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11「確かにそこにあったもの」

 俺が言った言葉に、(らく)は大きく目を見開く。

 そうだ。


 俺は確かに記憶を見た・・・

 それは小さくて暗い水槽を眺める楽だったのだから。


「だめか?」


 そう話すと、結喜(ゆき)は首を振る。


「だめなわけない。まぁ時間はあまりないから、長居はできないけど少しなら・・・」


 結喜はそう話しながら癒怒(ゆの)哀歌(あいか)に視線を送る。

 それでいいよね?とアイコンタクトを取っている様子だった。

 視線に気が付いた癒怒は頷くが・・・哀歌は目が見えない・・

 数秒沈黙が流れた後、結喜は口を開く。


「哀ちゃんもそれでいい?」

 

 突然話かけられた哀歌は体を少しだけビクッとさせてから、頷いた。


「大丈夫です」


 その言葉に俺はホッと胸をなでおろし、結喜の車椅子のハンドルを握る。


「じゃあ行こうぜ」


 そう話して歩き出した。


 それから数分・・・


 最小限の明るさ・・・

 かろうじて水槽の中からあふれる弱い光と、天井に設置された電球の光で照らされる空間。

 暗いところに行ってしまえば足元さえうまく視認できないかもしれない。


 深海の生物が展示されているエリア・・・


「あぁ、そうだ・・俺は確かにここにいた・・・」


 そう漏らしながら車椅子を押し、記憶で再生された場所を探す・・・

 暗い場所なのに結構な人だかり・・・深海の生物というのは人気なのだろうか?

 俺はそう考えながら目当ての場所を探すが、なかなか見つけれられない・・・


 そんな時、楽の脚が止まった。


「楽?」


 俺は立ち止まり、一点を見つめる楽に声をかける。

 楽が見ているのは人だかり・・・いや、その奥にある水槽だった。


「・・・何見てるんだ?」


 そう言いながら俺は楽にゆっくりと近づく、そうして、楽が見ている方向に視線を向けた。


「・・・ここは」


「そう、心君が私を探しに来て見つけた場所」


「探す?」


 楽から語られたのは映像では見ていない風景だった。


「そうだよ?迷子・・・いや、あの時は自分から離れたんだっけ・・・そんな私を探しに来たんだよ、覚えてない?」


 覚えてない?と優しく話す楽の言葉が心に突き刺さる。


「すまん」


「いいよ、ゆっくり思い出してこ?それにしてもここだけ思い出すなんて・・・」


 楽は顎に手を当てながら唸る。


「そんな衝撃的な出会いでもなかったんだけどな・・・むしろこの後の集合写真の方が記憶に残りそうだし、わかりやすいと思ったんだけどなぁ」


 そう話す楽は目を瞑りながら少し考えていた。


「まぁいいか・・・どんなに変な出会いでも重要だし」


 そう言った楽は俺を見つめる。


「次の場所行こ?」


 それはごく自然で、気にもしなかったと思う・・・普通なら

 この時の俺はそれに違和感を感じた。


「・・・ここにいたくないのか?」


 その言葉に楽の眉が歪んだ。


「どうしてそう思ったの?」


「・・・そう見えたから・・・」


 その言葉に楽は寂しそうな顔をして俺を見つめる。


「鈍感だと思ってたのに・・・いや、鈍感な人間は誰かを助けるためにこんなとこまで追ってこないか・・・」


 そう言いながら楽はまた水槽に視線を戻す。


「そうだよ・・・来たくなかった。私にとってはここはすごく大事な場所だから・・・記憶のない今は・・・ここには来たくなかった」


 そう話す楽。


「大事な場所?」


 俺は楽の言葉が気になり、聞き返す。


「そう、初めて誰かに助けられた日・・・違う・・・純粋なやさしさに触れた場所・・・かな?」


 そう話す楽は俺を見て苦笑いをする。


「・・・そうなのか」


「でも来ちゃったなら仕方ない・・・ずっと隠すってのも不可能だしね・・・いつかは来てただろうし・・・」


 楽は俺の瞳を覗き込むようにしっかりと見つめて話す。


「それに、完全になくなったわけじゃないしね・・・。私たちもみんな心が乱れてる。大切なものを失った感触はまだ消えないし、毎日・・・あぁもうないんだなぁって痛感する。でも、私は信じてる。いつかは全部取り戻して、前みたいに過ごせるのを、これはその時につながる第一歩・・・だから・・・」


