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8「感情と引き換えに」

 帰っていく天見(あまみ)の背中を見つめる。


「何話したの?」


 そう言ってカラカラと音を立てながら近づいてきたのは結喜(ゆき)だ。

 車椅子に座ったまま彼女は天見の背中を、正確には天見の妹の背中を見る。


「いろいろだ」


「色々ねぇ・・・」


 そう言いながら俺を見つめる結喜の表情は少しの戸惑いを見せていた。


「・・・何か知られたくない話でもあるのか?」


 俺が言ったその言葉に、結喜は固まる。

 そのあとにため息を漏らし、口を開く。


「・・・誰にだって知られたくないものはあるでしょ?」


 そう話す結喜を見つめ、少し考える。

 ・・・本当にそうだろうか?

 確かにそう思うのが自然で普通だ、でも、何かを見落としているような気がしてならなかった・

 そんな時、記憶をたどる。

 何を見落としているのか・・・


「何を・・・」


 小さく呟きながら結喜の脚を見る。

 義足・・・俺が高校に入るまでは生身だったはずだ。

 なら・・・高校に入ったとき・・・


 瞬間、天見の言葉を思い出す・・・「中学生が巻き込まれた事故があっただろ・・・」そんなことを言っていた気がする。


「・・・結喜」


 俺は結喜の名前を呼び、顔を見つめる。


「高校の校門前の事故のこと知ってるか?」


 その言葉をかけた瞬間、結喜の眉が歪む。

 知っている・・・確実に・・・


「知らない」


「嘘だ。知っている反応だ・・・何があった?」


 そう話すが結喜は答えようとしない。

 そこに歩いてきた少女が一人・・・癒怒(ゆの)だ。


犬神(いぬがみ)さん。しっかり話した方がいいですよ」


「・・・いや、いい」


 その言葉に癒怒は優しく笑いながらも少しため息を漏らした。


「人ってのは勝手で、聞きたいときにしか相手の話を聞かない生物なんですよ」


「でも、聞いてくれる人もいるじゃん」


 そう話す結喜達を見る。


「それは高確率で『人の話を聞いて、共感してあげている私って優しい』と思っている人間です」


「ならここ兄ぃも?」


「それは犬神さんが決めることです。少なくとも、私が見た感じですが・・・鳴海(なるみ)さんの表情はそんな風には見えないと思います」


 そう話した癒怒は、俺の顔を見る。

 その顔は少し心配の色が混じっていた。

 その言葉に結喜は戸惑っている。


 いうべきか・・・言わざるべきか・・・

 言った後にどんなことが待っているのかは俺にもわからない。

 だが、なにもしないままでは前に進めないのも事実だ。

 俺は結喜の顔をしっかり見ながら再度口を開く。


「結喜、話してくれ・・・」


 その言葉に結喜の眉はひどく歪んだが、すぐに深呼吸をするようにため息を漏らした。


「わかった。話す・・・」


 少し不貞腐れたように唇を尖らす結喜。

 これは諦めと呆れが混じった表情だった。


「あの日・・・」


 そう言いながら話を始める。

 俺はこれから話される知らない過去の事を受け止める覚悟をした。


「ここ兄ぃは高校の入学式に行ってた」


「俺の部屋にあった制服の高校だな?」


 その言葉に結喜は頷く。

 結喜は昔から俺の部屋に勝手に入っていた。

 始めこそ嫌だったが、まぁいいかと、徐々に諦めた。

 それが今になって会話のスムーズさにつながるとは思わなかったな。


「あの日は雨・・・高校の入学式に行ったここ兄ぃを私は迎えに行ったの。なんで迎えに行ったのかは覚えてない、なにか用事があったのか、ただ制服姿が見たかっただけかも。信号が赤に変わって、私は待った。校門から出てくるここ兄ぃが見えたのをおぼえてる。そこで、バイクが突っ込んできたんだよ」


「・・・バイク?」


 瞬間、頭の中でクラクションが鳴り響く。

 ひどい頭痛に襲われ、俺はその場にしゃがみこんだ。


「ここ兄ぃ?」


 入学式・・・雨の日・・・赤色の信号機、反射するサイレン・・・バイク・・・


 少しだけ鮮明に・・・記憶が呼び起こされる感覚。

 知れなかった・・・知っている記憶。

 目を背け、見ないように封印していた現実。


 それが少しだけ、見えた。


「・・・義足」


「思い出した?」


 心配した表情で俺を見つめる結喜は、そう話す。

 俺はその言葉に首を振り、否定した。


「思い出せてない・・・でも、そうか、事故・・・そんなこともあったかもな・・・」


 異常に鮮明な記憶だが、違和感がある。

 まるで自身で体験していないような・・・すごくリアルなゲームをしているような感覚だ。

 そこにあるのに触れられない。

 そんなフワフワとした感覚。


「そう・・・まぁ時間が経てばきっと・・・」


 そう話す結喜は、少し寂しそうな表情で笑っていた。

 

「・・・一つ聞いていいか?」


 その言葉に結喜と癒怒は俺を見つめる。


「俺は何で記憶を失った?」


 その言葉に彼女たちは首を振る。

 直後、口を開いたのは結喜だった。


「わからないけど・・・医者がいうには・・・過度なストレスにさらされたことで発症する、解離性健忘じゃないかって。でも、詳しいことは全然。外傷も内傷もないし、頭に異常があるわけじゃないから」


 結喜はそう話した。


「・・・過度なストレス?」


 そう言った俺の質問に答えたのは癒怒だ。


「・・・以前の鳴海さんは、感情の起伏が乏しい方でした。良い言い方をすれば、それが感情にかかるストレスをガードしてくれていたんです。ですが、感情が戻ったことで、今までの記憶とともにせき止められていた情報が流れてきました、結果・・・脳か心のストレージを大幅に超過してしまった。という経緯になるかと」


 癒怒が話すその言葉に俺はゆっくりと頷く。

 過去にそんなことがあったのか。


「そうか・・・」


 俺はゆっくりと立ち上がりながら頭を叩く。

 ここに詰まっているものは何なのか・・・


 記憶がなくなった今、何が残っているのか。

 それを知るにはまだ時間がかかりそうだ。

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