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10「不透明に見える情景」

 ペンギンを見ながら唸る。

 ここに来れば何かを思い出せると、そう感じていた。


「当てが外れたか?」


「そんなに簡単に戻るなら苦労はしていませんよ」


 少し悲しそうに話したのは金髪の少女、癒怒(ゆの)だ。


「だよな」


 その声に苦笑いで話し、ペンギンを見続ける。

 確かに好きだった。

 いや、今でも好きだ。

 それは間違いない。


結喜(ゆき)


 俺は車椅子に座った、黒髪の少女の名を呼ぶ。

 名を呼ばれた少女は顔を上げ、俺を見つめた。


「俺が前回ここに来たときどんな感じだった?」


 そう話すと、結喜は顎に手を当てながら少し考える。

 そうして話し始めた。


「前回は感情がなかった時だし、ただ立ち尽くしてた」


 そう言われ、俺は首をかしげる。

 立ち尽くしていた?


「・・・まったく記憶にないぞ」


「そうなのね・・・まぁいいわ。十分くらい?もっとだったかも、ただぼーっとペンギンを眺めてた」


 そんなことを言われ、ゆっくりと考える。

 まったく覚えていない。

 何も・・・


「心さん・・・雰囲気・・・大丈夫ですか?」


 どこからか響くように哀歌(あいか)の声が聞こえた。

 俺は銀髪の少女、哀歌の方を見て口を開く。


「すまん、聞いてなかった、何か言ったか?」


 俺の言葉に場がシンと静まり返る。

 全員がキョトンとしていた。


「・・・哀歌・・・?」


「はい?」


 俺は哀歌を見ながら名前を呼ぶと、彼女は綺麗な髪を揺らして首を傾げた。


「なんか言ったか?」


 俺の言葉に哀歌は眉を歪める。

 そのあとに小さく首を振った。


「何も言ってませんよ?」


「え?でも確かに・・・」


 そう話しながら俺はペンギンに視線を向ける。

 確かに声がした。

 それは間違えがないはずだ。


 直後、まるでモノクロの動画を流すように、荒い画像が頭に流れる。

 それは学生服の背中・・・

 誰の視点かはわからない。

 学生服を着た青年の横には銀髪の少女・・・何やら杖みたいなものを握っているような・・・・


「ここ兄ぃ?」


「・・・なんだ?」


「大丈夫?」


 その言葉に俺は周りを見渡す。

 先ほどの映像・・・場所はこの水族館・・・ペンギンの前・・・

 立っている場所は・・・


 俺はそう言いながら映像と同じ場所を探す。

 そうすれば何かを掴める気がした。


「・・・あそこ」


 そう呟いて結喜の車椅子から手を放し、ふらふらと歩く。

 周りの客を押しのけ、ただ見覚えのある風景を求める。

 ・・・そして・・・


「ここだ」


「何が」


 俺の言葉に少し怒ったような表情の結喜がカラカラと車椅子を押しながら近づいてくる。


「ここにいた・・・」


「誰がよ」


「俺だ」


 その言葉に結喜は目大きく開いた。


「・・・俺は確かにここにいた」


 そう言いながら俺は哀歌を見つめる。


「哀歌と一緒にここに立ってた。多分、あれは俺だ」


 俺の言葉に、結喜と癒怒は首をかしげる。


「何か見たんですか?」


「・・・記憶を見た気がする」


 癒怒の言葉に俺はそう話すが、癒怒の顔は険しくなる。


「・・・なんだ?」


「記憶ってのは結構繊細なんです。いきなり記憶が戻る、過去を見ることだってあるかもしれません、でも・・・それが何も補足、補填されていない記憶だとは断言ができません」


 そう話す癒怒の顔は少し寂しそうだ。


「でも、大体は同じなんでしょ?」


 そう話しながら会話に入ってきたのは、イヤーマフを身に着けた青髪の少女、(らく)だった。

 

「大体は同じ?」


 楽の言葉に癒怒は首を傾げ、質問を投げ返す。

 その質問に楽はあっさりと、そして軽く答えた。


「そう・・・補填されてる。多少存在しない記憶が入っていたって、それも元の記憶から派生した何かでしかない・・・これは悪いことなの?私はわからないけど、少なくともいいことだと思うな」


