1「初めまして、私たちは・・・」
翌日・・・自宅。
ベッドから体を起こす。
昨日は何があったかわからない・・・病院に行かないと・・・
そうして私は義足をはめてベッドから立ち上がろうとするが・・・できなかった。
気力がない・・・
難しい。
今まで簡単にできたことができなくなっている・・・
虚無・・・喪失感・・・わからない。
力が入らないとかではない・・・心に何かぽっかりと大きな穴が開いたような感覚。
ここ兄ぃ・・・
突然悲しくなり、溢れそうになる涙をこらえる。
大丈夫・・・きっと大丈夫だから。
自分に言い聞かせるように心の中で呟きながら顔を叩く。
「よし!!」
そう言って近くの机に手を付き、足に力を入れる。
壁を伝って歩き、部屋を出てゆっくりと階段を下りる。
だが、いつもしていたはずの階段を下りる動作も、異常なまでの恐怖が心を揺さぶった。
「・・・なんで?」
私はそう呟いて、その場に座り込む。
お尻を使って少しずつなら・・・
そう思い、床に座って一段一段ゆっくりと降りていく。
ここ兄ぃがいないだけで生活が全く別のものになったみたいだ。
「お母さん!!」
そう叫び、母親を呼ぶ。
やはり手を引いてもらう方が楽だ。
支えがあった方が移動もしやすい・・・
「どうしたの?」
そう言って母親が顔を出す。
「お風呂入るから着替えと、車椅子の用意お願い・・・」
そう話すと母親は何も言わずに行動を始める。
浴室まで移動し、服を脱ぐ・・・
もちろん普通ではないから着替えも大変だ・・・
だがもう慣れてしまった。
脚のない生活をもう4ヶ月以上は行っているから・・・
浴室の椅子に座り、鏡を見る。
そこにはまるでゾンビのようにやつれた自分の顔があった。
目は赤く腫れている。
泣きすぎたのか・・・
隈がひどい・・・あまり寝れなかったかも・・・・
「こんなこと考えている場合じゃない」
そう言って頭を洗い、身体を洗う。
浴室から出て、身体を拭き、用意されている服を着てから脱衣所を出る。
「お母さん!!」
そう叫ぶと、パタパタと足音を鳴らしながら顔を出す。
「どうしたの?」
その声に私は義足を装着しながら答える。
「もう出るから、玄関までお願い」
そう言いながら義足を装着して、机や椅子を駆使して立ち上がる。
母親に玄関まで誘導してもらい、外に出て、車椅子に乗る。
「気をつけなさいよ」
「わかってるよ」
母親の言葉にそう返しながら私は車椅子のロックを外す。
「じゃ、行ってきます」
そう言ってカラカラと車椅子の車輪を回した。
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千葉・・・病院まえ・・・
時刻は11時・・・
待ち合わせ場所はあっている・・・
「あ、犬神さん・・・」
その声に私は車椅子を動かして正体を確かめる。
「癒怒ちゃん・・・おはよ」
頷く癒怒の後ろからは、哀歌と楽が見えた。
「哀ちゃんと、楽もおはよう」
私のあいさつに彼女たちは笑った。
「結喜さんおはようございます」
「おはー結喜」
哀歌は丁寧に、楽は元気に挨拶をした。
「じゃ・・・行く?」
私のその声に全員が頷く。
静寂が流れた・・・緊張感が全員に伝わってることだろう・・・そして、全員の緊張も私にしっかりと伝わっていた。
自動ドアをくぐると、一人の若い男性医師が私たちを待っていた。
それは癒怒がいろいろと働きかけて、事前にアポを取っていたからだ。
「おはようございます。私は鳴海 心君の担当医をしています。朝日と申します。本日はよろしくお願いします」
朝日と名乗る男性医師の名札には精神科の文字がある。
それを見ながら私たちは小さく頭を下げる。
直後、走りながら朝日のもとに女性医師が来た。
「朝日先生・・・」
何かを話している女性医師の名札には脳神経の文字・・・心がざわつく。
「では病室へ案内します。鳴海君のご両親からもあなた方になら詳細を教えてもいいと許可をいただいていますので、今回は特別にお話します。本来は守秘義務を順守しなければいけませんが・・・」
と朝日は苦笑いで話した。
そうして『鳴海 心』の名前が書かれた病室の前に来た。
「入る前に・・・」
朝日は少し寂しそうな顔をして話す。
「何があっても大きな声を出さないようにお願いします。なるべく鳴海君の体には触れないこと、それと、思い出話をしないでください・・・守れますか?」
その言葉に私たちはしっかりと頷いた。
「では扉を開けますね」
朝日がそう言って扉を開ける。
ちょうど太陽が差し込む病室なのか、眩しさに目を細め、シルエットを見た。
最初こそ逆光で何も見えなかったが、徐々に見えるようになり、しっかりと捉える。
ベッドの上で窓の外を眺める鳴海 心・・・ここ兄ぃの姿が・・・
ここ兄ぃはこちらを見る。
「お、結喜・・・・」
そう話した。
私は車椅子の車輪を押し、前に出る。
そうして二言目・・・これは心をえぐった。
突然ここ兄ぃの表情が驚いた表情になり、口を開く。
「・・・なんで車椅子なんだ?」
「・・・え?」
世界が静寂に包まれる。
なんで車椅子なんだ?
