6「記憶の共有」
「やっとついた・・・」
そう言いながら哀歌の手を引き電車の出口まで近寄る。
「段差気をつけろよ」
そう言って哀歌を電車から降ろす。
誰の邪魔にもならない場所に哀歌を連れて行き、手を放した。
「ちょっと待ってて」
そう言って結喜の車椅子を下ろすために小走りで近づく。
「どんな感じ?」
俺の言葉に癒怒が頭を掻きながら首をかしげた。
「前輪が何かにかかってます」
「普通後ろからじゃね?」
そう言いながら俺は癒怒と楽から車椅子を預かり、電車から結喜を下ろす。
「行くか・・・。癒怒、結喜頼む」
そう言って哀歌のもとに向かい、手を取る。
「心さん?」
哀歌は首を傾げた。
あぁそうか、目が見えないから誰に手をつながれているのかわからないのか。
誘拐とかに気が付けないのは怖いな。
「そうだ。エレベーターが近くにあるからそれで行くぞ」
その言葉に哀歌はゆっくりと頷いた。
「ここ兄ぃ!!」
「こっちじゃない!!エレベーター行けよ!!」
そう言いながら結喜たちに指示を出し、エレベーターに乗り込む。
そうして・・・・
「久々に来たな・・・」
俺のその呟きに全員が黙り込む。
風が心地いい。
冬の寒さが心にしみる。
今なら心の弱さも、寂しさも寒さのせいにできる気がした。
あまりに静かだ。
いつも話している彼女らがこんなに静かだとは思わず、俺は横にいる哀歌と、後ろをついてくる結喜達に視線を送る。
それは言葉にできないくらい暗く、悲しい表情をしていた。
・・・あぁ・・・そうか・・・机の上にあった写真、あそこには全員が映っていた。
だとすると、少なくとも一回はここにきているということか・・・
俺は赤色に染まりそうな空を見上げて考える。
俺の知らない記憶をどう取り戻せばいいのか・・・
リビングで話していた彼女たちの話を聞くと、放置していても戻るかもしれない・・・
でも、戻らなかったら?
時間がかかってしまうならどうだろう。
その間も時間は待ってくれない・・・思い出せたものが戻せなくなるかもしれない。
「げっ」
考え事をしていると、後ろから結喜の声が響く。
俺は結喜に俺は振り返り、何に対してそんな言葉を出したのかを確認するため、視線の先を見る。
それは先・・・つまりは俺の背後をじっと見ていた。
俺はその視線を追うように正体を確かめる。
そこには赤髪で長身の青年がいた。
横にいるのは・・・妹だろうか?その子も赤髪で・・・まぁ似ている。
「あれ?鳴海?」
赤髪の男は俺の名前を呼ぶ。
その声に反応したのは、癒怒だった。
「こんにちは天見さん」
その言葉に天見と呼ばれた男は驚いたような顔で俺を見る。
天見・・・知らない名前だ。
中学にいたか?
いなかった気がするが・・・。
「・・・鳴海?」
「よう、天見。妹とお出かけか?」
その言葉に天見が眉を歪める。
「・・・お前そんな感じだったか?もっとコミュ障っぽかった気がするんだけど・・・」
天見はそう話した。
なんだコイツ初対面で失礼すぎるだろう!!
あぁ・・・そうか・・・初対面じゃないんだよな・・・
俺はそんなことを考え、無意識にため息を漏らす。
「・・・俺は余計だったかな?」
そう言ってぎこちなく笑う天見。
「・・・違う。ただ、少し考えることが多かっただけだ」
「なるほど、確かにね」
俺の言葉に天見は首を縦に振る。
こいつは俺の何かを知っているのだろうか。
だが、外で声をかけてくるということは仲が良かったのだろうか・・・
「てか・・・体はもう大丈夫なのか?」
そう言われ俺は首をかしげる。
「あれ?入院してたんじゃないの?」
「誰から聞いた?」
俺の言葉に天見は再度眉を歪めた。
「地神先生からだけど・・・?あれ、これ内緒のやつだった?」
・・・地神だと・
誰だソイツ。
でも先生・・・天見は高校の同級生か・・・
やっと俺と天見の関係が分かって来たぞ。
「いや・・・もう知ってるならいいんだ。どこまで知ってる?」
「え?入院して少しの間休むって話くらいかな?ほかに何かある?」
俺の質問に天見はそう答えた。
その言葉に俺は首を振る。
「でさ」
と、天見は何かを話そうとしたが、結喜たちや妹を見てやめる。
「あぁ・・・あっちで話さないかい?」
そう言って少し遠い石製のベンチを指さした。
「・・・まぁいいけど」
そう言って俺は頷き、天見の後をついていく。
石製のベンチに腰を落とす。
そして数秒。
俺たちは結喜と天見の妹が話しているのを見ていた。
話せているとはいうが、あまりたのしそうではない。
「単刀直入に聞くけどさ」
「なんだよ」
「感情は取り戻せたのか?」
俺はその言葉に天見を見る。
「なんでそんな驚くんだ?鳴海が決めたことじゃないのかい?」
天見はそう話す。
俺が決めたこと?
俺は感情がなかったのか?記憶が抜けている時期ではそんなことをしていたのか?
まったく思い出せない・・・
「・・・なんだよ。その反応・・・まるで覚えてないみたいな・・・」
「いや・・・覚えてる。大丈夫だ」
俺の言葉に天見は顎に手を当てて、少し考える。
直後、口を開いた。
「・・・地神先生の性別は?」
そんな質問だ。
俺は戸惑う。
地神なんて知らない・・・高校に行ったことだってないんだぞ。
「・・・女」
「正解」
俺はその言葉にホッと胸をなでおろす。
直後、さらに天見が口を開いた。
「入学式の日のあれ、やばかったよな」
「・・・あれ?」
俺は天見の言ってることが分からず、聞き返してしまう。
その光景に天見は少しため息を漏らした。
「あれを思い出せないのか?ニュースにもなったし、学校も大騒ぎだったろ」
「・・・何の話だ・・・」
それに関しては素直に質問を返す。
これは大事な要素だと、本能が、直感がそう叫んだ。
「知らないのか?女子中学生が巻き込まれた事故が校門の前で起こったんだよ」
そう聞いた瞬間、どこからともなくクラクションのような音が響く。
視界が赤くチカチカと光り、サイレンが響く。
「・・・るみ?鳴海!!」
その声が響き、俺の意識は呼び戻される。
「すごい汗だ・・・大丈夫か?」
そう話す天見を見て俺は額に手を置く、手がヌルりと滑り汗をかいていたのだと実感する。
冬なのに・・・こんなに汗が出るなんて・・・
「・・・鳴海・・・何があった?」
その声に俺は天見を見つめる。
天見の表情は心配の色を醸し出す。
それは真実で偽りのないものだとすぐにわかった。
だが話してもいい内容か・・・
重くないだろうか・・・
でも、こんなに心配しているなら、本当に仲が良かったのかもしれない・・・
「無理には話さなくていいぞ?」
そう話す天見を見て俺は決断をする。
「・・・実はな・・・」
冬を感じる季節。
偶然の遭遇。
神は超えられない試練を与えないと言う・・・
ならこれは試練なのかもしれない。
少なくとも、神はいないが・・・
そう考えつつも信じることにした。
それは神ではなく、天見を・・・