4「語る者」
「で、何から知りたい?」
そう話したのは熊懐だった。
熊懐は俺の顔を見ながら笑う。
「・・・熊懐、お前は俺と仲がいいのか?」
そう話すと、熊懐は考える。
うーんと唸りながら考えた熊懐は首を振る。
「仲は良くなかったかな。悪くもない。そもそも、話すような仲じゃない」
その言葉に俺は首をかしげる。
「じゃぁなんで話しかけてきたんだ?」
「心が事故に遭ったから」
熊懐はそう話す。
実際に事故に遭ったわけじゃない。
ただの記憶喪失だ。まぁそれは言わないけど。
「それは関係あるのか?」
俺のその言葉に熊懐は大きく何度も首を縦に振った。
「あるある」
「・・・話してみろ」
俺が答えると、熊懐は少し照れたように、そして悲しそうに話し始めた。
「正直、鳴海と話すのは恥ずかしいし、見ているだけでも満足だった。接点はないからきっかけもないしね」
そう言いながら笑う熊懐の表情はどこか辛そうだ。
それでも彼女は話し続けた。
「でもね、あの朝に・・・鳴海が事故に遭って入院してるって聞いたの。そこでね、思ったんだ。もしかしたら死んでたかもしれないんじゃないか・・・そうしたらこの気持ちはどこにぶつければいいんだぁって。だから、鳴海が復活したらこの気持ちを伝えたかったんだけど・・・まさか記憶がないのは予想外だったなぁ」
そう話す熊懐の瞳の奥は哀しみの色に染まる。
「すまんな」
「ま、いいよ。こう考えればいいし」
そう言って熊懐はわらう。
「どう?」
「初めから恋を始められる。ライバルは存在しないし、私だけのターゲット。やりたい放題だねぇ・・・」
そう言いながらニシシと口を隠して笑った。
その言葉と表情に俺は照れ隠しをするように視線をそらす。
そうして一番聞きたかったことを聞いてみることにした。
それは俺の情報で、今後には必要不可欠なものだった。
「俺と熊懐はどう知り合った?」
その言葉に熊懐の動きが石像のごとくピタッと止まる。
そうして、少し悲しそうな顔をした後に深呼吸をして俺の瞳を見た。
「仕方ないなぁ・・・必要だもんねぇ?話したげる・・・あれはね・・・七ヶ月くらい前かな」
そう言って熊懐は昔を思い出すように話し始める。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あれは大体七ヶ月前くらい・・・
入学式の日に学校前で事故があったって聞いてから少しの間だけ臨時休校になった。
一週間程度だった気がする。
私・・・熊懐 霞は友達もいないから、そんな一週間を謳歌していた。
と言ってもゲームはしないし、勉強にも興味はない。
だから・・・今思い返せば謳歌というか・・・惰眠を貪っていたような気がしないでもないのだ。
そして休校が開け、登校日。
学校前の事故の話は話題には上がるものの、別に自身には関係ないという理由であっさりと終わってしまう。
もちろん、私だって興味はない。
「・・・はぁ・・・帰りたい」
そう言いながら授業がすべて終わるのを待つ。
そうして何時間か経った頃、帰りのあいさつが終わっていた。
「もう終わってた?」
あまりにもぼーっとしすぎて時の流れを認知できなかった。
私は立ち上がり、学校を出て帰路に着く。
そうして歩いていると・・・何やら尾行してくる奴らがいる。
ストーカー?別の目的?強盗・・・とか?
