7「神よりも確かな情」
眉を歪めた天見はため息を漏らしながら俺を見つめる。
「記憶がない?」
「・・・あぁ」
俺の言葉に天見は少し考える。
顎に手を当て、過去の事を思い出しているようだ。
「あぁ・・・だからさっきすぐに反応しなかったんだな。名前を呼んでも反応が遅れてたし」
そう話す天見を俺は見つめる。
別に期待していたわけではないのだが、もっと怒ったりするのかと思った。
「怒らないのか?」
「別に怒らないさ。少し驚いたけどね」
そう言いながら笑う天見を見て、俺は少し胸がいたむ。
故意ではないとしても、存在していないものとして認識されていたんだぞ。
俺が話さなかったら、天見が気が付かなったら、ここで会わなかったら、俺の記憶に天見の名前はなかったかもしれない。
そのことに対しては、怒っても何も問題はないはずだ。
「・・・てか、それだと自己紹介から始めた方がいい感じかな?」
そう話しながら天見は満面の笑みを見せる。
眩しい・・・こいつ聖人君子か!?
こんなに優しい人間がいたのか・・・
「悪いが・・・頼む」
俺はそう言いながら少し頭を下げる。
それに天見は頷いて立ち上がった。
太陽に照らされた天見は振り返り、俺wお見つめる。
そうしてゆっくり口を開いた。
「俺の名前は天見 空。鳴海、お前にあこがれて自由を求めたクラスメートだ」
そう言いながら笑った。
「て言っても鳴海は覚えていないんだっけか」
そう話す天見は少し苦笑いだ。
明るく振舞っているが、少しばかり戸惑っているのだ追う。
「ちなみに、天見と俺は仲が良かったのか?」
俺の質問に天見は間髪入れずに首を振る。
「いいや、まったく。あまり話さなかったしな」
「えぇ・・・」
そう話す天見は優しい顔で笑いかける。
「変かな?」
「変じゃないか?ふつうは仲良くない人間とはあまり関わらないだろ」
その言葉に天見は「確かに」と小さく呟く。
「だろ?ならなんで・・・」
「いったろ。俺は鳴海にあこがれてる・・・それに、完全に関係がないってわけじゃないしな」
「・・・なるほど」
納得がいっていない様子の俺を見て、天見はベンチに座りながら話す。
「なぁ」
その言葉に俺は天見を見つめる。
「よく話したり、仲が良くないと心配しちゃいけないのかい?助けになりたいと思ってはいけないのかい?これは俺の善意で、それは偽善かもしれない、求められていないかもしれないし、必要ないかもしれない。 それでも助けたいと思う今この瞬間だけは、きっと本物だと思う。 それがもし錯覚だとしても、鳴海にとってデメリットはないはずだ」
そう話す天見は少し寂しそうな表情をしていた。
当たり前だ、天見は仲が良くなかったと言っていたが。
俺の場合、仲が良くない奴に町なかで会っても声をかけたりしない。
恥ずかしいもんな。
でも、もし声をかけるのだとしたら。
仲は良くも悪くもない、何かあったら話すし、協力もする、友達ではなく、普通のクラスメートなのだろう。
「・・・そんなもんか?」
「そんなもんなんじゃないかい?」
俺の言葉に天見は結喜たちがいる方向を見る。
それに釣られるように、俺もそちらに視線を向けた。
「誰だって最初は一人だ。あぁやって輪を広げて、自分たちの空間を作り上げるんだと思う。でも、今の鳴海にはそれがない、信頼も、友情も、劣等も、記憶は失われた、同時に関係も失った。そこにあったはずの大事だったものも、ゴミみたいにいらなかった嫌なことも、全部失ったことになる・・・正直、かなり生きずらくなってるんじゃないかい?」
「それは・・・」
視線の先では天見の妹が結喜達に溶け込み、笑いながら話している。
遠いせいで声は聞こえないが・・・楽しそうに話してるのはここからでもわかった。
「関係がすでに構築されてる今の時期じゃ、輪に溶け込むのは難しい」
その言葉に俺は黙る。
確かにそうだ、今あるグループに異分子が入ると輪が乱れる。
それを嫌う結果、いじめが発生したりするしな。
「だから俺が手助けをしてやるよ。記憶がないなんて言わなくていい。わからない情報は俺が共有してやる。 だから、俺があこがれてた鳴海をもう一度見せてくれ」
天見のその言葉に俺は少し考える。
それは簡単。あこがれていた俺・・・という存在が分からないからだ。
なんの話をしているのかもつかめていない・・・
「・・・だが・・・」
俺は何かを答えようと天見の顔を見る。
そこで言葉は詰まってしまった。
彼の表情は思ったよりも真剣だったのだ。
嘘のない瞳、哀れみじゃなく心配・・・信念のこもった声色・・・
信じれる。
正直全然知らない奴だし、俺からしたらさっきまで初対面だ。
でも・・・・信じれる。
それだけの要素がこいつにはあると、俺は思った。
「なら頼む・・・助けてくれ」
「おう!!任せてくれ!!」
そう言って天見はにっこりと笑った。
パンと手を叩きな天見は立ち上がる。
「悪かったな・・・呼び止めて、頑張れよ!!俺たちは帰るからさ」
そう言って天見は一人で歩きだす。
赤い陽の光に照らされた姿は、その大柄な体の何倍も大きく見えた。