え・・・覚えていないの?
私の思考はよそにここ兄ぃは後ろの癒怒たちを見る。
「・・・誰?結喜の友達?」
その言葉に全員が固まる。
「てか・・・足どうした?中学の入学式はどうした?」
その言葉に心臓がドクンと跳ねる。
何も覚えてない・・・
事故の事も・・・癒怒たちの事も・・・
呼吸ができなくなり、息が苦しい。
そんな時だ。
「皆さん・・・説明します。いったん病室の外に・・・」
朝日の指示に従い、病室の外に出る。
そうして一番に口を開いたのは癒怒だった。
「どういうことですか?記憶が曖昧なだけなんですよね?」
癒怒のその言葉に朝日は首を振る。
「いえ、完全に忘れています」
「・・・原因は?」
癒怒は苦しそうな顔をして質問を投げる。
それに朝日は答えた。
「心的外傷・・・えっと過剰なストレスによる記憶喪失。解離性健忘と思われます。 診察の際に鳴海君本人が、もうすぐで高校の入学式なんです。と言っていたことから、高校生になる前の記憶は残っているでしょう。名前も住所もはっきりと言えていました・・・ですが・・・」
「この4ヶ月分の記憶がすっぽりないわけですね?」
補足を入れた癒怒の言葉に朝日は重々しく頷く。
静寂が流れ、ため息が漏れる。
このため息は誰のものか分からなかった。
「・・・とりあえず考えていても仕方がありません・・・」
癒怒はそう言って扉に手をかける。
「癒怒ちゃん?」
「自己紹介から始めます」
私の呼びかけに癒怒はそう答えた。
再度全員で病室に入り、私の前に三人が並ぶ。
その背中をただただ見ているだけだ。
「鳴海さん」
癒怒に呼ばれたここ兄ぃはしっかりと癒怒の顔を見る。
「私の名前は猫凪 癒怒・・・です」
そう話す癒怒の肩は震えていた。
「・・・癒怒・・・癒怒・・・・珍しい名前だな・・・でもなんか言いなれてる気がする」
ここ兄ぃはそんな癒怒を見ながらそう言った。
つぎに話し始めたのは哀歌だ。
「・・・心さん・・・。私の名前は・・・鳳山 哀歌です」
「哀歌ね・・・覚えとく。白杖・・・目が見えてないのか?」
「・・・まぁ・・・はい」
哀歌がそう話すとここ兄ぃは驚いた顔をする。
「大変そうだね・・・」
「大丈夫です。助けてくれる人がいましたから」
「そっか」
その話の直後、すぐに楽が話しはじめた。
「心君・・・私は兎静 楽。よろしく」
「よろしく。・・・そのヘッドフォンは何?」
「これはね、イヤーマフって言って、外界の音を小さくするんだよ・・・私は音に敏感だからさ」
そう話す楽に何度もうなずくここ兄ぃ・・・
本当に何も覚えていないんだ。
「じゃあ・・・自己紹介も終わったことですし、私たちは帰ります」
癒怒の合図で全員が病室から出る。
バタンと扉が閉まると同時に静寂は流れた。
そうして・・・雫が落ちる。
「鳴海さん・・・本当に私のこと覚えていませんでした・・・」
最初に泣きだしたのは意外にも癒怒だった。
それにつられるように哀歌も楽も泣き出してしまう。
私は・・・忘れられてはいない・・・でも・・・言葉では言い表せない喪失感を・・・どういえばいいか分からなかった。
そうして静かになく音が溢れる中、私は病室の扉を見た。
・・・ここ兄ぃ