そんなことを一瞬考えたが・・・まぁ答えはわかりきっていた。
「・・・熊懐ぃ・・・」
商店街の中・・・そう言いながら私の前に現れたのは小柄な女子・・・高校になったばかりでとは・・・
私は中学時代・・・一般的観点から見ると不良と呼ばれる部類だった。
家庭が悪いとか・・・親がどうとかでは決してない・・。自身の身を守るためだ。
だが・・・意外にも喧嘩の才能があったらしい。
「・・・あんた・・・まだ喧嘩なんかしてんの?」
そう話すと、正面に立っている小柄な女子が眉を歪める。
「お前に勝たないと・・・アタシが廃るんだよ」
「くだらないことに必死になってないで人生を謳歌したら?私はもう喧嘩はしない。痛いのは嫌いだし・・・」
彼女の言葉にそう話すと、彼女はまた眉を深く歪める。
「くだらないなんて・・・アンタにアタシの何がわかるの!!」
彼女がそう叫んだと同時だ・・・
私の前に男子が現れた。
黒髪の男子・・・身長は私と同じくらいかな・・・
でも・・かなり細身だ・・・あとは目が死んでる。
「・・・あ・・・」
彼は何かを話そうとしたが、言葉がつまり、少し考える。
そうして話し始めた言葉は・・・
「いい天気だな・・・」
「はぁ?曇ってるけど」
彼の言葉に彼女はそう返す。
ここに関しては彼女の意見に賛成だった。
「お前らの目にはそうでもな・・・俺の目には晴れて見えてるんだよ。目を凝らせ目を。この分厚い雲の向こう側には太陽があるんだ」
そう言いながら彼は空を見上げる。
それに釣られるように私も空を見上げた。
直後、頬に水滴が落ちる。雨だ・・・
「・・・雨降ってきたんだけど」
彼女はそう話す。
彼は少し考えたあとゆっくりと口を開いた。
「そういう日もある。人生山あり谷ありだ」
「どうでもいいからどいてくんない?」
そう言いながら彼女はゆっくりと近づいて来た。
「アンタに関係ないでしょ!!」
そう言いながら彼女は手を伸ばしたが、その手が私に届くことはなかった。
それはその彼が腕を掴んでいたからだ。
「関係ないこともない・・・」
「何?」
「同じ制服だ」
彼の言葉に私は再確認するように服を見る。
確かに・・・同じ制服だ。
「それだけ?」
「それだけだ」
「熊懐の事は・・・?」
彼女の質問に彼は淡々とテンポよく答える。
「熊懐?しらん、誰だそいつは」
彼はそう言った。
私はカチンときて、彼の頭に一発平手打ちをお見舞いしてやる。
パチンと気持ちがいい音が鳴り、商店街に響いた。
「いってぇな・・・」
彼はそう言いながら振り返る。
「私は熊懐 霞。覚えなさい」
私は怒りながら、そして睨みながらそう話す。
この男は何なの?
なんで名前も知らない誰かを助けるの?
彼は私をまっすぐ見つめる。
まるでお前しか見ていない・・・と言いたげだ。
正直私は可愛い・・・だから仕方ないと思ったが・・・
「知らん・・・どうでもいいね。今日の晩御飯の方が気になるレベルだ。ま、材料買うのは俺だから、献立は知ってる・・・」
彼が言い終わる前に、私は彼の腹部めがけてストレートを打ち込んでいた。
彼は腹を抑え、地面に屈みこむ。
「今何年だと思ってる・・・野蛮な時代は終わったんじゃないのか・・・」
そう話しながら彼は私を睨んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「これが初対面かな」
「最悪じゃねぇか!!」
俺は熊懐が話す思い出話を聞いていた。
もっとかっこいいとか・・・ヒーローみたいな展開かと思ったら・・・
俺は出てきて、天気の会話をして殴られただけじゃないか。
「そこに惚れる要素ないだろ」
俺がそう話すと、横に居る天見と柳牛は頷いた。
それはそれで癪だ。事実でも、他人に言われると腹立つな。
「で、ほかには?」
「ないけど?」
・・・なんだと?
熊懐は今のエピソードだけで俺に惚れたとでもいうのか?
コイツ頭お花畑かよ。
「今なんか失礼なこと考えた?」
「いや、別に」
熊懐の言葉に俺は目をそらす。
バレたら殺される。
でも・・・本当に知らない情報が手に入れられた。
だがこんなこと、過去の俺でも知っていたか・・・記憶に残ってたかわからないぞ。
視界の端で騒ぐ熊懐を見つめながら俺はため息を漏らす。
長引きそうだな・・・