 そう話す楽の表情は少しずつ暗くなっていく。

 次に顔を見せたときは誰が見ても分かるほど、無理をした笑顔だった。


「もう行こっか」


 そう笑って話す楽は辛そうだった。


 そうして移動してきたのは、結喜達と集合写真を撮ったとされる場所だった。

 地面は芝生で覆われ、夕日が海を綺麗に照らす。


「ここか」


「そうだよ」


 俺の言葉に結喜は答えた。


「確かに、写真を撮るにはいい場所かもしれないな」


 そう話すと、全員が悲しそうな顔をする。

 

「そうだね」


「どうした?」


 俺は気になり声をかけるが、全員が首を振った。


 何でもない・・・

 気にしないでくれ・・・そういうことなのだろう。

 

 静寂が流れる・・・

 俺はそれが耐えられず、海を眺めた。

 綺麗だ・・・この瞬間だけは、すべてを忘れられるような・・・


 直後、どこからか、声が響く・・・


「1+1は2」


 そんな掛け声だった。

 それが響いたのが脳内だとわかるまで時間はかからなかった。


 そう言えば・・・楽もそんなことを言っていたな・・・

 ここで写真を撮ってもらった時に、カメラをお願いした人が言ってたとか・・・

 そこで、ある案が思い浮かぶ。


 俺は振り返り、彼女たちの名前を呼ぶ。


「結喜、癒怒、哀歌、楽」


 俺の言葉に彼女たちは同時に返事をした。


「何?」

 

 結喜はそう言いながら俺の顔を見上げる。


「なんですか?」


 癒怒は腕を組みながらそう話す。


「はい、どうしました?」


 哀歌は首をかしげながら。


「なになに?」


 楽は哀歌の手を掴んでぶんぶんと振っていた。

 横に居る哀歌が困っているからやめていただきたい。


「写真を撮らないか?」


 俺の言葉に全員が驚いた反応をする。

 

「・・・なんで?」


「似たような日があっても、同じ日はない。ならここに記しておくべきだと思ってね・・・」


 そう話すと、結喜は少し考え口を開いた。


「いいね、撮ろうか」


 そう話す結喜。


「でも、撮ってくれる人はいないよ?」


 そう話す楽。


「人数少ないし、自撮りの方法でどうにかなるだろ」


 そう話すと楽が手を叩き、なるほどね。とつぶやいた。


「じゃあ集まれ・・・結喜はここっと・・・」


 そう言いながら車椅子にロックをかけて、スマホを取り出す。

 夕日で照らされた海をバックに写真を撮るんだ・・・いい感じに・・・

 そんなことをしていると、全員が集まってくる。


「これ入ってる?見切れてない?」


「大丈夫ですしっかりと入ってます」


 楽の言葉に癒怒がそう返す。


「小顔!!小顔効果を狙って後ろに!!」


「集合写真で小顔を追求すんなよ!!」


 結喜の言葉に俺はそう話す。

 近くでは哀歌が大笑いしていた。


「撮るぞ!!」


「はいはーい」


 俺がそう合図すると返事が返ってくる。

 このタイミングなら合図はあれだろ・・・


 俺は息を吸い、口を開く。


「1+1は!!」


 瞬間、静寂が流れた。


「ここ兄ぃそれするの?」


 結喜の顔がカメラ越しに見える。

 なんて冷たい目だ。


「心君がそれをいうとは思わなかったなぁ」


 楽は心底楽しそうだ。


「もうなんだっていだろ!!」


 俺はそう叫び、再度カメラをしっかりと構える。

 そうして・・・


「じゃあもう一度!!1+1は!!」


 次こそは・・・

 なくさないために・・・

 なくしてもしっかりと思い出せるように・・・残しておこう。


「「「「「2!!!」」」」」


 その声は夕日が照らすそれにシャッター音とともに消える。


 写真を確認すると・・・


「心君顔半分見切れてるじゃん!!」


「ここ兄ぃ撮るの下手すぎぃ!!」


 楽と結喜は写真をみて盛り上がっていた。

 癒怒は哀歌と手を繋ぎ、その光景を眺めている。

 こんなのも悪くないと、俺はそう感じながらスマホに視線を落とす。

 

 スマホに保存された笑顔・・・

 それは過去・・・この場所で、確かにあったものを再度映し出していた。

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