5「思い出す者たち」
熊懐から視線をそらし、俺は柳牛を見つめる。
「柳牛はどう知り合ったんだ?」
俺がそう話すと、柳牛は肩をすくめる。
それは、知らないと言っているようにも見えた。
「・・・知らないのか?」
「だって、今日が初だしな。あ、もちろん名前くらいは知ってたよ?でも、こんなにしっかり話すのは今回が初だ」
そう言いながら柳牛は笑った。
彼の笑い方は大きく、大げさだ、でもそれがこの場を和ませているのは容易にわかった。
「じゃあ、柳牛はノーダメージか・・・」
「だねぇ、初めから初対面みたいな感じだから」
そう言いながら柳牛は肩をすくめて笑う。
軽い態度に見えるが、彼は真剣だった。
「てかさ、早くいかなきゃ飯を食う時間も無くなるぜ」
柳牛はそう話し先に歩き出す。
その後ろ姿を見て、俺はため息を漏らす。
必要な情報源ではあるが、それに深く巻き込むわけにはいかない。
その言葉を咀嚼し、飲み込んだ。
「私もお弁当食べないと」
熊懐もそう話して、教室に戻っていく。
その背中を見つめる俺の肩を、天見が叩く。
「言いたいことはわかるが、我慢だ。それに、俺たちは鳴海と熊懐の出会いを知らなかった。それを知れたのは、大きな一歩なんじゃないのか?」
天見はそう話しながらにっこりと笑う。
「そうかもな」
俺はため息を漏らしながらそう答えた。
こころには不安が残り、早く記憶を取り戻さなくてはいけないと焦りが生まれる。
ゆっくりでいい・・・頭ではそう理解しているが、記憶の情報が目の前にぶら下がっていると、どうしても焦ってしまう。
拳を握り、うつむく。
「大丈夫かい?」
天見はそう話しながら俺の背中に手を置いた。
「俺のあこがれていた鳴海とは違うな」
そう話す天見の顔を見る。
天見は俺を見ながらやさしく笑い、それと同時に少し悲しそうな顔をした。
「・・・あこがれてた?」
俺は首をかしげながら彼に問う。
天見は目を見開き、短く息を吐きながらやさしく笑う。
そんなことはないはずなのに、彼のすべてを諦めてしまったかのような笑みが胸を締め付けた。
「そうか・・・それも覚えてないんだな」
そう話しながら天見は悲しそうに笑う。
「俺は鳴海にあこがれていたんだ。初めて会った日、お前は淡々としていた」
その言葉に俺は黙り込む。
天見が話すのは俺の知らない過去の俺の話だ。
「実際に感情はなかったが、俺はそんなことは知らなかったから、誰にでも遠慮せずに物を言う姿勢と、誰にも態度を変えずに生きる姿勢が輝いて見えた。型にはまらず、自由に生きてる鳴海が羨ましかった」
「・・・自由ならお前にだってあるだろ」
天見の言葉に俺はそう返す。
天見は悲しそうに笑いながら小さく首を振った。
「・・・ないよ。あったらこんなこと言わない」
その顔に、言葉に俺は何も言えなかった。
「敷かれたレールは道を外れなければ簡単にゴールにたどり着けるけど、脱線は許されない・・・。でも、それだけじゃ面白くないんだ」
そう言いながら天見はうつむく。
天見をただ見つめ、俺はこぶしを握る。
「・・・俺も、柳牛も・・・自由はないんだ」
そう言いながら天見は柳牛を見つめる。
俺はその言葉に柳牛を見る。
教室でクラスメイトと楽しそうに話す柳牛を見ると、レールや規則とは程遠いように感じた。
「柳牛は自由じゃないのか?」
「・・・ないね。特に柳牛の家庭はひどい・・・自由とは一番遠いんじゃないかと思うくらい柳牛は縛られている」
天見はそう言いながら俺を見つめる。
「気になるなら自分で聞いてみるといい」
天見はそう話すが、今の話を聞いてとても聞けるような内容ではないと悟る。
記憶が無くなる前の自分だったら、聞いていたのだろうか。
「簡単に踏み込めない」
俺の言葉に天見は首を傾げ、直後に優しく笑う。
「確かに・・・今の鳴海には厳しそうだ」
そう言いながら天見は歩き出した。
その背中は大きく、そして今にも崩れてしまいそうなほど、もろく見えた。
「昔の・・・前の俺ならできたのか?」
その言葉に天見は振り向く。
その表情は、少し悲しそうで、優しかった。
その表情に、胸が苦しくなる。
天見は・・・俺を羨ましいと言っていた。
普通は嫉妬の目で見るはずだ、羨み、憎み、妬むはずだ・・・なのに、彼の表情は、まるで諦めてしまったかのように無気力で、悲しそうだった。