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4「記憶のかけら」

 自分の部屋を出てリビングに向かう。

 何も思い出せなかった。

 ベッドの上で数分考えたが、何も・・・


 リビングに近づくと、話し声が聞こえる。

 それの声量はおおよそ普通の会話とはかけ離れた声に俺は足をとめて 聞き耳を立てる。


「心君の記憶って戻るの?」


 この声は(らく)だろうか・・・

 先ほど部屋に来たときはひどいことをしてしまった。

 だが・・・あそこで嘘を吐くわけにはいかない。

 正直に言えば人を傷つけるが・・・きっと、嘘を話しても彼女たちにはバレてしまうだろう。


「わかりません。ですが解離性健忘は一時的な記憶障害です。簡単に言えば、ストレスという蓋が、記憶の入った箱にかぶさっているようなイメージでしょうか・・・落ち着き、心に余裕が生まれたらきっと・・・」


 そう話すのは癒怒(ゆの)だ。

 物事を正確にとらえ、的確にアドバイスをする。

 俺が中学生の頃はそんなことできただろうか?


「心に余裕って・・・記憶がない状態で、私たちに気を使いながらそんなことできると本当に思っているの?」


 そう話すのは結喜(ゆき)だ。

 この子は人の事をよく見ている・・・昔からそうだ。

 よく言えば観察眼に優れていて、悪く言えば人の顔色を窺いがち・・・といったところか。

 なぜか俺は懐かれていた、嘘が下手だったり、すぐ顔に出るからだろうか?


「・・・正直・・・厳しいと思います。心さんは優しい人です。なにかあってもすぐには相談してくれないでしょう。そんな状態で・・・こんな状況で、心に余裕を持つのは難しいと、私は思います」


 そう話すのは哀歌(あいか)だ。

 この子は見えないのに案外、人のことを見ているような発言をするんだな・・・


「じゃあどうするの?記憶は?私たちの事は?」


 結喜はそう話す。

 話し声しか聞こえないせいで、どんな表情で会話をしているのかわからない。

 

「諦めるという選択肢はありません」


 癒怒の声が響く。


「ならどうするの?今のままじゃ手段がなくて諦めるしかないじゃん」


 そう話す楽。


「私たちで、鳴海(なるみ)さんが安心できる環境を作っていきましょう」


「それに勘づいてここ兄ぃが気を遣ったら?結局相談できないまま変わらないじゃん!!」


 癒怒の言葉に結喜は少し声を荒げながら話す。

 それに言い返す癒怒の声はさらに大きかった。


「なんでそう否定的な意見ばかり言うんですか!?私だって足りない知恵を絞って選択肢と手段を探してるんです!!できるかわからない、やって効果があるかわからない、でももしかしたらそれでどうにかなるかもしれない!!やってもないのに否定ばかりしていたらそれこそ選択肢は絞られます!!助けたいんですか!?諦めたいんですか!?」


「諦めたくないに決まってるじゃん!!」


 癒怒の言葉に被せるように結喜が話す。

 それは怒りというより、哀しみの感情が爆発しているように感じた。


「諦めたくないよ・・・思い出はたくさんある・・・でも、あの日々はその日しかない・・・簡単に諦められるわけないじゃん」


 結喜は震えた声で話す。

 あの日々・・・俺が忘れてしまった日の事を話しているんだろう。

 結喜の話す通り・・・似たような日があっても、同じ日は絶対にない・・・

 大事なはずだ。


「私は絶対に諦めないから」


 そう話したのは楽だ。

 そうして続ける。


「私たち3人は高校に入ってる心君しか知らない。だから、記憶から完全に消えてる。結喜ちゃんは前から知られてるからいいけど、私たちは初対面から始めなくちゃいけない・・・もちろん結喜ちゃんの記憶をないがしろにするわけじゃないけど、私たちの記憶も大事」


 楽のその言葉に静寂が流れる。

 確かにそうだ。


 前から知り合っている結喜とはまた思い出を作ればいい話だが・・・

 記憶からなくなってしまった人たちはそう簡単にはいかない。

 もしかしたら関係そのものが変わってしまうかも・・・

 それにお互いに気になる点を残したままではいい関係を築くことはできないだろう。

 それに関しては結喜も同じだが・・・


「・・・記憶・・・」


 哀歌がつぶやく。

 誰も話さなかった空間に綺麗な声が一つ。

 それは透き通っていて、よく目立った。


「記憶のかけらを集めるしかないんじゃないですか?」


 哀歌はそう話す。


「どういうこと?哀ちゃん」


 結喜が聞き返す。

 確かに気になる言い方だ。

 日常生活でそんな言い回しをすることはないだろう。


「思い出せないのは、ピース・・・かけらが足りないからだと思うんです。それを集めてみるってのはどうかなと・・・」


 哀歌の話す言葉に俺は首を傾げた。


「具体的には何をするんですか?」


 癒怒はそう投げかける。

 その言葉に哀歌は間髪入れずに答えた。

 まるで最初から答えを用意していたかのように。


「今まで行った場所、私たちが知り合った場所に再度行ってみるんです。合わせられるものはあの日に合わせて・・・」


「・・・最後のはどういう・・・てかなんで顔赤くなってるの?」


 哀歌の言葉に結喜が話す。

 顔が赤くなってる・・・何の話だろう。

 全然わからない。


鳳山(とりやま)さん・・・最後の、合わせられるものというのは具体的に何を示していますか?」


「水族館なら回る順番とか・・・時間・・・通る道・・・服装・・・あと・・・・匂いとか・・・」


 哀歌の言葉は終わりに近づくにつれて小さくなっていく。

 直後・・・少しの静寂の後に癒怒の声が響いた。


「・・・やってみる価値はありそうですね・・・記憶に残るのには味や匂いなどは意外と大事な要素になるかもしれません。柔軟剤のにおいや、香水、シャンプーなどですかね・・・それと同時に鳴海さんが安心できる環境を整える。これを目標にしましょう」


 癒怒はハッキリとそう話した。


 俺はその話を聞きながら小さく静かにため息を漏らす。

 それは年下の子たちに迷惑をかけているという事実と、自身の無力さにだった。

 正直な話、俺はこのままでもいいと思っていた。

 ストレスで消えたのなら、嫌な記憶だった可能性が高い・・・


 でも、確信した。

 あの写真に見覚えはない、制服にも、でも彼女たちが話している内容から、案外悪くない日々だったのではないかと思った。

 誰も、嫌な記憶は早く消したくて、忘れてしまいたいと感じるはずだ。

 おそらく、俺はそんな記憶なら取り戻そうとはしない。

 でも、必死にそれを求めるなら、彼女たちにとっては想像もできないほど大切なものなんだと・・・


 記憶・・・

 取り戻せるかな・・・・


 少しだけ、ほんの少しだけ、前向きになれたような気がした。

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