状況。

 普通の『高校生』が手を出せるような状況じゃないということだ・・・


 すると・・・一個だけ・・・わかる気がした。

 一つ。気にすることができるということは、誰にでも訪れ、身近になりえる可能性があるということ。

 二つ。悔しがることしかできないのは、身近であるはずなのに、手を伸ばしても届かない問題だということ。

 三つ。間違っているとわかっているのに、それを解決する手札を持っていないこと・・・


 瞬間、教室の扉が開く。

 俺は開いた扉の方に視線を向ける。

 

 立っていたのは柳牛・・・

 俺は彼の姿を見て目を見開く。


 ・・・以上から導き出される問題は・・・一つ。

 天見の話を考慮するとたった一つ・・・


「自由のない家庭内暴力・・・」


 俺の呟きに柳牛は悲しそうに俺を見た。

 殴られたのか顔を腫らした柳牛は、静寂に包まれた中、ただ俺を見つめて佇んでいた。

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