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9「記憶のありか」

 俺は結喜(ゆき)の乗る車椅子を押しながら癒怒(ゆの)を見つめる。

 

「癒怒は感情について詳しいよな」


 そう話すと、癒怒は眉を曲げたまま首を傾げた。

 その行為に俺もつい首をかしげてしまう。


「・・・どうした?」


 そう話すと、癒怒は肩をすくめながら話し始める。


「感情に詳しいとかありませんよ。専門家だって理解していないことがほとんどです」


「でも、カウンセラーとかは診断をして答えを出すだろ?」


 俺の言葉に癒怒は首を振る。


「いいえ、出すのは答えではなく提案です。それも、おおむね外れています」


「なら給料泥棒?」


 その言葉に癒怒はクスッと笑いながら首を振った。


鳴海(なるみ)さん、失礼ですよ。答えなんて出さなくていいんです。吐き出してそれを誰かに聞いてもらって、提案、手段を見つける。答えなんて初めから求めていません」


 そう話す癒怒の顔は少しすっきりとしていたような気がする。


「あ・・・やっと帰ってきた」


 そう言いながら俺の方に手を振るのはイヤーマフの少女、(らく)だ。


「悪いな。思ったより話が長引いた」


 そう言いながら楽と手を繋いでいる銀髪の少女、哀歌(あいか)を見つめる。


「哀歌、ただいま」


 そう話すと哀歌は少し体をビクッとさせて、声を出す。


「心さん・・・?おかえりなさい」


 オドオドと話すが笑みのこぼれた顔に俺は少し安心した。


「じゃ、行くか・・・暗くなる前に帰りたいし」


 そう言いながら歩き出す。

 海浜公園の水族館に入り、エレベーターで下る。

 そこで俺は一言・・・


「なんでここ来たんだっけ?」


 海浜公園の水族館に用があるのは覚えているが、何の用でここまで来たのかは覚えていなかった。

 俺が軽い気持ちで発した言葉に、結喜達は一斉にこちらを見た。


「記憶を取り戻すため・・・って言ったらおかしいけど、何か思い出せるかもしれないって話だったでしょう?」


 結喜が俺を睨みながらそう話す。

 そんな話もしていたような気がする。

 あんまり覚えてないけど・・・


「何?ただでさえ記憶力が悪かったのに、今はもっと悪いの?鳥?鳥なの?」


 そう話す結喜の肩に癒怒は手を置く。

 肩に手を置いた正体を確かめるべく見上げた結喜の顔を見て、癒怒がにっこりと笑い、首を振った。


「違います。鳥に記憶力がないのは迷信、本当にまずいのはダチョウですわ。あの方たち、家族の事さえわからないんですもの」


「待て、俺は家族の事は忘れてなかったぞ?」


「毎日のように一緒にいた私たちの事は忘れてたのに?」


 俺はその言葉に少し眉を歪める。

 その言葉はキツイ!!

 かなり深く刺さるぞ・・・


「まぁ・・・これからゆっくりと思い出してくださればいいです」


 そう話しながら笑う癒怒の言葉に俺は頷くことしかできなかった。


「で、作戦はあるのか?」


 そう話すと、結喜は俺を見上げてにやりと笑った。


「ここ兄ぃが好きなとこ」


「俺が?」


 その言葉に結喜は頷く。


「・・・ペンギンか?」


「それぇー」


 俺が導き出した答えに結喜はニヤリと笑いながらそう答えた。


 いいね。

 いいよねペンギン。好きだよ。

 そのたった四文字だけで頬が緩む。

 いつからか好きになっていた。あんなに可愛い生物が存在していいのだろうか・・・否・・・悪いわけがない!!


 そんなことを考えていると、結喜がため息を漏らす。


「あからさまに喜んでるじゃん」


「まぁな、好きな子に会えるんだ、誰だって喜ぶだろ?」


「相手は人間じゃないし、ここ兄ぃは恋愛したことないじゃん」


 その言葉が心に刺さり、俺はうなだれる。


「まぁ、ここ兄ぃには私がいるから・・・って死んだ?」


 うなだれる俺を見つめながら結喜は話す。


「死んでねぇよ。勝手に殺すな」


 そう言いながら俺は結喜の車椅子を押して、ペンギンのエリアに向かう。

 外・・・

 もう冬だからかやはり寒い。


「久しぶりに来たね」


 そう話す結喜を、楽が見ながら口を開く。


「数か月しか経ってないけどね・・」


 その言葉に俺は眉を歪めた。

 数か月・・・たったその程度しか経っていないのだろう。

 だが、俺には記憶がないせいか、もっと長く経っているような気がする。


「以前来たときは何月だったんだ?」


 俺の言葉に結喜が楽を見る。


「あれって、八月だっけ?」


「確かそうだね」


 そう話す彼女とたちの会話を聞きながら俺はなんとか思い出そうと頭をフル回転させる。

 だが、森の中から一本の木を探すのは不可能だ。

 埋もれた記憶から特定の物だけを引き出すのは不可能に近い。


「俺は本当に忘れたのかな・・・」


 気が付いたらそう呟いていた。

 その声に、結喜は俺を心配そうに見上げる。


「きっと大丈夫だよ」


 そう優しく話す結喜に、俺は心を痛める。


 彼女の事はよく知っている。

 昔から、小さいころから。

 生意気で、負けず嫌いで、誰に対しても当たりがきつかった。

 もちろん、ストイックな部分もあって、自身にも厳しかった気がする。


 そんな女の子が、優しい言葉をかけるようになっていたことが少し嬉しく、そして悲しかった。

 この子を変えたのは、以前の俺だったのだろうか・・・

 その変化が見れなくて寂しいな・・・そして悔しい。


「・・・だといいな」


 そう話すと、後ろからカツカツと足音が響く。

 その足音は癒怒の物だった。


 癒怒は俺の横に立ち、口を開く。


「医学的には、記憶を失う・・・ということはないようです」


「・・・でも、記憶喪失とかあるじゃないか」


 その言葉に癒怒は俺を見てゆっくり笑う。


「私たちが記憶喪失になって、医者から、『ただ忘れているだけです』って言われたら納得できますか?」


 その言葉に俺は首を振る。


「ですよね・・・。だから記憶喪失なんて・・・記憶の喪失なんて存在しないんです。でも、忘れただけなんて納得できないから、お医者様が勝手につけたのかもしれません」


 そう話す癒怒の声は透き通るようで、悲しかった。


「そうなのか・・・」


「まぁよくわかりませんけど」


 納得した俺の言葉をバッサリと切り捨てるように、癒怒が笑う。


「なんだよ。嘘なのかぁ?」


「どうでしょう。でも、私は信じているんです。本当に記憶の喪失なんてなくて、ただ忘れているだけだって、きっと・・・」


 そう言いながら癒怒は俺に体を向け、自身の胸のあたりをギュッと力強く握る。

 そして、震えた声で話し始めた。


(ここ)にあるんだって・・・」


 その言葉は透明な雫とともにはじける。

 冬・・・彼女の声はしっかりと届き、そして消えた。

 記憶はきっと・・・内側にあると。

こんにちは鬼子です。

風邪から完全復活しました!!

また書いていきますのでぜひよろしくお願いします!!

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