 楽は哀歌の手を握りながらそう話す。


「でも現実じゃないんですよ?」


 癒怒はそう話す。


「そうだね、作られた記憶かもしれない。でも何かを作るのは知識がいる。知ってるから作れる、記憶だって完全に存在しなかったとは言い切れない」


 楽の言葉に癒怒が眉を歪めた。


「なら本物じゃなくてもいいと?」


「そうは言ってないよ。でも、作られた記憶だって、現実の一部になるんじゃないかなってだけ」


 睨まれているというのに、楽は猫に話しかけるように穏やかな顔をしている。

 それとは違い、癒怒は少し怒っているような反応だ。


「本物じゃなくてはだめなんです」


「なんで?理由は?」

 

 癒怒の言葉にそう話す楽は、にやりと笑う。


「私たちが生きていた時間は本物で、それは確かにここにあって、共有していたはずなんです」


「でも・・・」


 癒怒が話した言葉に答えようとした楽の言葉を遮って、再度癒怒が話す。


「でもじゃない!!・・・なるべく早く記憶を・・・そのためには寄り道なんて・・・」


 癒怒はそう話す。

 寄り道・・・流れ的に記憶の補填の事だろう。

 きっとこの子はこう言いたいのだ・・・記憶の補填なく回復してくれたらそれが一番いいと。


 実際、人間は自身が受け入れられなかった記憶を書き換えて保存することがある。

 それはストレス・・・精神状態に大きくかかわることから、身近なことだと・・・俺は認識している。


「そうだね、それが一番。でもね、癒怒ちゃん・・・」


 楽は優しい声で、優しく笑いながら話す。


「いつも私たちの事を最優先に考えて、行動してくれた心君のために、次は私たちが支えるんだよ。それこそ、心君を最優先で・・・」


 その言葉に、癒怒が何かを言おうとしていたがそれを飲み込んだ。


「・・・わかるよ。私たちには心君しかいない。いつでも一緒にいて、心君のおかげでみんなと関われた。その現実が消えるのは嫌だよね・・・でもみんなそう・・・」


 そう言いながら楽は癒怒を睨む。

 その目には涙が貯まっていて、キラキラと光っていた。


「だからこそ、まずはかけらから集めて、それを構築していくしかないの。誰かが一人で突っ走れば、どっかで大事なものを見落とすかもしれない・・・ここにきて、懐かしさを感じたのはわかる。思い出の共有ができてないのがもどかしいのも分かる。話は通じないし、昔の話をできないのが悔しいのも分かる・・・でも、焦ったら、焦らせたら・・・それこそ、負担をかけて記憶に蓋をさせるかもしれない・・・ゆっくり戻すって話でしょう?」


 その言葉に、癒怒はこぶしを握る。

 続けて楽が話す。


「私たちは・・・記憶を取り戻させるために、安心できる空間を作らなきゃいけない。これはかなり厳しいよ・・・記憶を早くとり戻させるためには、記憶の復活を催促したらダメなんだもん」


 そういいながら楽は俺に視線を移した。

 そうして今までは見たことないほど優しい顔をした。


「早くもとに戻ってほしいけど、それを望むのは逆にストレスを与えてしまう・・・本当に・・・厄介・・・」


 言っている言葉だけならトゲがあるような気がしたが、声は優しかった。


「努力はする・・・」


 俺はそう言いながらうつむく。


「まぁいいよ?さ、最後に集合写真撮ったとこ行こうよ、そこが目的だし?」


 そう話す楽はにっこりと笑う。

 

「確かにそうだったかも?」


 そう言いながら結喜は車椅子を動かした。


「・・・俺の話はあまり聞いてくれないのね」


 俺はそう呟き、ゆっくりと歩き、哀歌の手を握る。

 直後、頭痛とともに映像が流れる。


「心さん?」


 そう話す哀歌の声は小さくなり、映像に意識が持っていかれるようだ。


 暗い水槽を見つめながら、ゆっくりと話す青髪の女の子・・・

 イヤーマフをつけている気がする。

 これは・・・楽か?


「いくら美しくても、この水槽のように奥に行けば行くほど暗くなる」


 少女はそう話した。


「心さん!!」


 哀歌の声で引き戻された。

 少し頭がぼーっとする。

 今のも記憶だろうか・・・


「大丈夫?ここ兄ぃ・・・」


 少し離れたところから結喜が話す。

 その声は心配の感情が多く詰め込まれ、重く響く。


「・・・少し行ってみたいところがある」


 俺の言葉に全員が首を傾げた。


「どこ?」


「深海のエリア・・・」


 その言葉に反応したのは楽だった。

 やっぱり・・・何かあったんだな・・・。


 俺は哀歌の手を引き、歩く。

 ズキズキと痛む頭は、何か大事なことを語りかけているようだった。

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